裏門から通りまでは狭い石段で、左右は竹林だった。屋台の灯りもここまでは届かない。人のざわめきに代わって、さわさわと葉擦れが私たちを包み込む。
「真っ暗」
 そう呟くと、彼がほおずきの籠を掲げた。朱色が辺りをほんのり照らす。
「表に回る?」
「ううん。行こう」
 手を繋いで石段を下りていくと、二人分の下駄の音が響く。彼も私も何も話さなかった。
 半ばまで下りたところで、ほおずきの灯りの先に人影が見えた。浴衣の女性だ。思わず立ち止まると、彼女はこちらを見上げて微笑んだ。
「ほおずき、一ついただけません?」
「え?」
「一つだけでいいんです」
 彼女は石段の真ん中に陣取っており、ほおずきを渡さないと通してくれない様子だった。顔を見合わせると、彼は小さくうなずいた。繋いだ手を離したくなくて、彼が掲げた籠から私が一つ摘み取る。そして、女性のいる一つ上の段まで近付くと、伸ばされた手のひらにそっとほおずきを乗せた。
「ふふ、綺麗なほおずき」
 彼女が指先でつつくと、ほおずきは手のひらの上で融けだした。朱色がとろとろと流れ、石段に落ちる。見る間に白い葉脈だけになってしまった。繊細なレースのようなほおずきの中には、丸い朱色の実だけが残った。
「これで夜祭に間に合うわ」
 女性はうっとりと見つめ、透かしほおずきをつまみ上げる。融ける前よりも光が強い。葉脈の影がくるくると躍った。
「お礼に一つ作ってあげましょうか?」
 透かしほおずきから目を離せない私に気付くと、彼女は含み笑いでそう尋ねた。
 私が返事をしないうちに、彼女は彼の腕を掴む。
「あ」
 彼が融けていく。服も髪も皮膚も肉も、とろとろと流れだし、石段に不思議な色の水たまりを作った。慌てるよりも先に、彼は白い骨になってしまった。肋骨の中に朱色の実だけが残っている。彼が身じろぎすると実はころんと落ちてきた。私はそれを両手で受け止める。暖かくて淡い光。
 振り向くと女性はいなかった。
「どうする? 僕を置いて行く?」
 ほおずきの籠を掲げて、彼が聞く。それは私の手の中の実から聞こえた。声に合わせてほわんと光が膨らむ。
「ううん。一緒に行こう」
 彼の持つほおずきの籠と、私の持つ彼の実がほんのりと行く先を照らしている。さわさわと葉擦れの中、一人分の下駄の音と一人分の骨の音が響く。繋いだ手から彼の最後の一滴がとろりと滑り落ちた。


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サークル名:オレンジ宇宙工場(URL
執筆者名:葉原あきよ

一言アピール
超短編を書いたり、豆本を作ったりしています。中身も外見もちょっとへんてこで、「トリック・オア・トリート」と言ったらイースター・エッグが詰まった赤いクリスマスブーツを渡されるような感じです。本作はいつもより少し長め。

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