平和の鳥

とある世界のお話。長らく続いていた平和が崩れ、世界中が戦争を始めた。
 各国の指導者たちは皆、正義は我々にあると叫んで国民に喧伝するが、延々と続く世の乱れに人々は疲弊し厭戦の雰囲気が流れるも、互いに引くに引けない泥沼の状態が続いた。
 ある日、ある国の大統領へ、一人の商人が訪問した。商人は武器商人であり、これまでにも素晴らしい性能の武器を売り込み、大統領は頼もしい取引相手として認めていた。同時に、他の国へも武器を売りつけているらしいという噂もあり、周囲の重臣からは心を許しすぎないように、と警戒を伝えられていた。
「それで、今日来たのも何か新しい商品でもできたのか」
「はい、ぜひ大統領にお見せしたい物が出来上がりましたので、お持ちいたしました」
 グレーのスーツに身を包んだ商人は営業スマイル全開に、隣にある自分より少し小さな、白い布を被せた何かを指し示した。その布をさっと取り払うと、大統領は首をかしげた。
「こちらが本日の商品、和平交渉マシーン『愛平和一号』でございます」
「和平…和平?」
 大統領は呆けたように言葉を繰り返す。そこには、そこには銀色に輝く鳥の像があった。
 よく見ると全身が金属でできている。大きさは横にいる商人と同じくらいだろうか、鳥としてはかなり大型のタイプである。目には大きなレンズが入っており、怪しく光っている。見る限り武器らしいものはつけていない。
「君、聞き違えかもしれないので確認するが、これはなんだ?もう一度言ってくれたまえ」
「はい、これは我が社の最新作、和平交渉マシーン『愛平和一号』ございます」
 商人は先ほどよりも高らかに、大きな声で説明した。
「ふむ、聞き違いではないのだな。さて君、私は最新の、強力な、兵器が欲しいといったはずだが、どういうことだね。こんなわけのわからない、鳥のガラクタなんぞ持ってきて、しかも和平交渉だと。冗談にも程があるね。どうやら私をバカにしたいようだな。いろいろと世話になったが、これまでのようだ」
 大統領は声を抑えて話しているが、明らかに怒っていた。手を後ろに組みながら顔を赤くしながら、商人へ息巻く。商人は営業スマイルを崩さずに直立不動で動かない。
「大統領、お怒りなのは当然です。しかし、まずはこの商品について聞いてください。私をどうしてもかまいません。これが最後のご相談となってもかまいません。その覚悟で参りました。どうぞ、お願いいたします」
 商人は一歩引いて、深々と頭を下げた。大統領は口のへの字にしながらも、腕を組んでふうと息を吐いた。
「そこまで言うのならば、これまで世話になった礼もある。最後の無礼で聞いてやろう」
「ありがとうございます」
 商人は頭を上げると、先ほどよりも明るく見えるスマイルで準備を始めた。
「さて、それでは早速当商品、『愛平和一号』の説明をいたします。この商品はその名の通り、現在戦争状態にある敵国と和平交渉を行うことを目的に制作しました。まずは手続きとして、電源を入れます。すると腹部から円筒が差し出されます。こちらに大統領の署名入りの和平を望む文書を封入してください。円筒は特殊金属でできており、決して壊れませんし、熱にも強く、中の文書を傷一つつけぬよう運べます。
次に、大統領直々の和平希望のメッセージを動画で取ります。メッセージの台本は機械が用意します。表情の具合や動作まで細かく指示がありますので、指示通りにお願いします。多少はコンピュータで修正も入れますのでご安心ください。なお、この際に文章に盛り込まれます和平の条件などは、これまでの被害や戦況に応じて内臓のコンピュータが妥当な妥協点を計算して出します。互いの私情を一切挟まないよう、機械的に処理します。
これらが終わったら、あとは大統領の指紋、声紋、虹彩による最終承認を得て、目的達成のために起動します。一度完全に起動したら、目的を達成するまで止まりません」
 商人は読んでいた資料を別のものに持ち替えた。
「それでは、起動後の動きと、本体の説明をいたします。形は見てのとおり、鳥の姿をしております。これは万が一発見された時の擬態としております。全身は最新の超合金製。軽く、しかし剛性、温度変化耐性、どれも最高性能。さらにステルス性能も備えております。発進の際は目立たぬよう鳥の様に羽ばたいて飛び立ちますが、一定の高度へ到達すると高速飛行へ切り替わります。飛行方式は小型の最新ジェットエンジンです。最高速はマッハ3。独自のレーダーを駆使して安全に飛行します。敵国領空に入りますと、状況に応じて普通の鳥の速度に落として飛ぶなど擬態をしながら中心部へ向かいます。遠視では光の反射で白い鳥のように肉眼では見える加工がされてあります。カメラで映しても、映像を普通の鳥に差し替える特殊電波を発しておりますので、発見されることはありません。
 到達が近くなると、敵国の指導者へ和平希望の暗号を送ります。不意打ちでは対等な交渉になりませんので。その暗号送付をスイッチに敵国の情報をハッキングし、指導者の場所を特定します。到着時、攻撃を受けても問題ありませんが、一応降参の信号と白旗を掲げるようにしてあります。顔認証、声紋認証で指導者を確認しましたら、大統領のメッセージの再生、そして書簡の提出を行います。
敵国指導者にはできればその場で回答をいただきます。そして映像による承諾のコメントと、拇印による証書を受け取り、自国へ帰ってきます。これで極秘に和平交渉は完了です。あとは国同士で事前に示し合わせて、講和条約の交渉を行っていることにして一連の決議を国民へ報告すれば誰も疑いません。極めてスムーズに進められます。互いに映像記録も文書も残りますから、ごまかすことはできないでしょう。以上が当商品の説明となります。いかがでしょうか大統領」
 商人は話し終わって礼をしてから、大統領へ話を振った。
「ふむ、内容はわかった。それはそれとして、我が国がこれを買うと本気で思っているのか。我が国は勝利を目指している。相手に慈悲などかけられぬ。最後まで戦うつもりだ。他の国もそうだろう。せっかく作っても無駄なものだ。ははは」
 大統領は意地悪く笑いながら商人の肩をポンポンと叩いた。商人は微動だにせず、少し声を落として口を開いた。
「正直なところ、もう休戦の時期ではないでしょうか。私見ながら戦線を見る限り、国力としても今あたりが見極めどころではと思います。私どもとしても、互いの国が焦土化されては商売にもなりませんし、悲しく思います」
 大統領の顔が引きつる。実際のところ、戦線の維持は限界が来ていた。しかしそれでも引くタイミングがなく、どうしようもない状態でもある。
「も、もし、もしもたとえそうであったとしても、和平など無理だ。まず敵国がうんと言わないだろう。そんなもの使っても無意味ではないか。もし向こうから同じものが来たとしても、同じように私だって無視するぞ」
「そういうときのために、最終手段として自爆装置があります。和平交渉が失敗すれば即自爆です。威力は都市なら半分くらいは吹き飛ばせるものです。何の爆弾かは機密なのでノーコメントで。中枢を破壊してしまえば国としては終わったも同然です。それを機に休戦、和平交渉を行えばスムーズにいくでしょう」
 笑顔で淡々と話す商人に大統領は言葉が出てこない。あまりに恐ろしいことを話されて驚愕していると同時に、さらに恐ろしい可能性が頭をよぎっていた。
「ちなみに大統領、おそらく気が付いていると思いますが、この商品、周辺国すべてに、本日今ちょうどこの時間、同じ物の商談を持ち掛けております」
「な、なんだと。まさか、貴様ら」
「今のところ商談成立の報告はきておりませんが、どこかが一足先に決めて、すぐに利用するかもしれません。特にこの国に押されている某隣国さんとかは。自爆でもいいやと思っているかもしれませんね」
「何ということだ。貴様ら悪魔か」
「なにをおっしゃいますか。手段はよろしくないことは認めますが、最終的には平和を目指しています。ですから、お互いに報復にならないよう、この鳥を本当の最終手段として使わないでいただくのが一番なのです」
「武器商人が平和を作ってどうする。戦争が続かないと武器は売れないぞ」
「それは承知しております。しかし、そろそろ私どもも商売としては限界ではないかと思いまして、業態を変更しようかと。この『愛平和一号』は定期的なメンテナンスが必要でして、その際の手間賃をいただければと。金額は戦線維持よりも遥かに安価ですよ。いかがでしょうか」
 大統領は青ざめて立ち尽くしている。もう選択肢が1つしかないことがわかってしまっている。商人は茫然とする大統領に近づき、何かを囁き、大統領はブツブツと商人へ応える。満足な回答を得たのか、商人は今日最高のスマイルで頭を下げ、こう言った。
「それでは末永く宜しくお願いします」

