とある喫茶店の新メニュー開発秘話

「駄目だこれじゃ。うーん、何か求めているのと違うんだよな」
 喫茶店の看板娘、織部茶々良おりべささらは一人で唸りながら小皿に残っていたアイスを一気に食べ終えた。
「痛っ! ……ふぅ、新メニュー考えるのも楽じゃないな」

 都心から電車で三十分ほど出た郊外、最寄駅から更に自転車で十五分ほど離れた住宅街のど真ん中に、茶々良が勤める喫茶店「喫茶去すてばちや」はある。この店は本来、茶々良の叔母でもあるマスターが開店したものなのだが、彼女は別の仕事で大変忙しく、現在は店の管理の殆どを姪である茶々良に任せきりにしてしまっている。この店は元々駅から遠いことに加え、店が入っている建物の二階部分からは近所の寺や墓地が見えてしまうという悪条件の立地のため、普段は一部の常連を除いて客が殆どいない。
 マスターの副収入を当て込んでどうにかやりくりできている店の経営状況を何とかして変えたいと思っている茶々良は、考え得る全ての手段を日々試しているのであった。

 茶々良は先程の皿を片付けながら、柱に貼ったカレンダーを眺めていた。来月頭の週末に赤ペンで印と「秋祭り当日」と記入されている箇所に目が行くと、思わず溜息が零れてきた。
 印がつけられているその日は、近所の神社を中心とした祭りが予定されている。店の近所には比較的大きな神社があり、当日は余程の悪天候でもない限り、そこを起点に神輿の練り歩きが駅前商店街まで行われるだろう。そしてそのルートには、喫茶店が入っている商業施設併設型の団地の前も含まれている。立地条件が大変厳しいこの店にとって、人が近くに沢山来るこの好機、彼女としては逃す手は無い。祭りに合わせて宣伝チラシを刷るならば、もうそろそろ日にちも危うい。
 だが、ここにきて彼女は自身のアイデアに煮詰まっていた。
 宣伝をするならば、できれば祭りに合わせた期間限定のメニューを出した方が効果は高い。だが、祭りにちなんで「和」というテイストを盛り込みつつ、この喫茶店のウリでもある珈琲の美味しさを伝えるにはどうしたら良いのか、どれも決め手にいまいち欠けていた。
「はー。さて本当、どうしようか」
 カランカラン。
「よう。この間借りていたCD返しに来たぞ」
「お疲れ様、茶々良ちゃん。新メニュー開発の方は順調?」
「あ、いらっしゃい篤志さん、結樹さん。いつもご贔屓ありがとうございます」
 茶々良は入ってきた二人の男に挨拶をした。CDをカウンターにすっと置く見た目がかなり怖い方が堀川篤志ほりかわあつしで、新メニューの事を尋ねてきたのは越智結樹おちゆうき、如何にも人柄の良さそうな大柄な男だ。二人はいずれもこの喫茶店の数少ない常連客であり、茶々良はいつも何だかんだと助けられている。
「メニューですか。実は……あんまり」
「そうか。真面目なのは良いが、あんまり根詰めなさんな。ホレ」
 篤志がビニール袋をカウンター越しに渡してきたので、彼女はそれを受け取った。やたらと重いので何だろうと思い中身を見ると、それらはプラスチック容器に詰められたあんみつだった。
「会社の同僚の親戚がどうも和菓子屋さんらしくて、この間そいつが転属する際課内で貰ったんだ。でも俺とユキ二人じゃ食いきれんから、良かったらお前さんにも」
「ああ、来て頂くだけでも嬉しいのにいつもすみません」
 彼女は深くお辞儀をした。強面の外見とぶっきらぼうな物言いとは裏腹に、こういうちょっとした心配りを篤志という男はいつもしてくれる。それも嫌味なくさり気なく、だ。接客業をする身としては、常にこうありたいと彼女は思っている。
「……ねえ、茶々良ちゃん。ブレンド珈琲一杯とバニラアイス注文して良い? 珈琲はいつもより濃いめで」
 結樹がそう尋ねてきたので、彼女は正に今開店中であったことを思い出し、急いでそれに応じる。彼の好みに合わせてネルドリップで淹れた珈琲を、これまた彼のお気に入りのカップに注いでデザートと共に供する。
