秋の日に
家主である六葉が仕事で不在のため、
灰がちな、もつれた髪は、鬼神か何かのようにも見えるらしくて、ときどき人がぎょっとする。でも、日和がきょとんとして見つめ返すと、皆さほど構わない様子だった。
「六葉の術かなぁ」
この国の陰陽師にそのような術があるのか、日和は知らないが。
「あっでも、そもそも私、光の神なんだから、人に悪いものでもないし、そういうのって伝わるのかも。市に寄ったら、おじさんたちがおやつくれるし」
いいように解釈しても、今日は突っ込み役がいないから、何の問題も起こらなかった。
日和はのんびりと歩いていく。
小川にかかった小さな木の橋を渡り、荷車の人を追い越し、田畑のある地域を抜けて、また家々が連なる辺りに差し掛かった。
龍神のいる淵よりもかなり遠く、歩きすぎた気もするし、ぐるぐると同じ通りを回っただけのような気もする。
そろそろ帰り道の心配が頭に浮かんできた頃、土塀や生垣の続く道を歩いていると、不思議な匂いがして足を止めた。
垣根の隙間から顔を覗かせてみる。
小さな畝、小さな池、それから、落ち葉を集めた山があった。見回しても、周りには樹木の類はあまりない。どこかから運ばれてきた落ち葉なのだろう。
「おや、お嬢ちゃん」
腰を伸ばしながら、老人が近づいてきた。簡素な上着を、帯で結んである。
「この辺りの子どもかい?」
「ううん」
「違うのかい」
がさっ、と落ち葉の山が音を立てる。
日和の膝下くらいまでの背丈の子どもが、落ち葉の中から飛び出してきた。両手にカゴをさげている。
カゴの中身を老人に見せながら、子どもは途中で、垣根を覗く者に気がついた。驚いて、ちょっと下がった。
「あっえっ、誰?」
「こんにちは、通りすがりなの」
子どもはちらっと、老人の顔を窺ってから、
「栗、焼くけど。食べる?」
「これ、やめなさい。お困りになる」
「あっ、困りはしないです、でも逆に私の方が、ご迷惑かも。ただの通りすがりだし」
「さようで。でしたら、手前どもだけでは食べきれないもの、よろしければ食べて行かれますか」
栗はまるまると太り、表皮もつやつやとして実に美味しそうだ。
日和は少し考える。
「んん、何もしてないのにもらうのもなんだから、ええと、お手伝いします」
生垣は切れ目がなくて、中に入るのは難しそうだ。日和は、隙間から腕を伸ばした。たき火用に落ち葉をよけてもらい、栗を埋めてもらう。集まった落ち葉に、ぽん、と光の玉をぶつける。もともとは熱くない、明るいだけの光の力だが、陰陽師の家にいるうちに(暇な時に遊んでいてたまたま、だが)ちょっと火花を散らすやり方を覚えたのだ。
落ち葉はたちまち燃え上がった。
焼き栗が跳ねて飛び出したところを、子どもが拾う。老人がちょっと冷水で冷やして、鬼皮を剥いてやった。
口に栗を放り込まれた子どもは、きゃっきゃと楽しげに笑い声をあげる。
老人が日和にも栗を渡そうとする。日和はちょっと悩んで、持って帰ることにすると返答した。
栗がはぜるたび、どこからともなく秋風に乗って、笛の音が聞こえるような気がした。
子どもが笑いながら、家屋のある方へ駆けて行った後、老人が深く一礼した。
「さても、お嬢さんはよい火加減の焼き栗を作ってくださいました。さぁこれをお持ちください」
老人は、いつの間におこなったものか、秋の歌の書かれた紙に、緋赤の紅葉の葉を散り敷いて、栗をいくつか包んでくれた。
こうして、日和は焼き栗を手に入れた。
「知らない人間からもらったものを食べるな」
適当に角を曲がりながら帰り着いてみれば、六葉に怒られた。日和は唇を軽く曲げる。
「ええー、知り合いに、なったもん」
それに、相手は人間じゃない。たぶん、違う。生垣には境目がなく、周囲は延々と続く塀ばかり。家屋が見当たらず、老人と子どもだけが、落ち葉を集めて語らっていた。
「あれは、秋の神様だと思うな~」
「何を言ってる」
「だって、素敵な歌をくれたし、いいひとだよ」
あの紙に書かれていたのは、豊穣と幸いあれかしと願う歌だった。今は、文字など消え果てて、何も読めない。
栗を食べてしばらく、ちょっとした運の良さを発揮したが、数日で元に戻った。
サークル名:hs*創作おうこく。(URL)
執筆者名:せらひかり一言アピール
長かったり短かったり、幻想だったり日常だったりするファンタジーやその他を書いています。サイトでも読むことができる「かみこい」の番外編を書きました。
かみさまのおたわむれを楽しく拝読しました。