しばらくして、泥沼状態となっていた各国の戦争が立て続けに終了した。しかも、両国とも納得の条件による講和であった。国民は敵国倒すべしと息巻いていた指導者の心変わりに疑問を感じ、怒りも沸いたが、それ以上に戦争が終わることに安堵し、歓喜した。
やがてどこからか、こんなお伽噺が語り継がれるようになった。
~平和な世界を持ってきたのは、どこからともなく現れた銀色のコウノトリで、子供の代わりに平和を運んできた。世界のどこかに必ずいるという銀色のコウノトリは、平和の使者として再び羽ばたくことを待ち望み、何年も何十年も、どこかで眠り続けている~。
このお伽噺を聞いた各国の指導者は、いったいどんな顔をしているだろうか。


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サークル名:城東ぱらどっくす(URL
執筆者名:病氏

一言アピール
大手自費出版社からオリジナル短編集を出版し、全国販売した一部始終をまとめ体験記を扱ってます。続編鋭意制作中。それ以外に星新一リスペクトのショートショート作品を発表しております。いつか長編に挑戦したい。
本作は「和」ということで平和と和平をネタに作成しました。平和の形もいろいろ、ということで。

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平和の鳥” に対して1件のコメントがあります。

  1. 浮草堂美奈 より:

    うわー、いいなあ。この話。星新一の系統ですね。こういう皮肉が効いた話、スゴく好きです。

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