「そうしたらさ、さっきのあんみつを一つ僕にくれる?」
 彼の意図するところが判らず、彼女は取りあえずそれに従う。彼が何をするのかをカウンター越しに眺めていた彼女は、思わず「えっ」と声を上げた。
 彼はあんみつのプラスチック蓋を開けると、先程頼んだアイスを上に盛り付け、その上から珈琲を静かに注いでいった。その熱で緩やかに溶けていくバニラアイスと珈琲。それらが混ざり合い、クリーム色を成して寒天や豆などに絡んでいく。そうして出来たオリジナルのデザートを結樹は一掬いすると、それを口に運ぶ。
「うーん、思った通りだ! 茶々良ちゃん、今度の祭りはコレ、黒蜜の代わりに濃いめに淹れた珈琲をかけた『珈琲あんみつ』、コイツを出してみてよ。結構イケるよ」
 彼が熱心に薦めてくるので、彼女と篤志もスプーンを手に取り、目の前の新デザートに手を伸ばす。恐る恐る口に運ぶと、これまでにない新しい美味しさがそこにはあった。
「本当だ! どうして今まで気が付かなかったんだろう……結樹さん、素敵なアイデア本当にありがとうございます」
「いえいえ、お役に立てたなら何よりだよ」
 こちらの結樹という常連客も、篤志とはタイプが異なるがやはりこうした気遣いをいつもしてくれるので、彼女はそれに助けられている。本当に、感謝してもし切れない位にだ。
 カランカラン。
「おっす、チャー。この間のツケを払いに来たぜ」
「軽すぎるぞ、智也。……ごめんね茶々良ちゃん、支払が遅れて。後、僕の相棒がいつもこんなので」
 彼女が入り口に目を向けると、そこには男女二人組がいた。先に入った長髪眼鏡の男が鳴海智也なるみともや、下の階に事務所を設けている探偵社の若き社長だ。その彼がいつもと同様におどけていると、その背後から男装の美女が諌めてくる。彼女はレイチェル=シュミットという名で周囲からの愛称はレイ。探偵智也の助手でもある。
 そのもう一組の常連のいつものやりとりに、茶々良はこれまたいつものように挨拶を返しながらも苦笑いを浮かべた。決して悪い人達などではなく、むしろ普段から結構可愛がられているのだが。
「ところで、祭りに出す例の新メニュー作り進んでいるか? さっきレイと駅前に買い物行っていたら雨に降られてよ、咄嗟に近くのファミレスに入ったんだけどな。そこで『コーヒーあんみつ』って物を食ってきたんだよ」
 智也のその言葉に、彼女は思わず目を見開く。横目にカウンターを見やると、篤志と結樹もやや驚いている様子だった。
「何でも、『今だけ、和と洋の合わせ技企画』とかやっているんだとよ。結構美味かったぞ、熱々珈琲とバニラアイスとあんみつの組み合わせ。お前さんも、ライバル店に負けないように踏ん張らないとな」
「……ええ、そうですね」
 どこか声を震わせつつ、彼女はそう答えるしかなかった。探偵はいまいち事情が呑み込めていない様子であったが、その背後にいる助手の方はこの店内の微妙な空気を察したのだろうか、そっと顔を逸らしてくるのが堪らなく辛い。
 扉を開けっ放しにしている訳ではないのに、店内がどこか涼しすぎる気がするのは冷房の効かせ過ぎだと、彼女は自分に言い聞かせることにした。


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サークル名:すてばちや(URL
執筆者名:末広圭

一言アピール
現代物で同じ世界観を共有するキャラクター達の「日常もの」「NL要素を含むアクションファンタジー」「BL(全年齢向け)」を不定期にネットに連載しています。
テキレボにサークルとして参加するのは初めてなので、アンソロにはそれらに出てくるメインキャラ達を全員出してみました。知らない方向けにまずはお試し版ということで。

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