だんじり捕物帖

 賑わう南海電鉄岸和田駅中央口をとおるが出た時だった。
「下松享やな」
 三十台位の濃いスーツの男が威圧的に寄り、手帳を出して開く。
砥田とだ秀雄氏ほか殺害の――」
 そこまで聞いたところで享は男を突いた。
 体勢を崩した男に背を向けて走る。
「待てッ!」
 男――刑事が怒鳴る。
 近辺の人々が持っていた新聞やレジ袋や煙草を捨て、享を追う。
 享は主婦風の刑事を避け、踵を鳴らして方向転換したところで何人めかのタックルを受けた。
 男女数人が集まり周囲が騒然としはじめる。
 享を押さえた刑事が腕時計を見た。
「一時五分、確保ッ!」
 ロータリーに分散していた車数台が動き、享をその一台に押し込める。
 享が声をかけられてから、わずか数分程度だった。

 最初の刑事は堀川といった。
 取調室で無言の睨み合いが数時間続く。
 この日は昼からのパレードで、勢いよく曳かれる地車だんじりが駆ける音がかすかに届く。
 警察署は南海線と阪和線の駅の間で祭から遠くない。
「ええ加減正直になれや、えッ!」
「モクヒケンじゃ」
 横を向いて表情を変えない亨の襟元に堀川が手を伸ばした。
「拳法かなんかと勘違いしとるんちゃうやろなコラ」
「まあまあ」
 ノーネクタイにジャケットの年配刑事が部屋の角から寄り、堀川の肩に手を置いて享を見た。
「よぉ帰ってきたな」
 名前も顔も出とるのに、と老刑事が言う。
 堀川が「三崎さん……」と椅子をずらし、男が座った。
「決まっとる」
 享は憮然としたまま、それでも返す。
「だんじりやんけ」
 三崎は同意と笑う。
「俺もここの生まれ育ちや。早終わらせて行きたいんや」
 それに、と三崎は火の点いていない煙草を弄る。
「倅が大工方だいくがたやるんや。見てやらな親やない。
 な、吐いてくれや」
「凄いやん。ダベっとる場合とちゃうで、おっさん」
 囃子が小さく、取調室に響く。
 享の指が小刻みに動き、外に重ねて小さく掛け声をこぼす。
「せやから正直になれって」
 堀川も、先刻より落ち着いた調子で言う。
「知らん」
 享は腕を組んで壁に視線を送る。
 三崎はそれを意にも介さず続けた。
前梃子まえてこやっててんてな」
 大したもんや、と心底感心した口調が、享の頬をやや緩ませる。
「オレとタツの曳きは宇宙一やったんや」
「やっぱり、タツ――上竹辰司か」
 享が目を大きくした。
「ハメたな!」
「アホか。一個ずつ解こ、っちゅうだけや」
 享は体ごと横を向いた。
「もぉなんも言わん」
「そう言うなや。『上下松竹』て、息の合うた前梃子やっとった男の片割れやろ。
 ビデオ見たで。並のもんじゃあんな見事にはできん」
 享の耳がぴくりと動く。
「バーンと喋ってくれんか?」
 ドアが開き、堀川が外に向かう。
 それを窺いながら、三崎は享を促す。
 しかし享は姿勢を変えず、手と耳で外界の祭に心を馳せていた。
 堀川が三崎を呼んだ。
 腰を上げた三崎は渡された紙数枚を手早く確かめ、得心した顔で戸を閉めた。
「倅の晴れ舞台、見に行けそうや」
 と享の正面に戻る。
 仏頂面の亨は二人の刑事と天井のカメラを見回す。
「タツは――何年前やったっけな」
 三崎は雑談のように、話の方向を変えた。
「ああ、こないだ三回忌か。お前来るか思て、待っててんけどな」
 享は無言で三崎を睨む。
「酔って落ちた事故――」
「事故やない」
 静かな怒気を孕ませた声で亨が呟く。
 聞こえなかったか、聞こえないふりか、三崎はまた煙草を弄ぶ。
「孤児院で一緒やてな」
 享は肯定も否定もせず、三崎は話を続ける。
「義兄弟か――あんな曳きもできるわな。
 ええ男や」
 三崎は煙草に火を点けた。
「そんなお前がなんで――て思てたけど」
 強く吸って、ゆっくりと煙を天井に伸ばす。
「もう庇わんでええ」
 すとんと重くした口調で三崎は享を覗き込む。
 外の音は止んでいた。

