都内の地下鉄の駅を降りたその瞬間だった。私は、背後から一緒に電車を降りた男性から遠慮がちに肩を叩かれたと同時に、おずおずとした様子で声をかけられた。
「なあなあ。あなた、左肩に悪霊が憑いてるぞ」
「…………………はっ?!」
 私はホームで素っ頓狂な声を上げた。
「な、何言ってるんですか、あなた?」
「いやごめんごめん、いきなり声をかけて驚かせて。俺、そういうのが見えちゃう体質なのよ。だから自分で見えて気が付いちゃった人にはなるべく声を掛けるようにしてるの」
「…冗談はやめてくださいよ」
「冗談じゃないって! あなたこのままでいたらこのあと一週間以内に、憑いている悪霊に何かされて命を落とすことになるよ。そんなのは嫌だから俺はこうして教えてあげたんだってば!」
 左肩、なんか変な感じしてないか? お兄さんにそう問われて、肩凝り持ちの私は素直に肩が痛いです、と答えた。
「左肩から肘にあたるあたりが痺れているっていうか…」
「ああそれ、悪霊の仕業だよ。あなたの左肩に悪霊がしがみついて離れないからそんな風になってるのよ」
「ちょ、やめてくださいよ!」
「ど…っ、どうしよう俺…これから病院にお見舞いに行かなきゃいけないから時間作れないけど、放っておくわけにもいかないし…」
 おろおろと宙を仰いでいたお兄さんの視線が、隣にいた女性を向けた。
「あやちゃん、お見舞いは俺一人で行ってくるから、彼女を『先生』の所に連れて行ってもらえないかな?」
「え、私?」
連れの女性らしき人間が少し驚いた様子でお兄さんを見た。
「うん、前に一緒に行ったことあるから場所は知ってるよね。先生なら彼女に憑いている悪霊を除霊できると思う。俺の代わりに彼女を連れて行ってもらえないかな?」
「…わかった」
 傍らの女性は、覚悟を決めた様子でお兄さんにそう答えた。そしてお兄さんは私に向き合うと、真摯な表情で私の目を見て言った。
「いきなりこんな指摘をして怖い思いをさせてごめん。でも、ここでこうして出会ったのも何かの縁だと思うから、先生に除霊してもらってこれからも幸せな人生をあなたに送ってもらいたいんだ。俺、もう自分が色々見えちゃった人が目の前で死んでいくのを見るの、嫌なんだよ」
 この時のお兄さんの表情は本当につらそうな表情だった。私は彼のこれまでの人生を想像して、勝手につらくなった。
「あやちゃん、あと頼むね。俺、これからお見舞いに行ってくるから」
 そう言ってお兄さんは雑踏に消えていった。私は傍らにいる「あやちゃん」と呼ばれた女性に縋るようにお願いした。
「先生のいる場所に連れて行ってください」
 あやちゃんは力強くうなずくと、こっちです、と私を誘導した。
 このとき私は、自分が詐欺に遭っているだなんてこれっぽっちも思わなかった。世の中にはなんて親切な人がいるもんだ、と感動さえしていた。

あやちゃんに連れて行かれた場所は、大きな建物の会議室みたいな部屋だった。
室内には何故か静かにお経が流れていて、『先生』であるらしい還暦を過ぎたくらいの風貌の女性が一人座っていた。先生は私の顔を見るなり、ああ、と何もかもを察した様子で語り始めた。
「あなたに憑いているのは、若い女性の霊です。子供を産むことが出来ずに恨みながら電車に飛び込み自殺した女性の霊です」
 そのあとも先生は色々なことを私に説明していたと思う。このままだとあなたもお腹がぐちゃぐちゃに引き裂かれて電車に連れ込まれることになるとかなんとか。
「除霊をすれば、それらは防ぐことができます」
 ただしお金がかかります。先生はきっぱりと言った。
「…いくらくらいですか?」
 おずおずと私は聞いた。
「○十万円」
「○じゅうまん? 無理です、そんなお金、持ってないです!」
弾かれたように答えた私に、
「じゃあ、●十万なら持ってる?」
 先生はいきなり除霊のために必要な金額を落としてきた。
「●十万…●十万ならなんとか…」
「では、●十万円で除霊をしましょう」
 先生はここから近くにあるATMの場所を詳しく教えてくれた。私は教えられた通りにATMでお金をおろすと、封筒に入れた札束を先生に渡した。
 『除霊』は、大きな数珠を持った先生が私の背後に立ち、なにがしかの呪文を唱えながら私に数珠を叩きつけた。
「きえええええええぇぇーーーー!」
 発狂したのかと思う奇声を発した先生が、最後に大きく私の体を数珠で叩きつけて『除霊』は終了した。

何かあったら連絡しなさい、このときそう言われて渡された電話番号は、その後、何度電話をしても繋がることはなかった。
除霊してもらったんだから大丈夫。そう自分に言い聞かせてはいたものの、世の中にはそんな怖い世界があるのかと怯えながら、私はその後も「いつもの生活」を送った。

