石の野いちご

 新緑が眩しい。
 五月に入ってからは気温もぐんぐん上がって絶好のハイキング日和だ。

 バイト先のバーに来る常連さんが、この山の野いちごはジャムにすると美味しいとか、紅茶にいれるとちょうどいいとか、イチゴジャム好きの僕には嬉しい情報があったからやってきたのだけれど、ここの野いちごはちょっと変わっている。

 摘んでしまうと石になるのだ。

 もってきたビニール袋の中は石の野いちごが沢山入っていて、次第に重くなってくる。これからどうしようか、大きな石の上に腰掛けるとため息をつく。

 ふと視線を上げると、木々の奥に光が射している場所がある。重い腰を上げて道なき道を進んで行くと、朽ちた木で組まれた小さな祠がある。観音扉の前に白い陶器のお皿があって綺麗にされているから、誰かが手入れなどをしているのだろう。

 袋からいくつか石の野いちごを出して皿に乗せ、手を合わせて祈ってみる。

「山の主様。石の野いちごを美味しい野いちごに戻して下さい」
「嫌じゃ」
「……え?」

 思わず声の方に顔を向けると、祠の観音扉が勢いよくバタンと開いて石の猫地蔵が現れる。
「ほれ、もうちょっとよこさんかい。たくさん持っておるじゃろ?」
「あ、はい」
 勢いに押されて石の野いちごを全部、こんもりと皿の上に乗せると、猫地蔵はむしゃむしゃと美味しそうに頬張る。
「はぁ、美味かった。人の子、御苦労じゃったな。山猫に宜しくな」
「……山猫?」
「おう、トラ毛の山猫じゃよ。おぬしの店に良く行くとか言っておったな。うまい酒とマタタビがたまらんとか。ワシが久しぶりに石の野いちごが食いたいと頼んだんじゃよ。獣が摘んでも石にはならん。人が摘むと石になる、なんとも面倒な野いちごでな」
 
 そう、バイト先のバーには夜な夜な猫がやってくる。

 一番多いのは白黒ブチ系なのだけれども、僕と良く話しをしてくれる常連さんはトラ毛の猫だ。いつも店に入ってくるなり「いつものね」とジンライムとマタタビを注文する。

「あぁ、がっかりする事は無いぞ、人の子。あとで山猫に野いちごのおいしいジャムを持って行かせるからの。じゃぁ、さらばじゃ」
 言いたい事だけ言うと、また扉がバタンと閉まって森に静寂が戻る。

 次のバイトの時に会った山猫さんは、苦笑いをして「すまんすまん」と良いながら大きな瓶に入ったジャムをいくつも持ってきてくれた。

 いくらイチゴジャム好きの僕でも、どうやって消費しようか楽しみながら悩んでいる。


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サークル名:ばるけん(URL
執筆者名:猫春

一言アピール
「少し不思議」をメインにした創作小説や豆本、猫グッズをつくっています。
今回は以前書いたお話の加筆修正版です。ほのぼのとした「少し不思議」なお話になっています。宜しくお願い致します。

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石の野いちご” に対して1件のコメントがあります。

  1. 浮草堂美奈 より:

    えっと驚く話の展開でした。なのに、自然に受け入れられて、しかもほっこりできる、スゴいです。

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