ねこのこ

 会社の帰りにコンビニに寄って、弁当とお茶を買う。
 夜道を歩いていると、「にっにっにっ」と小さな声がした。
 歩道と車道を隔てる植え込みの中に、子猫がいた。生まれてからどれくらいだろうか。か細く「にっにっ」と鳴いて、見上げてくる。
 周囲に親猫は見当たらない。
 ひゅうと、車が風を切って駆け抜ける。寒い。朝の出がけに天気予報で、深夜から雪だとやっていた。
 仕方ないので、その小さな生き物を手ですくい取り、家路を辿る。弁当より軽い。

 玄関を開けて電気を点ける。風がない分、外より温かい。
 リビングのテーブルに子猫を載せた。震えている。
仕方ないのでバスタオルを持ってきて包むと、エアコンをつけた。最初に出たのはカビ臭い冷風で、ずっと使っていなかったことを思い出し、暖房に切り替えた。
 さて、子猫は何を食べるんだろうかと考えた。
 たぶんミルクだ。
 仕方ないので外に出て、コンビニで小さな牛乳パックを買って戻った。レンジで人肌に温めて、指をひたして吸わせると、思ったより元気よく喰いついてくる。
 弱々しく震えていたのは演技だったのかもしれない。それか、温まってきた部屋の空気のおかげで、元気を取り戻したのか。
 明日は獣医に連れて行こう。会社は休みを取ろう。ずっと休んでいなかったから、それくらいは許されるだろう。
ペットなんか欲しくない。子猫なんかいらない。ただ、保健所に連れていくのは嫌だ。
 獣医は子猫の引き取り先を世話してくれるだろうか。
 冷蔵庫を開けて、余った牛乳をキムチとビールの間に押し込んだ。久々に冷蔵庫を開けた気がする。中の物はいくつか腐っているかもしれない。
 キッチンは相変わらず、キレイに片付いている。ガス台に載せたままの新品のフライパンに、うっすら埃があるくらいに、使っていない。だからこその、キレイさ。

 シャワーを浴びて、ゆったりした男物のパジャマを着る。
 ベッドルームに入ろうとすると、子猫が「にっにっ」と声をあげた。なんて人懐こい子猫だろう。人見知りというものを知らないんだろうか。
 バスタオルごと、子猫をベッドルームに持ち込んで、床に置く。こちらのエアコンも、つけると少し嫌な臭いがした。
 汗のしみ込んだシーツと夏掛けの間に潜りこんで、横向きに身を横たえ、体を丸める。青い枕カバーも皮脂と汗がしみ込んだ匂いがする。
 今日はいつもより寒くない。そうか、エアコンか……。
 子猫は黙りこくっていて、静かだ。
明日は獣医の場所を調べなくちゃ、と考え込んでいるうちに、うとうとと眠りについた。

 ふわり、と。うなじから首、顎の下に。温かなものが横切った。
 ああ。
 ああ、帰ってきたんだ。
 よかった……
 安堵して目を開けると、そこは薄暗い部屋の中で。
 エアコンの風の音がするだけで、静か。
 背中は肌寒く。
 顎の下に柔らかな毛玉があって、小さく小さく体を上下し、呼吸していた。

 生まれ変わりなんか、信じたことない。
 生まれ変わりなんか、信じない。
 でも、信じた方が幸せになれるのなら。
 騙されてもいいかもしれないと。

 思った。

おわり


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サークル名:チューリップ庵 サイト等なし
執筆者名:瑞穂 檀

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