精霊まつりと海の船

砂丘つらなる砂漠地帯
だれも、こんな奥地に国があるとは思わない
しかし、よく目をこらしてみてほしい
砂丘に混じって、砂を固めたドームが点在する
ドームの下には村があり
村と村をむすぶ地下水脈は、船でにぎわう
これは幻の国、砂国に暮らす少女のお話

砂から生まれ 砂のなかで生き 砂になって死ぬ
跡形なく崩れ亡くなる それが私たちの宿命
嘘じゃない、私の父もそうだったから
死んだ砂族は 精霊になるという
夏のたった一夜だけ 満月に導かれ 還ってくると人はいう

 またケビンが脱走した。放っておいても戻ってくるだろうと、村人の大半は驚きもしない。けれど、母親は別だ。息子に何かあったら、と悲嘆にくれる。さめざめと泣く母を慰めるのは、決まって長女、私の役目だった。
 その日は、砂国じゅうが物騒がしかった。なにせ明日は、精霊まつりがあるのだ。ご馳走を用意し、おめかしをして、精霊達をお迎えしなければならない。
 でもね。周りがどんなに賑やかでも、私は憂鬱だった。
 すべて、嫌いだった。手伝いもせずに遊びに行った弟のことも。弟が心配で倒れてしまう母のことも。とうの昔、砂となり散っていった父のことも。精霊まつりも。
 お祭りがどうした。目にも見えない霊をなぜ、もてなさなければならない? 父は砂になったきり、夢にも会いに来てくれない。今さら、家に帰ってくるわけがない。何もかも、わかりきったことだ。嘘っぱちだ。それなのに……。

 弟はその日、夜遅くに帰ってきた。青年二人に担がれて。彼らは、外の世界に赴く使者として選ばれた者、ダイアリとテクスだった。
 母は泣きながら弟を迎える。外は怖かったでしょう、よく帰ってきてくれましたと抱きしめる。勝手に遊びに出ていった弟を、母は叱らない。そして弟もまた、反省する気なんか微塵もない。
「姉ちゃん、なんで怒っているの?」
 言わなくてもわかるだろ、と目で訴える。
「父さん、とっても元気そうだったよー! それとね、新しい友達も増えたんだ」
「そんなの興味ないし」
 弟が父と仰ぐそれは、もはや人ではない。何度、正そうととしても、彼は聞く耳を持たない。だから父の件は諦めていた。それより、勝手にいなくなることの方が問題だ。
「周りにどれだけ迷惑をかけたら気がすむの? もう二度と外へ行かないと誓って」
「ごめんって、許してよー。ほら、これあげるー。マシュマロっていうお菓子」
 袋には、白くてふわふわしたものがあったけれど、すぐに突き返してやった。
「こんなもので許されると思うな」
「はいはい」
 弟は布団へもぐりこんでしまう。
「ねえ、聞いている?」
 次の瞬間にはいびきをかきはじめる始末。なんて生意気なのだろう。

 翌朝目覚めれば、隣の寝床は空だった。しまった、弟の奴、またいなくなりやがった。
 机には書きなぐられたメモが。
[親友が来るので、船着場にむかえに行くよ。
 お菓子はお姉ちゃんにあげるから、笑顔ですごしてね。 けびん]
なにが『笑顔ですごしてね』だ。心配の種をまいておいて。
 紙はやぶり捨てた。勢いでお菓子も捨てようかと思ったけれど、口のなかへ放りこんでやった。かみちぎろうとしたけど、マシュマロはやわらかく、しかも甘い。ああ、頬がとろけてしまいそう。異国には、こんなにも素晴らしいお菓子があるなんて!
 本当は、弟のことがうらやましかった。
 でも国の人は皆、外は危険だと言う。どこも戦争だらけ、殺されてしまうぞ、と脅してくる。使者でない限り、よそ者と親睦を深めてはならないという掟まである。
 それでも、誰が何と言おうと、弟は外へ行く。父や親友に会うのだと言って。誰も弟をとめられない。しばられない彼は、彼だけが自由だった。
「ねえ、お母さん? 船着場に行きたいのだけど……」
「どうしたんだい急に。それより、祭りの準備を手伝っておくれ」
「すぐ帰るから。ね、いいでしょう? ちょっとだけ」
 頼みこんでやっと、許してもらえた。弟は母には、オアシスまで手伝いに行くと言っていたらしい。あの嘘つき野郎。

