だけど、いつもは、マジメです。

「嘘つきでなければ生きていけない。正直者でなければ、生きていく資格がないんですよ」
 そう言って、男は微笑んだ。
 そして暗転。
 「二枚舌」の文字が画面に浮かびあがり、しばらくのちにスタッフロールが流れる。
「んー」
 マオはソファーに座ったまま大きく伸びをする。そして、
「よくわかんなかった!」
 そのまま、隣に座っていた隆二に声をかけた。
「だろうな」
 呆れたように彼は笑う。たまたまテレビをつけたらやっていて、そのまま見てしまった映画だったが、
「嘘はついちゃだめよねー?」
「そーだな」
 天才的な嘘つきで二枚舌と呼ばれる殺し屋の男の話など、単純なマオとは分かり合えるものではなかった。
「……そろそろ夕飯の買い物にでも行くか」
 時計を見た隆二がつぶやくと、
「行く~!」
 楽しそうにマオが右手を上げて宣言した。そのまま、その手でリモコンを取るとテレビを消し、
「着替えてくるー」
 と声をかけると、そのまま自分の部屋に向かった。
「んー」
 タンスの中を眺めてしばらく考えた後、先月買ったばかりのワンピースを手に取った。好きなブランドCOCOと好きなイラストレーターLiLiCaのコラボワンピで、ちょっと高かったがお気に入りだ。ストライプをベースに、背中からコードが羽のように生えた猫がプリントされている。
 服を着替えると、枕元のオルゴールの箱をあける。途切れ途切れにしかもう音は鳴らない。でも、この真ん中のひまわり模様を見ると、無条件で嬉しくなる。
「エミリさんどうしてるかなー」
 くれた人のことを思い出すから。
「リーガル・リーガル・ユースティティア」
 魔法の呪文を小声で唱える。
 このプラスチック製のオルゴール箱は、魔女っ子弁護士もののアニメ「リーガルユカナ」のアイテムだ。もらった時には知らなかったが、その後DVDで全話見た。最終回は泣いた。あと、途中の正体バレエピソードもやばかった。このオルゴールをもらわなかったら、あんないいアニメを知らないままだったかもしれないと思うとちょっと恐ろしい。
 中に入れていたペンダントを取り出す。猫のチャームに、緑色の猫目石がついている。隆二にもらった初めての物体で、丁寧に大切に取り扱っている。
「柚香さん、元気かなー」
 つけたペンダントを右手の人差し指で弾きながら、ひょんなことから知り合った、このペンダントの製作者のことを思い出して小さく呟いた。
 準備を終えると、隆二のところに戻る。
「お待たせ!」
「おー」
 隆二が読んでいた本を閉じた。表紙に「Pigment Blue28」と書かれた青い文庫本。
「面白い?」
 タイトルの下の「少女小説?短編集」の文字を指差しながら、決して少女ではないひとでなしに訊くと、
「よくわからん」
 真顔で返された。なら、なぜ読んでいるのかと言われたら暇つぶしでしかない。神山隆二はそういう人間だった。ひとじゃないけど。
「そっかー」
 と、実にまぬけな会話をしたところで、軽快な音楽がなる。疑心暗鬼ミチコのテーマ。
「おっと」
 マオはテーブルの上のケータイを取ると、隆二に目線だけで謝りながら電話しはじめる。
「もしもしー、沙耶? どうしたのー? んー、元気だよー。美実ちゃんはー?」
 これは長くなるぞと思った隆二は、再び本を開いた。なんだかんだいって、この首だけ姫と首無し騎士の行く末は気になるのだ。
 しばらくして通話を終えたマオが謝ってくる。
「ごめんねー」
「いや、大道寺さん、なんだって?」
「この前送ったクッキー、届いたって」
「そっか。……変わりはない?」
「……ん。美実ちゃん、もうすぐ小学生だって」
「そうか……、はやいな」
 なんとなく空気がしんみりする。永遠を生きる「ひとでなし」の彼らは、時の流れを意識させる出来事が苦手だった。普通の人間とは、時間の流れが異なるから。彼らはみんな、自分たちよりも早くいなくなってしまうから。置いて逝かれるから。
「まあ、あれだな」
 本を置いて立ち上がると、マオの頭を手の甲で軽く叩く。
「お前には俺がいるから」
「……そうだね」
 少しの間のあと、マオも微笑んだ。
「隆二にはあたしがいるもんね!」

