白百合は踊る

 深夜の街中。灯りも消えて暗くなっている宝石店から、こそこそと離れていくふたつの人影が有った。背にはリュックサックを背負い、足早に道を行く。よく見ると宝石店のショーケースのガラスは、粉々に砕けていた。
 人影が、道端に停めてある車に乗り込みヘッドライトを点ける。エンジンを掛け走り出そうとしたその瞬間、目の前にひとりの少年が現れた。
 セーラーカラーのゆったりとしたシャツに、暗い色のニッカポッカ、頭にはミニハットを乗せていて、目の部分に穴の空いた太いリボンを巻いている。そして、手には身の丈ほどもあるまち針を持っていた。
「宝石泥棒さん、逃がさないよ?」
 その姿を見て、宝石泥棒たちは驚きの声を上げる。
「やばい、ヌヴォワール・リリーだ! 逃げるぞ!」
「逃げるって、車の前にいるじゃん! どうすんだよ!」
「轢いてくしかないだろ!」
 宝石泥棒はアクセルを踏む。しかし、車が動き出したその瞬間、ヌヴォワール・リリーと呼ばれた少年が手に持ったまち針を、運転席にいる宝石泥棒に、フロンドガラス越しに突き立てた。それから、どこからともなく現れたもう一本のまち針も、その隣に座る宝石泥棒に突き立てる。
 その直後、ヌヴォワール・リリーが車の前から飛び退くと、車はのろのろと動きだし、コントロールを失って近くの電柱にぶつかって止まった。
 車の中で動いている人影が居ないのを確認した少年は、近くに有る公衆電話から警察に電話をかけ、程なくしてパトカーがやって来た。

 というのが昨夜の出来事。
 朝のニュースで宝石泥棒を逮捕したという情報と、それと一緒に少しだけ映し出されるヌヴォワール・リリーの姿。それを見ながら彼は朝ご飯のパンに、半熟目玉焼きの黄身を付ける。
「シン、眠そうだけど、あんたまた夜更かししたでしょ」
 そう呆れたように言うのは、隣に座っている姉のアラタ。シンに声を掛けながらも、視線はしっかりとテレビの方を向いている。
「それにしても、ヌヴォワール・リリー君かっこいいよねー。ちょっと前まではかわいいって感じだったのに、最近かっこいい」
「そうかな?」
 アラタの言葉を聞いて、シンはこそばゆさを感じる。アラタだけで無く他の人には言っていないのだけれど、実は、ヌヴォワール・リリーはシン本人なのだ。
 魔法少年ヌヴォワール・リリー。その正体を誰も知ることは無く、けれども彼は街の平和を守るため、日々活躍している。
 ヌヴォワール・リリーとしての活動は、学校が始まる前、若しくは終わった後に行うことが多い。一応、学業優先と言う事になっているのだ。
 ヌヴォワール・リリーの正体も知らず、アラタは夢見心地に、一度ヌヴォワール・リリーに会ってみたいといつも言っている。
 そんな事を言わなくても、毎日隣にいるのに。

 シンが学校に行くと、クラスメイトが昨夜の宝石泥棒の話をして居た。
「またヌヴォワール・リリーがお手柄だってさ」
「犯人もついてないなー」
「でもさ、あの魔法少年。そこそこでかい事件しか手を出さないよな」
「そうそう。そんな目立ちたいのかって。
正義の味方ならコンビニの万引きとかもなんとかしろよって」
 クラスメイトがこうやって、心ないことを言うのは今に始まったことでは無い。きっと、クラスメイトは本人が聞いているはずなど無いと思って話しているのだろうけれども、実際、ヌヴォワール・リリーの中身であるシンはしっかりとその話を聞いているわけで。
 本当は言い返したい。本来ならば事件解決は警察の仕事だし、もしそうで無かったとしても、体は一つだ。ありとあらゆる厄介ごとを全て背負い込むことは出来ない。
「シンはどう思う?
やっぱヌヴォワール・リリーってそんなでも無い気がしない?」
「うーん、そうだね。もうちょっと頑張っても良いのになって思うよ」
 でも、本音を言うことは出来なかった。

 今夜も少年は夜を駆ける。強盗、窃盗、恐喝そう言った物に目を光らせる。
 飲み屋街から少し離れた道を、周りを無視した速度で走る一台の車を見付けた。蛇行運転を繰り返し、それを危険だと判断したヌヴォワール・リリーは車の様な速度で走って追いつく。
「危険運転は良くないよ!」
 そう叫び、腕の中に現れた大きな手芸用接着剤を車のタイヤにかける。すると、車の速度が徐々に遅くなり、頃合いを見計らってヌヴォワール・リリーが力尽くで車を路肩に引き寄せた。
 車の窓が開き、中から運転手が怒鳴りつけてくる。何を言っているのかはわからなかったが、その言葉からはアルコールの匂いがして、すぐに飲酒運転だとわかった。
 少年は運転手が大人しくなるように大きなまち針で運転手を刺し、近くの公衆電話から警察に電話をかけた。