 灯入れ曳航が始まり、ソーリャ、ソーリャ、という掛け声が空気を震わせだす。
 勇猛な昼間とは違い、数多の提灯で飾られただんじりの歩行曳航は雅である。
 時間感覚の薄れる取調室なのに享は「もう七時か」と呟いて、目を逸らす。
「誰庇うっちゅうねん。ええから死刑にでもせえ」
 二本目の煙草を消して三崎が言う。
「梅田早苗さん」
 享がびくっと身を震わせるが、しかめ面で更に険しい拒絶を表す。
「遺書や」
 三崎が先刻の紙を机上に放ると一変した。
「なん――やて?」
 開ききった目がフラフラと、三崎と紙を往復する。
 三崎は引き締めた面持ちで頷き、堀川が言う。
「梅田さんは先月遺体で発見された」
「う、ウソやっ」
「残念ながら、ほんまや」
「な――なんでじゃッ」
「自殺のようやが、遺書のファイル開けれんかった」
 わなわなと唇を震わせる享に、三崎は続ける。
なんやったと思う?
 上竹とお前の誕生日がパスワードやったんや」
 三崎が、紙を取る。
「お前らとの関係が判ったんも最近や」
 読んでみ、と享にそれを寄せる。
 小刻みに震える紙の文字を亨は必死の形相で追い、読み終えて机に投げ戻した。
 放心した目が宙をさまよい、手が落ちる。
「アホぉ。
 なんで死んでまうねん……」
 力を失った声が漏れた。
 堀川が静かに告げる。
「話してくれるか」
 うなだれた享の肩に三崎が手を置いた。
「もうお前しかおらん」
「――タバコ、くれへんか」
 亨は出されたゴールデンバットをきゅぅっと長く吸い込んで喉の奥で味わう。
 久々に吸ったからかそれとも、瞳に涙を浮かべて、
「あぁ……沁みる、かろぉてたまらんわ」
 と頭を振った。
 それから、苦い声で言う。
「早苗さんは、オレらの憧れやってん……」