 気持ちを入れ替えて、スーパーに向かう。
 何かおいしいものでも落ちていたのか、スズメが一箇所に群がっていた。邪魔をしないように、なるべく反対側を通ろうとするマオだったが、
「ああっ」
 マオが近づくと、スズメはぴょんぴょんどこかにと跳ねていった。
「邪魔しちゃった……」
「俺らが通り過ぎたらすぐに戻るって」
「そういうことじゃなくって!」
「大声出すと余計逃げるぞ」
 隆二の言葉に慌てて、両手で口をふさぐと、足早にそこから離れる。その様を見て、隆二は少し笑った。
 図書館の前を通り過ぎる。
「そういえばー、佐緒里さん、どうしてるかなー」
 図書館で知り合って仲良くなった女の子のことを思い出す。
「東京帰ったんだろ?」
「だからー、その後!」
「知らんけど。でもまあ、俺らのことなんか忘れてくれてた方がいいだろ」
「……そりゃぁね」
 寂しいけれども、自分たちのことを普通の人間だと思っていた彼女の記憶からは、自分たちは消えた方がいいなと思う。悲しいけれども、本当はかかわらない方がいい存在だから。不死者と半幽霊なんて。
「その分、あたしが覚えてるからいいけどね」
 これまで存在してきた中で、出会った人はみんな大事だ。あんまり人間とはかかわらないようにしているけれども、それでも仲良くなった人はいる。何かあるたびに、そういう人のことを思い出す瞬間はとっても幸せだ。
 世界の一員になれた気がして。
 幽霊だからと阻害されずに、仲間にいれてもらえた気がして。
「そうだな」
 隆二が目を細めて、優しく微笑んだ。
 十年以上一緒にいて、最近の彼は昔よりもよく笑ってくれる。それがまた嬉しい。
 毎日色々な変化があって、新しい発見があって、永遠は長いけれども彼と一緒ならば全然退屈しないで過ごせるんだろうな、という自信があった。
 毎日、存在していることが嬉しい。どんな、ささいなことでも。
 例えば、
「ねー、買ってー!」
 スーパーで見つけた、鳥類戦隊バードマンのソーセージとラビットーファーのグミをおねだりして、
「無駄なもの買わない!」
 怒られたりする、そんなやりとりでも楽しいのだ。
「無駄じゃないもん! 食べるもん!」
「おやつだろこれ」
「シールついてるし!」
「だからなんだよ!」
 だから、マオの毎日はとても平和で、楽しいものなのだ。

 そして、暗転。

「さて、みなさん」
 暗い部屋。一つの椅子以外なにもない部屋。
 そこで、その椅子に座り、スポットライトを浴びた名探偵がニヒル微笑む。
「このやまなし、おちなしの話を読ませて作者は一体どういうつもりなのかとお思いかもしれません。しかし、この話には意味がある! そう、」
 そこで両腕を大きく広げ、
「販促という意味が!」
 大仰に宣言した。
「この話のテーマは、皆様ご存知のように嘘。ゆえに、この話の中には一つ嘘が含まれている。もちろん、私のこの発言自体が嘘で他には嘘がないかもしれない。いずれにしても、その謎を暴くのは」
 指先をこちらに突きつけると、犯人を名指しするかのようなテンションで、
「あなたです!」
 どや顔を決めた。
 そして腕を下ろすと、
「ちなみに、一つというのは嘘ではないので、一つ以上矛盾点が見つかった場合はただのミスだと犯人は言っていますのでご了承ください」
 冷静な口調で付け加えた。
「さぁ、一体この話のどこに嘘が含まれているのか。その謎を暴いて、「まあ誰も当たる人いねーよな」と思っている犯人を嘲笑ってください。答えは当日「人生は緑色」のブース内にありますよ」
 そして眉間に人差し指を中指をあて、 軽くとんとん動かしながら、
「えー、以上、岩戸隠れの名探偵でした」
 こちらに向かってキメ顔。
 しばらくそのままでいたが、やがてふっと緊張を解き、あー疲れたとでも言いたげに腕を回し始めたところで、
「めーたんてーどのー!!」
 ダミ声が響く。
「げっ」
 さっきまでキメキメだった名探偵は一気に顔を崩した。
「事件ですぞー!!」
「事件なんて、もう嫌だぁぁぁぁー!!」
 情けない声を上げると、名探偵はどこかに走って逃げた。
「待つのですぞー!!」
 くたびれたスーツ姿の警部殿が走ってくるが、椅子の前にくると、くるりとこちらを向き、
「ところで、長めのタイトルは点のあとで改行して縦読みを略称にするのもおすすめですぞ!」
 なぜか誇らしげにそう言った。しかし、すぐに、
「めーたんてーどのー!! 変死体ですぞー!!」
 名探偵を追って走り去る。
 後には、スポットライトを浴びた椅子だけが残された。


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サークル名:人生は緑色(URL
執筆者名:小高まあな

一言アピール
鳥と特撮ヒーローと怪異が好きな一人ヴィレヴァン目指してる、通称「鳥散歩の人」。幽霊娘マオの話や魔女っ子弁護士もの、少女小説?短編集や名探偵や嘘つきが出る掌編集なんかをご用意しています。当日はこの作品の「解答と解説」を書いた無料配布本をばらまく予定です!もらいにきてね☆

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