テレビや新聞が、このときこの人たちが行っていた詐欺事件を大々的に報道したのは私が「いつもの生活」に戻ってからしばらくしてのことだった。
いきなり世界は、私をとりまくいつもの色をいつも通りに取り戻してくれた。被害者は三桁に及ぶらしく、警察の担当部署の電話番号に私が電話をかけたときも「もうねえ、朝からじゃんじゃん電話がかかってきて大変なんですよお!」とおまわりさんは電話の向こうで苦笑いしていた。
その後、警察で彼らから声をかけられたときの状況を、事細かに私は説明することになった。詐欺被害者としての調書を作ってもらうためだった。
彼らはカモに声をかける役、除霊師に連れて行く役、除霊する役と、それぞれの役割を分担しながら、自分たちの描いたシナリオに落としこんでいける人を吟味していたようだった。私は、まんまとお金を渡すという最後のオチまで、彼らのシナリオに乗ってしまった馬鹿な女の一人だったのである。
「もともとは今みたいな大金じゃなくてもっと少ない金額を提示して、他人から小金をくすねていた集団だったんですけどね、あるときからいきなり金額を釣り上げて除霊を迫るようになったんですよ」
 そんな風に、警察の人は説明してくれた。

私に声をかけてきたお兄さんからは、その後、謝罪の手紙が届いた。怖い思いをさせてしまい申し訳ありませんでした。そんな内容の便箋三枚くらいの手紙が「検閲しました」という意味らしい判子が押された状態で、私のもとに届いた。
本当に、反省しているのかな。単純に、これから始まる裁判を前にして、自分だけ実刑を免れたいだけの点数稼ぎとしての謝罪の手紙なんじゃないかな。
当時の私は、届いた彼の手紙を読んでも、そんな風に斜に構えて見ることしかできなかった。

 初公判を私は見に行った。あのとき、私に除霊してくれた女性をもう一度見たいと思ったからだった。
『先生』は私に除霊してくれた当時よりかなり老け込んで見えた。暴れないように両手をロープで繋がれた彼らは、自分がついた嘘のおかげで今、自分たちがこんな風に裁かれる側に回っていることを、どんな風に思っているんだろう。私は不思議な気持ちで彼らを見ていた。
長い長い罪状報告の途中に、私の名前も読み上げられた。わー、これから彼らは、これらの罪について裁かれることになるんだーたいへーん…他人事のように私は彼らを眺めていた。
『先生』は裁判の最後に、フッと傍聴席にいる私たちに視線を向けた。あ、視線があったかな。そう思った瞬間に『先生』は自分の足元に視線を落とした。何もかもを諦めたような表情で、そのまま両手をロープで繋がれた状態で退場していってしまった。

 こんな経験をしてしまったからか、私はこれからも「絶対に自分は詐欺にあわない」と自信を持って言うことができない。よく「オレオレ詐欺に遭うなんて馬鹿」っていう人がいるけど、私ももっと年をとってしまったらすんなりとオレオレ詐欺にひっかかりそうだよなあ、と思う。
「嘘」をついてお金を稼ぐことって、実はそんなに難しいことじゃないみたいだし。そうしてお金を稼いでる自分が、どんな風に見えるのかは別として。

現在では裁判は既に結審しており、そのとき私が彼らに渡したお金も私の手元に戻ってきている。そしてこのとき前科一犯と言う消えない疵を自分に付けてしまった彼らが、今、何処でどんな生活をしているのか私には知る術がない。
自分たちがついた嘘の代償が、一生抱えて向き合い続けなければいけない禍根となってしまった彼らは、一体今、どこで何をしているんだろう。

「最後に、彼らに何か言いたいことはありますか?」
裁判に提出するための最終的な書類のチェックのために訪れた検察庁で、女性の検察官にそう問われて私は呆然と答えた。
「あの…なんでこんなことしてたんですか? って聞いてみたいです…普通に働いて、お給料をもらって、そのお給料を自分の好きなことに使う生活の方がずっと楽しいと思うんですけど…」
検察官は、心底不思議そうな表情で私を見つめた。
「そうなのよね、この事件の被害者って、あなたみたいな普通の人達ばかりなのよ」
 …普通の定義ってなんだろう。そもそも、こんなくだらない嘘を信じてしまった私が馬鹿だったってだけの話じゃないんだろうか…。
 おばけなんてないさ、おばけなんてウソさー…悪霊なんて、この世にはいなかったんだよ。

…でもまあ、この詐欺に遭った話の数年後に、私はモノホンの悪霊に首を絞められてしまいましてですね、どえらい目にあったときの話は、テキレボアンソロジー1で「初めてのパワーストーン」というタイトルで掲載させてもらいましたし、現在は後日談もまとめた「リアル×××Holicな話」というタイトルでうちのサークルで200円で販売させていただいておりますので、もし興味を持たれた方は是非、テキレボの会場でうちのスペースにお立ち寄りいただいてお買い求めいただけると嬉しいです(爆笑)


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サークル名:トラブルメーカー(URL
執筆者名:セリザワマユミ

一言アピール
エッセイです。今回はサークル発行物の宣伝も兼ねてみました(笑)

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