RAY ANGEL アンソロジー『嘘』REMIX

 この世界は『嘘』でできていることを、私は知っている。

 目が覚めて、カーテンを開けた。
 日曜日の朝の、透き通った空の青さが目にしみた。
 窓を開けると、風が入ってくる。
 春らしく、暖かくて柔らかな風。当たっていると気持ちよくて、また眠ってしまいそうなほど。
 昨日も友達と遊んで、夜遅くなって、両親からひどく怒られてしまった。
 でも、なんだか空しい。

「おはよう」
 着替えて、リビングに下りていく。
 おはよう、と返してくる両親。
 何気ない会話。ありふれた日常だったはずだ。
 でも今では、それすら空々しくて……。

 昼過ぎに外に出た。
 田舎と呼ぶには人が多く、郊外にはそれなりの商業施設がある。
 かといって、そんなに大きくもなく、都会と呼ぶことにも抵抗がある。
 街路樹は少しずつ葉をつけ始め、道路の割れ目は小さな花が芽を出している。
 電線には雀が止まっていた。チュン、チュンと、軽やかな声で鳴いていた。
 こんな町でも車が行きかう。
 それまで『自動車』としか認識せず、色とか形とかデザインに興味を払うことはなかったが、最近では色々な種類があるものだと感心してしまった。
 とある団地に通りかかった。
 敷地内にある広場では子供たちの遊ぶ声が聞こえ、時折親たちが注意していた。
 見上げる。
 天気がいいから、洗濯物を干してある家がほとんど。
 あの部屋ひとつひとつに、それぞれの暮らしがあるのだろうな、と思った。

 団地を離れ、町の中央公園に向かう。
 この間、私とすれ違う人はいなかった。
 木の葉が風でこすれる音。
 遠くから走ってくるエンジンの音。
 どこかにいる犬の鳴き声。
 私の耳に届くそれらの音が、かえってこの町の静けさを演出するかのよう。

「……ん」
 眩暈を感じ、足を止める。
 頭を振り、正気を保とうとした。
 だが、眩暈は何の苦痛もなく、私を眠りに誘い込む。
 心地よいくらいだ。
 目を開け、空を見る。
 果てしなく高いはずの空。それが、実に近くにあり、その向こうにある宇宙空間が映し出されているみたい。
 そして、視界にノイズが走る。
 テレビの映りが悪くなったときの、あれ。
 それと同時に、私の耳には音が届かなくなる。静けさを通り越し、音を感じることができなくなったかのような状態。
 また、来た……。
 私は、眠たさに抵抗しなかった。
 他の人が見たら、私が突然道端で意識を失って倒れた、としか見えないだろう。でも、それすらどうでもいいこと。

 最初は、戸惑った。
 何の知らせもなく、別の世界に入っていく。
 そして、目が覚めたら時間がたっていて、何事もなく、ことが進んでいること。
 意識を失っているときでも、記憶は残っている。
 私ひとりの意識がなくても、この世界は何の支障もなく、時間を経過させていく。

 眠り始めたときの夢み心地から醒めた。
 見慣れた天井と壁。
 のろのろと体を起こす私に聞こえてくる、重たい金属音。
 磨き上げられた金属製の両手。
 背中の翼を動かし、半重力を使って立ち上がる。
 四方の壁はよく磨かれている。自分の姿が写るぐらいに。
 壁に手をつき、改めて自分の姿を見る。
 今の私は、巨大なロボット。
 この宇宙船を護衛するために作られたものらしい。
 西洋風の鎧をイメージした外装。
 自己修復能力。
 宇宙のいかなる危険にも耐え得る性能。
 白地に赤い縁取り。
 背中には大型の翼。
 足にも翼はあるが、それは宇宙空間で上下を決めるための重力装置。
 表情はない。装甲にすっかり隠れてしまい、見えない。
 私の体全体が金属製。
 元の体がロボットであるかのように思えてくる。
 私の意思で自分の肉体が動かせるように、今の、巨大ロボットになっている私の体も、自由に動かせる。
 この宇宙船の危機の時も、私は宇宙空間に出て、戦った。
 宇宙船を守るために、体を張ったこともある。
 その度に、このロボット……RAY ANGEL……正式名称RAY‐03[A]typeは起動し、戦った。

 この宇宙船を守るために。

 宇宙にある様々な危険から、人間たちを守るために。
 こんなの、テレビで見たロボアニメの主役機だ。
 そんなロボットに、私はなっている。
 そして、この宇宙船を、私は何度となく救ってきた。

 人間は、宇宙船の中でコールドスリープに入っている。一人がひとつのカプセルに入り、眠っている。私が人間の姿で活動しているのは、夢の中だけ。一人ひとりの脳波をメインコンピューターが統合。
 その夢を、ひとつの世界として私たちに見せている。
 それが、私たちの日常。
 そして、みんなそれを現実だと思っている。
 でも、それは嘘なのだ。
 コンピューターが決めた配役を演じている。そんな夢を見ているだけ。

 エアロックを開け、外に出る。
 鉛筆みたいな形の宇宙船。その外壁に脚をつけ、顔を上げる。
「この前見た……」
 今度も、どこまでも広がっている宇宙空間。
 星の光はあるけれど、どこか頼りない光。
 宇宙船『エデン』はひたすら航海している。
 再び地面に足をつくことができる星を探すために。
 そう。
 地球はなくなった。
 人が住めない星になってしまった。
 この宇宙船『エデン』は地球の人間の生き残りを乗せて、宇宙に飛び立った。
 これと同じ宇宙船はいくつもある、が、それらがどうなったかわからない。
 少なくとも私は、この宇宙船を、人々を守ってきた。
 凶悪な宇宙生物。
 超新星爆発の余波。
 測定不能な未知との生物との遭遇。
 ブラックホール。
 宇宙の墓場と呼ばれる特殊磁場など。
 仲間はいたと聞いているが、少なくとも、今は私一人しかいない。
 宇宙船が地球と同じ星を見つけるまで、私は彼等を守る必要がある。

 でも、そんなものがあるのか?
 見つかるものなのか?
 私は……。
 私は、そんな使命を全うしようとは思わなかった。
 でも、気がついたら、そんな状況になっていた。
 このとき、私の頭に疑問が浮かんでくる。
 私は、誰だろう。
 私は地球では、どんな人間だったのだろう。
 いや、そもそも人間ではないのではないか。
 もし私が人間で、夢で見たような地球で暮らしていたら、私はどんな生活を送っていたのか。
 まったくわからない。
 思い出せない。

 再びエアロックから宇宙船内部に戻る。
 そして、元の場所に向かって歩いていく。
 眩暈を感じた。
 そう、私が人間からロボットになる時と同じ。不意に眠気が起き、意識が遠くなる。
 最初は戸惑ったけれど、今では慣れてしまった。
 視界が暗転し、体が大きく揺らぐ。
 
 すぐに意識は戻った。
「……」
 目を開けたとき、私は人間の姿に戻っていて、バス停のベンチに座っていた。

 宇宙船に乗せている人たちすべてに、嘘をついている。
 私は真相を知っているから、その嘘に加担していることになるのだろうか。
 今眠っている人たちが、真相を知ってとき、どうなるのだろうか。
 空を見上げた。
 青く澄んだ空だった。
 それでも私の目の前には、どこまでも暗く、どこまでも冷たく、どこまでも広くて果てしない宇宙空間が広がっているよう。


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サークル名:侍カリュウ研究所(サイト等なし)
執筆者名:迫田紘伸

一言アピール
弱小サークルですが、よければ覗いてやってください。

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