花の中の花 ―虫除けまじない―

 式典の後夜祭。広場へと続く大通りには多種多彩な天幕が張られ、屋台が並ぶ。
 この道は、広場中央にある円台と櫓へと続いている。松明がそのシルエットを浮かび上がらせていた。この場所が使われるのは日暮れ後、今は静かに出番を待っている。
 後夜祭は盛況なようだ。この地域伝統の衣装をまとった住民が通りに集まり、混雑している。この国にはこんなにも人が住んでいたのか。行き交う人々には笑顔がある。前日の式典で小競り合いがあったが、今日は嘘のように和やかだ。
「すごい人だね」
 エヴァリストは、傍らから声を掛けられた。
「そうだね。まあうちの街の繁華街よりか歩きやすいよ」
「そりゃ人口が違うもの」
 友人のフルールは、自分より背が低いので少し身を屈めて返事をする。こうしないと人の雑踏で声が届かないのだ。彼は同じ役所に勤めている同僚でもある。隣街から派遣され滞在をしていた。他にも数名滞在をしていたが、いま残っているのは二人だけ。昨日本番の式典を終え、しばし羽根を伸ばすために街に繰り出していた。自分達を招いた街側から「せっかくなので街をゆっくり見て来てください」との取り計らいなのだが……。
 フルールはこちらを黙って見ていたかと思うと、唐突に笑い出す。正確には噴き出した。
「……ごめん、やっぱりなんか見慣れないと言うか、違和感が!」
「そんなに似合わないかな?」
 エヴァリストは、両手を胸の前まで持ち上げ自分の姿をしげしげと見る。
 二人とも普段は仕事着のスーツ姿だ。だが本日は身元が分からないよう周囲の人々と同じ衣装を身に纏っている。伝統的と言えば聞こえはいいが、ハレの日に着る服のため、色鮮やかな布地がふんだんに使われている。実に美しい衣装なのだが、着ている方は気恥ずかしい。当初この格好で街に出るのを躊躇したが、外に出てみれば皆同じような服装なので安心した。
「大丈夫、似合ってるよ」
 と友は言うが、その声音は笑いをこらえているのが分かる。
 エヴァリストとフルールがこの地を訪れたのは、交易の協定を結ぶため。近々大きな街道の整備と鉄道が引かれる。十数年掛かってやっと漕ぎ着けたプロジェクトだった。ここに辿りつくまで、多くの人々の手と苦労があった。最後の仕上げとしての重責を担ってこの地に赴いた。協定の調印は混乱もあったが上手くいった。この衣装で使われている品も交易に出れば良い値がつくはずだ。エヴァリストはここ数日の出来事を振り返って感慨にふけっていたため、フルールがこちらを凝視しているのに気づいていなかった。
「エヴァ指輪はどうしたの?」
 エヴァリストは半年前にめでたく結婚をしていた。まだまだ新婚と言っていい時期なのに、人使いの荒いお役所から長期出張を命じられた。奥さんは同業なので仕事に理解はある。が、今頃盛大にむくれているに違いない。普段左手薬指に銀の結婚指輪をはめている。しかし今は指輪をはめていない。
――変なところ、めざといな。
「この衣装の時は他の装飾を付けてはいけないらしくて、外してきたんだ」
 別に言い訳でもない。事実だ。
「ふーん、帰ったら言いつけてやろうかな。あの指輪は虫除けじゃなかったのかな?」
 言いつけるというのは、おそらくエヴァリストの奥さんを指しているのだろう。三人は共通の友人だった。フルールは仲間内でいじられる側に属する事が多い。今日は珍しく友人から一手を取れたのが嬉しいようで、ここぞと冷やかしを言う。
「別にいいよ、疾しいことないもん。それに今日は絶大な虫除け効果があるフルーが一緒だから問題ないって」
「はっ?」
 どうやらフルールはエヴァリストの言葉の主旨が分かったようだ。表情を曇らせ頬を膨らませている。
 実は彼が本日着つけられた民族衣装は女性用だ。サイズが合うものがこれしかなかったので仕方がない。この衣装は男女でデザインに大差がない。長い裾の上着の色使いが若干違うのと、髪を覆うような頭巾には、女性の方にだけ片側に花飾りがリボンで結ばれている。大差がないからと説得され渋々身に着けていた。フルールの外見は金髪碧眼で、衣装姿はお人形のように愛らしい。しかしその感想は心の片隅にそっとしまっておこう。迂闊にからかえば殴られそうだ。
 この可愛らしい友人は、最近意中の相手を口説き落とした。ここだけの話、役場の中では男女共にファンが多いので、そのニュースは所内に激震が走ったとか。しかしエヴァリストは新婚旅行中で騒動に立ち会えなかった。実に口惜しい。
「もう今更膨れないでよ。まあ俺も……変な虫がつかないように頼まれているし」
「えっ、何か言った?」
 最後の方はわざと小声で言ったので、雑踏にかき消されフルールの耳に入らなかったようだ。
「こっちのこと」
 エヴァリストは言葉を濁してごまかした。人気者のお守りは大変なのだ。
「……まあいっか。さて折角外に出たから、名産品のお土産を買って帰ろうかな」
「いいね。実は買いたいものあるんだ」
「じゃあ一時間後にあの櫓の緑の前で集合ってことにする?」
「そうだね。その頃には日も落ちて広場の出し物も始まる頃だろうし」
 各々目的のためしばし一時散会することになった。少しぐらいなら目を離しても大丈夫だろうか。
――そうだ。
「また後で」
「あ、フルーちょっと待って」
 エヴァリストは買い物に出ようとするフルールを呼び止めた。
「何か忘れているかな?」
 手招きして近くに呼ぶと頭巾の花飾りに手を伸ばした。頭巾から一度外すと位置を右から左に付けかえる。
「これでよし」
「着付け変だった?」
「いや気にしないで、ちょっとしたおまじないだよ」
――さっき聞いた話ではアレでいいはず。約束は果たしたと。