 翌朝も、シンは朝ご飯を食べながらニュースを見る。昨晩の飲酒運転は、他の事件に紛れてしまったようで報道はされていなかった。
 ふと、隣でパンを囓っていたアラタが溜息をつく。
「お姉ちゃん、どうしたの?」
「んー、最近、学校帰りに変な視線を感じるんだよね」
「学校帰り? どの辺から?」
「駅に着いた辺りからかなぁ。
気のせいだと思うんだけど」
 その話を聞いて、シンは奥歯を噛みしめる。大事な姉に何か良からぬ事をしようとする輩は、絶対に許せない。なんとかして対策をとらなければ。そう思った。

 その日の夜、シンはヌヴォワール・リリーに変身したまま最寄り駅の近くに身を潜めていた。アラタは遠方の学校に通っているので、いつもこの駅に着くのは夜になってからだ。もしアラタに付きまとっている何者かが居るのであれば、この時間くらいから待ち伏せをしているのだろう。
 暫く待っていると、駅からアラタが出て来た。その後ろを見てみると、確かに、こそこそと付いてきている人影が居る。
 ヌヴォワール・リリーもそっとその後を付いて行き、人気のない道に出たところで、アラタを付けていた人影に声を掛けた。
「ねぇ、何してるんですか?」
 突然声を掛けられたのに驚いたのか、人影は声を上げる。それを聞いて、アラタも振り向いた。
「えっ? 誰?」
 怯えた顔をするアラタに、ヌヴォワール・リリーは問いかける。
「お姉さん、この人は知り合い? 駅からずっと付いてきてたみたいだけど」
「えっ……知らない……誰……?」
 アラタに知らないと言われた人物は、アラタに向かってこう言った。
「そんな冷たいこと言わないでください。僕とあなたの仲じゃないですか。
僕達恋人同士でしょう?」
 その言葉にヌヴォワール・リリーは顔をしかめる。
「し、知らない! 知らない人なのになんでそんな事言うの!」
 金切り声でそう叫ぶアラタの様子を見て、これは本当に知らない人なのだなと確信を持つ。ヌヴォワール・リリーは無言で拳をその人物の鳩尾に入れる。そのまま流れるように、前屈みになったその人物の後頭を、指を組んだ両手で殴り地面に沈めた。
「ストーカーは、良くないねぇ」
 嘲笑の混じった声でそう言いながら、大きなまち針を倒れた人物の背中と手足に突き立てて行く。
 それを見たアラタは、不審人物とは言え流石にそこまでされると心配になるのか、おずおずとヌヴォワール・リリーに訊ねた。
「あの、その針って刺しても大丈夫なんですか?」
 その問いに、にこりと笑って返す。
「大丈夫ですよ。刺さっても動けなくなるだけで痛くありませんから」
「そうなんですか」
 それでようやく安心したのか、アラタが改めてお礼を言う。
「ありがとうございました。
このままだと危ないことになっているところでした」
 少し涙目になっているアラタに、ヌヴォワール・リリーは笑顔で言う。
「良かったら、ご自宅まで送りましょうか?」
 予想外の言葉だったのか、驚いた顔をしてから、アラタは微笑む。
「はい。よろしくお願いします」

 暗い夜道を歩きながら、ヌヴォワール・リリーとアラタは話をする。アラタがずっと本人に会ってみたいと思っていたことや、今回会えて嬉しかったこと、そんな話だ。
「ヌヴォワール・リリーさんは、学校とかどうしてるんですか?」
「そうですね、学校に通いながら魔法少年として活動してます」
「大変じゃないですか?」
「大変ですけど、必要とされていますから」
 必要とされている。本当にそうなのだろうか。自分で必要とされていると、そう思いたいだけではないのか。少し疑問だったけれども、ここは必要とされていると思っていた方が良いのだろう。
「これから暫く、お姉さんのことを駅から家まで送りましょうか?」
「暫くですか? えっと、毎日って事ですか?」
「はい、そうです」
「えっと、あの、えっと、ご迷惑でなかったらお願いしたいです」
 照れた様子を見せるアラタを見て、頼られて嬉しいと素直に思う。
 ふと、アラタが言った。
「所で、何処かでお会いしたことがありますか?」
 もしかして感づかれたのか。いっその事正体を明かしてしまっても良いような気がしたけれど、それでも。
「いえ、初めてお会いしますよ」
 自分が彼女の弟だと言う事は言えなかった。


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サークル名:インドの仕立て屋さん(URL
執筆者名:藤和

一言アピール
普段はちょっと不思議な現代風や、歴物風のライトノベルを書いています。偶に魔法少女・少年がいるかも?

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