窓の外には

「折角、祭りの準備……裏方やっておいて、自分は参加できないのか」
 窓からやって来た金髪の美男は、憮然とした顔で言った。
「窓から出入りするの、やめろって言ってるだろ」
 俺は、後ろを振り向きながら、ペンを片手に肩を竦めた。開いた窓の向こうからは、がやがやとした声が聞こえてくる。
 男――セイは、足を床に下ろすと俺の左手に立った。彼の、整えられた形の良い眉がしかめられる。
「これでいいんだろ。窓に居なけりゃいい」
「いやそういうことじゃない。窓から来るなと言ってるんだ」
 この注意は、毎回セイが窓から来る度にしているのだが、セイ曰く「精霊界の無味乾燥な白い廊下をずっと歩いているのは退屈だ」とのことだ。だからと言って、窓から来る理由がわからない。
 いや、以前一度、窓から来る理由を尋ねたことがあるのだ。しかし、その理由は面白いからとかで、まったく理解ができないものだった。
 これからも彼は窓からやって来るのだろう。無駄な話をするより、俺は、セイの最初の問いに答えることにした。
「……まあ、そうだね。俺は祭りには参加できないよ」
 今日は精霊界の祭りだった。自然や自分たちを生み出した神に感謝するという旨の祭りである。この感謝が神に届いているかというと、度々神界に行く俺は首を傾げたくなる。
 もっとも、精霊の方も神を意識しているかといえば、そんなことは無いだろう。精霊と神の関係性は、昔と比較してかなり薄れていると聞くし、俺自身の経験からもその通りだと感じる。
 それでも、精霊は風習を大事にする。祭りの日には、仮面を被り揃いの白いローブを着けて、そぞろ歩く。手には火の精霊の加護を受けた松明を持ち、広場には篝火が焚かれる。明るいものを持つことで、天上から外界を見下ろしている神々へ祭事の進行を示す。
 開催場所は、精霊界の”核”で行われる。ちょうど俺が今居る”自然の主の間”の下階の中庭広場で。自然の主である俺は、要するに目の前で祭りが行われているにも関わらず、それに参加できないのである。祭りの手はずを整えておきながら、だ。
「でも、毎年のことだから」
 それに対して、俺は不満を感じたりしない。別に祭りが嫌いというわけではなく、幼い頃からこの境遇にあったから、裏方を務めておきながら祭りに参加できない――というのには慣れている。
 だが、俺ではなく、セイがそれに対して不満を抱いているようだ。
「何でだ? お前はよく頑張ってきたじゃないか」
「頑張りと結果は違うさ。それに、頑張ったって言っても、書類仕事と進行指導と現場指導だけだ。実際の力仕事にはあまり参加していない」
「それだけやってりゃ十分だろうがよ……。大体、祭りの準備してたなら、本部とかに居るもんじゃないのか?」
「人間界の祭りと一緒にするなよ。本部はあるにはあるけれど、そこの仕事はやりたい奴に任せているんだ」
 ため息が、座っている俺の頭にぶつかる。見上げると、渋い顔をした顔のセイが居た。何がそんなに不満なのだ。
 ……ただ思っていても始まらない。俺は、彼に疑問を投げかけた。
「何がそんなに不満なんだ? お前が祭りに参加できないわけじゃなかろうに」
「不満も不満だ」
 何が不満なんだ。もう一度問う。また、ため息が返ってくる。
「親友と祭りに行きたいっていうのは、当然の心理じゃないのか」
「当然かどうかはわからないが、ご期待にそえなくて申し訳ないな」
 齢五十を前にして、親友と共に祭りへ一緒に行って回りたいだなんて、想像もしていなかった。というか、俺の中に自身が祭りへ参加している図が無い。想像ができないんだ。
 そう説明をすると、セイは悲しそうな顔をした。そんな顔をさせるために話をしたわけではないのだが。
 月の光が差す部屋の中、彼の深い緑の瞳に俺の姿が映っている。少年の姿をしている自分は、相変わらず無感動な顔をしていた。
 精霊は人間と違い、任意の時期に外見年齢を止めることができる。精霊が不老と言われる由縁だ。俺は十五歳くらいの少年の姿を選び、セイは二十歳くらいの青年の姿を選んだ。