   * * *

 目的の品が早く見つかったエヴァリストは櫓の前にやってきた。
 約束の一時間には余裕がある。お目当ての品はこの地域特産の薔薇から取れるローズオイルだ。ルビーレッドの薔薇が特に稀少で値が張ったが、これで奥さんの機嫌が取れるならお買い得だ。重要なのは渡すタイミングだ。ふて腐れた態度を取られた後に渡すのが良い。彼女の表情がパッと変わる。その瞬間を想像すると自然と頬の筋肉が緩んでしまう。
「あの失礼ですが、お一人ですか?」
「へっ?」
 想像の中に居た自分は不意に声を掛けれたので、間抜けな態度を取ってしまった。連日の緊張から解放されて少々気が緩んでいるようだ。目の前には見知らぬ女性が居た。
――えっとこれが世に言う逆ナンパかな?
 しかも声をかけた女性の後ろに数人の女性が連れ立っているではないか。嫌でも心が躍る。それが男の性というものだ。
「あの、もしお相手がいないのなら、私たちの中の誰かと一緒に広場の舞台に行きませんか?」
 話を聞けばあの広場にはエスコート役がいないと入る事が出来ない仕来たりがあるようだ。
「そうなんだ。観光で来ていて」
 この櫓の前はペアを探す男女が集まる目印になっており、一人でいたエヴァリストは声を掛けられたというわけだ。エスコート程度なら浮気にはカウントされないだろう。「喜んで」と引き受けてあげたい。しかし今は休憩時間とはいえ職務中だ。あまり羽目を外すわけにはいかない。
 どうやらフルールの方を心配している場合ではなかった。女性に恥をかかせない様に丁寧にお断りをしないと。
「……いま人を待っていて」
「エヴァお待たせ。遅くなって……ああ、何かあったの?」
――ナイスタイミング!
 その時フルールがタイミングよく来てくれた。手には土産物が入った紙袋を抱えている。彼はエヴァリストの様子を見て場の空気を計っている。
――上手いぞ、フルー。
 エヴァリストはフルールの手から袋を取り上げると、彼の肩に手を回した。
「ごめんね、そういうことなので」
 女性陣の「えー」という声が揃う。
「広場のこと教えてくれてありがとう」
 エヴァリストは女性達に礼を言うとフルールの肩を押し、そそくさと広場の方に歩みを進める。
「で、これはどういう事?」
 黙ってエヴァリストのすることに従っていたフルールだが、女性達から離れたことで肩に置かれた手を指差す。
「……実は」
 エヴァリストは手短に説明をする。
「なるほどね、このお祭りは公の出会いの場なのか」
「これはうちの街でも企画してもいいかもね。……そういうフルーの方は、誰にも声をかけられなかったでしょ?」
「うん、かけられなかったけど。どうして分かったの?」
――さて、ここで種明かしするか。
「実はさ、さっき別れた時その頭巾の花飾りの位置を直したじゃない」
「ああこれね」
「未婚者は右、既婚者は左につけるんだって」
 出際に服を着つけてくれた人に聞いた。なんでそんなルールがあるのか不思議に思ったが、女性に声を掛けられて分かった。この相手は誘えないというマークなのだ。
「……えっ? えーー!」
「黙っててごめんごめん。でも虫除けのおまじない効果抜群でしょ?」
 フルールは顔を赤くして慌てて頭巾を脱いだ。先程別れた女性達の方を振り返ったが後の祭り。彼女たちの姿はもうない。
「謀ったな!」
 エヴァリストが「シー」と口の前に指を立てて言葉を遮る。
「出しにつかってごめん。でもフルー可愛いから大丈夫。問題なく騙せているから」
「やっぱり帰ったら言いつける!」
「いいよ! きっと大笑いして話を聞かれるよ」
 エヴァリストは、ウィンクしてみせる。
「……全くこの夫婦は」
「折角だからこのまま広場見て行こうよ。この地域の文化を知るために」
「……」
「ねっ」
「分かりました」
 フルールは頭巾をかぶり直した。しかし髪飾りの位置は右側に直しているではないか。その小さな抵抗がおかしくてたまらない。
 友人二人は連れ立って広場の方に足を向ける。祭りの賑やかな熱気に自然と心が浮かれる。今度は各々の想い人と来たいものだ。


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サークル名:夢花探(URL
執筆者名:ほた

一言アピール
ラストはハッピーエンドにするけどその過程は保障しない、がモットーの長編書きです。長編ファンタジー「花の中の花」より新刊の番外編をお届けします。お互いの想い人が誰かは本編でご確認いただければと。ご存じの方は内緒で。サイトで1巻を試し読みできます。今回から個人サークルで参加いたします。

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