りんご飴

 下校途中、ふと気づいたら石段の前に立っていた。浴衣や甚平姿の子どもたちが道を横切って、石段を駆けあがる。
 祭りだろうか。夏の慰霊祭も、秋の収穫を喜ぶ祭りも、とっくの昔に終わった気もする。
「何の祭りだろうな」
 町内の掲示板らしきものには、何の張り紙も出ていなかった。
 急に太鼓が鳴り響き、笛の音が歌い始めた。
 祭囃子は、妙に胸を騒がせる。笑い声や、手拍子まで降ってきた。
 気になるので、石段を登ってみる。
 左右にかけられた提灯は不燃性のもので、中身は電球だが、暗がりにぼんやりと浮かぶさまは異界のような風情がある。
 境内には所狭しと屋台が出ていた。イカ焼き、とうもろこし、綿飴、甘い匂いと醤油の焦げた香ばしさが煙たさと共に広がっている。
「飴でも食うかい、ぼうず」
 屋台から呼びかけられて振り返る。呼びとめられた他の子どもが、りんご飴をいくつか買う。甘酸っぱい匂いと、食べているときの音が気になって、自分も買い求めることにした。
 これまで赤いりんご飴は、中身が少し軽い、さくっとしたものしか食べたことがない。だのに、小型冷蔵庫から取り出された飴はキンと冷えて、歯を当てるとぱりぱりして、りんごに触れるとしゃきっとみずみずしい。飴よりもずっと甘い。真冬のりんごみたいだ。
 冷蔵庫の中で黒いモップみたいなものが瞬きしている。美味しいと伝えると、くるくると回る。行商人は素早く冷蔵庫の扉を閉めた。
「今日は何の祭りなんですか?」
 普段ならあえて聞かなかったかもしれない。けれど、場の楽しげな空気に流されて、つい口にしてしまった。
 太鼓が激しく打ち鳴らされ、銅鑼まで囃子に参戦して、なかなか会話もままならない中、返答があった。
「そりゃあ、御祭神さあ。年に一度の、結婚記念日だよ。誰とは、御名は言わぬものさ。皆が知ってる方だからね」
 屋台の行商人は、歯をむき出して笑っていた。

 案の定、石段を下ると、祭り囃子は聞こえなくなった。
 かじったりんご飴を手に、見慣れた道に戻る。路面は舗装され、散歩する人間の影はヒトの形。さっきみたいに、うねうねとさまざまな形を取ったりはしない。
 帰宅すると、なぜか戸口に母親が立っていた。まずい、と無意識に足が止まりそうになるが、悪いことはしていないのだ、逃げるのもおかしい。
「どこへ行ってた?」
 母親は軽い口調だが、どうしても剣呑さがのぞいている。金色を帯びた目が、言い逃れを許さないとばかりにこちらを見つめた。
「あー……ちょっと屋台をひやかしてきた」
「屋台、ねえ……」
 視線が手元に落ちてくる。りんご飴の棒。棒にくっついて残った、わずかなりんご。
「まぁそういうことにしておこうか」
 母親のひと睨みで、肩についてきていた何かが転がり落ちて、夜道を泣きながら帰っていった。


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サークル名:hs*創作おうこく。(URL
執筆者名:せらひかり

一言アピール
すこしふしぎ。今回は300字ssポストカードラリー参加のお話にも出てくる学生さんです。本編はまだ水面下。(過去の世代のお話ならサイトにあります)この話とはまったく別なのですが、たぶん次のイベントではホラーっぽいものが出る予定です。

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