 そんな二人が、五十歳前であるとか祭りへの参加の可否をあれこれ言っている。一種異様な光景だろう。
「祭りの日くらい、サボったって誰も咎めやしねーよ!」
 とうとう、セイが本音らしき声をあげた。
 サボるかどうかは俺が決めることであって、セイが言うことではない。ましてや、勧めるだなんて。
「そんなこと言ったって、俺がサボったらこの仕事群は誰が片付けるんだ?」
「それは……」
「それに、咎めないって、誰が保証できるんだ」
「うっ……」
 俺は苦笑する。露骨に困った顔をしてしまったセイに、しょうがないなと笑いかける。
 机に積まれている仕事たちは、無言のままに俺とセイへ圧力をかけていた。紙束の量は尋常ではない。仕事の書類はこの部屋にだけでなく、俺が出没する随所に山積みになっている。その数は減ることを知らない。
「それ、全部至急の仕事なのか」
「そんなことになったら、俺も周りも死んじまうよ」
 時には至急の仕事も入っているが、幸いにして今片付けている仕事は至急のものではない。
 それなら、それなら。セイが言う。
「じゃあ、一日……、いや、半日くらいサボったって、誰も文句言わねえよ」
「言う奴が居るんだよ」
 俺は様々な精霊の顔を思い浮かべた。
 桃色の髪をした美女は「隊長、またサボりですか」と想像の中で言う。同じく想像の中で、聖霊しょうろうの爺さんたちは「わしらの望みを聞いてくれぬというのか、悲しいぞ、我が子よ……」と育ての親の面をして、こっちを見ている。他にも文句を言う奴はちらほら居るのだが、思い浮かべるとキリが無いので、考えるのをやめることにした。
「そんな、泣きそうな顔をするなよ。俺はお前を泣かせたくて、こんなこと言ったんじゃねえ」
 セイの声に、俺は驚いてしまった。ペンを弄んでいた右手を止めると、思わず頬を掻く。
「そうか。泣きそうな顔をしていたか」
「泣きそうっていうか、嫌そうな顔をしていた。ごめん、嫌なことを思い出させて」
「いいや、いいんだ。想像上で叱られていた」
「……すまねえ」
 いいというのに、セイは俺に頭を軽く下げている。俺は笑ってしまった。なぜ笑われたのかと、セイがキョトンとした顔をこちらに向ける。俺はその顔がおかしくて、また笑ってしまった。
「それにしても、何で今年に限って祭りに誘ってきたんだ。毎年この時期はお前が留守にしているじゃないか」
「今年は人間界のイベントに参加しないからさ」
 けろりと言ってみせる。確か、同人誌の即売会であったか、俺は詳しくは知らないが、そうだとセイが言っていたのを聞いたことがある。
「ああ……」
 そのイベントを、セイは大事にしていたはずだが、今回はそうではなかったということか。
 セイは俺の手をつかむと、
「ほんの半日でいいんだ。お前の時間を俺にくれ」
 まるで口説き文句のような言葉を言って、窓の外に誘った。
「だから、窓から出入りするのはやめろって」
 俺は息を吐くと、窓枠に足をかけてセイと共に飛び降りた。
今年は祭りに参加してみたって、良いかもしれない。きっと知り合いは皆驚くだろうし、その後の小言だって想像できるのだけれど、たまにはこういう行動に出てみても、悪くはないだろう。
 中庭からは、風流な笛の音が聞こえてきた。


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サークル名:やしろうた(URL
執筆者名:秋原句外

一言アピール
長編ファンタジー小説「精霊界」を主に執筆する傍ら、和風小説や実録漫画でも活動予定のサークルです。ブロマンスが好き。今回は「精霊界」より、主人公格の二人の祭りにまつわるワンシーンを切り取って書きました。短いのでサクッと読んで頂けると想います。

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