 亨はじっくり吸いきった煙草を握り潰して、灰皿にことんと落とす。
「初めてうたんは小学生の時や。
 タツとツルんでイキがったクソジャリで、早苗さんは高校生で、ええとこの制服がエラい眩しかった」
 三崎から二本目の煙草をもらい、短めに吸う。
 静かに相槌を打つ三崎も煙草を口に、堀川は手帳を出していた。
「暴れて避けられて、悪ぅ言われて……の繰り返しやった。
 悪いのは自分らやのに周りのせいにして荒れとった」
 享の手が遺書を探る。
 三崎がそっと押しやった。
「アカンよ、て叱られた。
 最初は反発したオレらも次第に『早苗さんが悲しむから』ってなった。
 だんじり初めて曳いたんは院の奴らとやったけど、早苗さんが誉めてくれたんが嬉しかった。一回だけ三人で行ったのがいっとう楽しかった」
 その夜の曳航も終了していた。
「親がクソ騒いで会えんようになったけど、アホやめて、青年団に入らしてもろて、前梃子務めさしてもろた」
 享が掴んだ紙がと潰れる。
 何か言おうとした堀川を制して、三崎が促す。
「上竹は」
「あの日、タツが呼ばれた。やめとけ言うたけど『あいつらに大層なことでけん』て」
「誰や?」
「イノ――猪口と蝶野。少なくともこの二人や」
 堀川が記す。
「仲悪かったんや。議員の子か知らんけど見下しよって、前梃子にも不満たらしよった。
 タツ死んで疑うたけどあいつらに手出せんで『相方失ぉたら前梃子できんのぉ』って役外されて、団やめた」
 三本目を持ったまま、享は堰を切ったように話を続ける。
「タツの初七日明け――早苗さんと会えた。
 また離されたけど、ケー番交換できて、オレはタツのことを話した。
 ポリは聞きよらんかった話聞いてくれて、調べよう、って――」
 皺の寄った紙を広げて、享は小さく溜息を吐いた。
「呼ばれて行ったトコに早苗さんがいて――砥田が倒れてた」
 紙に目を落とし、享は字を指で追う。
「死体平気なフリして、犯されそうやった早苗さんを逃がした。
 早苗さんの跡消す時――見っけた」
「何を」
「タツ殺った、って録音や」
 刑事二人が驚きを見せる。
「酔わして海に落とした、って早苗さんに話してた」
「ほんまか?」
「今更ウソ言うか」
 堀川の手帳に字が埋まってゆく。
「早苗さんの声入ってたから、叩き壊したった」
「アホかお前はッ」
 堀川が言う。
「猪口はどないしてん」
「次の日や。
 先回りするつもりでイノん行ったら、早苗さんのが早かった。
 外で早苗さんがイノの親父に掴まれてたから、後ろからドタマぶん殴ったった。
 すぐ早苗さん逃がして、あと二三発殴った。
 ケータイ壊して、早苗さんに絡むモン消して、イノの親父放ってんだんや」
 三崎が眉を寄せる。
「それだけか?」
「せや」
「洗い直しや」
 堀川が頷いて手帳に残す。
「罪被って逃げとったんか」
「アホ言うんやったらアホでええ。
 早苗さんが平和に暮らせるんやったら」
 そう思ってたのに、と漏らす。
 煙草の積もった灰皿が揺れる。
「よぉ逃げ回ってたな――聞いたら調べたで」
 享の目が充血していた。
「早苗さんのこと隠せる自信あらへん。
 ボロッと喋ってまうかも知れん――そう思たら逃げるしかないやんか。
 ポリは話聞いてくれんし」
「それはすまんな。
 せやけど、梅田さんは白状してもた」
「アホや、早苗さん……『一生誰にも喋らん』言うてたのに」
 享の嗚咽が取調室に流れる。
 日付が変わろうとしていた。

 三崎が、享の肩を軽く叩いた。
「まあ――手配は解除やな。容疑も。傷害か未遂か損壊は付くか」
 享が不思議そうに三崎を見る。
「え? イノの親父は――」
「死因は別や」
 聞く事は残っとるけどな、と三崎は付け加える。
「泊まってけ」
 腕時計をちらりと見て、
「明日もうちょっと話してもらうけど、朝外出よか」
「出る、て……?」
 三崎はにやりとする。
「宮入りやんか」
 話はそれからや、ともう一度享の肩を叩いて、
「ムサいおっさんとじゃイヤかも知れんけどな。
 行きたないか? 俺は行きたい。倅も見たい。
 岸城きしき神社まで、散歩しようやないか。な?」
 と、優しげな笑みを浮かべた。

 岸和田だんじり祭は、二日目の岸城神社・岸和田天満宮・弥栄やえい神社へ参詣する『宮入り』がクライマックスとも云え、元禄時代の五穀豊穣祈願がその起源でもある、神事である。


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サークル名:亜細亜姉妹(URL
執筆者名:あきらつかさ

一言アピール
ゲームブック・TRPG畑出身。読み切り作品多め、現代伝奇やファンタジーから、最近は『キャッチーな題材に男の娘orTSをぶっこむ』というマッシュアップ的作品を書いています。「男の娘」もの以外もありますので、怖がらずに(笑)よろしくお願いします。

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