 船着場にはすでに人だかりが。異国船がついて、市が開かれていた。ガラスの瓶や、頑丈な革鞄など、珍しい代物がずらり。なかには、小遣いで買えそうな果実もあって、眺めるだけでわくわくする。
 客は、デーツの実や砂金を交換して、お目当てを手に入れた。といっても、異国の商人とは最低限の言葉しか交わさない。それが、砂族の掟だからだ。
 市場の隅で、昔を懐かしんでいる老夫がいた。話を聞くと、昔はもっと交易が盛んだったという。外国で長引いた戦乱のせいで、船の数は減ってしまった。今や年に一度、この時期にやってくる、サンヤー号だけが頼りなのだという。
 事情を知り、余計に市場に近づきたくなった。けれどやっぱり、恥ずかしい。頭から布をかぶり、隠れるようにうろついていたら。小石につまずいてしまった。
「あっ」
「おっと!」
 とっさに、誰かが支えてくれた。
「すみません」
「いや、いいよ。怪我をしなくて良かった」
 言葉から、砂国の人だと思った。でも顔をあげてみれば、群青色の髪に灰色の瞳。この人絶対、異国の人だ!
「どうした?」
「い、いや……なんでも……」
 悲鳴をあげて逃げ出したかった。相手が年上の男だったらそうしただろう。でも、彼は私よりも年下、弟と同じ年くらい。だからなんとか、平静を保てた。
「姉ちゃん! 来てくれたんだー」
 振り向けば、弟だ。奇抜なお面を手に、笑っている。
「この人、ケビンの姉なのか?」
「そうだよー、ケイナっていってね」
 名を言われた途端、さっと頭に血がのぼった。
「私は、あなたのことなんか知らない!」
 背を向けて、駆けだしてしまう。口が勝手に動いたんだ、足が勝手に動いたんだ。そのまま、家まで走りぬけてしまった。
 いざ家につくと、気落ちしている自分がいた。
 相手が異国人だからって、ひどい対応をしてしまった。悪く思われているに違いない。けれどあれ以上、異国の人に近づくのだって、危険だったはずだ。やむを得なかったんだと思う、それでも、後ろめたかった。
 弟は昼には帰ってきたが、あの人については何も教えてくれない。尋ねることも出来なかった。ただ弟はしきりに、謎の(狐の)お面を勧めてきたけれど、ぜったいに受け取るものか!
 陽が沈み、いよいよ精霊まつりの本番。国の者は皆、月影がうつるオアシスに集まった。聖なる葉で、湖水をすくいとる。祖先の霊への祈りをささやき、感謝の思いと共に水を口にふくむ。家族の年長者から年少者に向かって順々に、聖なる葉をわたし、水に口をつけていく。
 母は、私たち子どもの健康を父の霊に祈り、水に口をつけた。
 私は普通に、母の健康を祈った。
 弟は「親友とまた遊びたいので、来年も連れてきてください」と唱えて、聖水を飲みほした。
 なんて恥知らずなのだ! 弟のいう親友は、異国人なのだ。周りにいた人まで眉をひそめ、気を悪くしてしまう。母も私も頭をさげて、謝りまわった。迷惑ばかりかけてくる弟が、本当に憎たらい。
 儀式の後は、飲めや歌えのお祭り騒ぎがあったのだけれど。すでに心底疲れていたから、早々に寝床についた。
 新しい朝が来れば、弟を許してやろうと思っていた。
 けれど、弟と母の喧嘩で目が覚めてしまう。
「どうしてまた、死ににいくんだい!」
「死にに行くわけじゃない、父さんを見送るんだ!」
「いい加減にして! あなたの父さんは、異国船なんかじゃないの」
「いいや、違う。サンヤー号は、父さんなんだ。母さんも見に来ればいい!」
 弟と母の喧嘩は、いつだって平行線だ。そして結論は見え透いている。
「いい、ぼくは行く。父さんが待っているんだ!」
 弟は家を飛び出して行ってしまった。残された母は泣き崩れてしまう。ああ、何度目の光景だろう。
 私は家の前で立っていた。母を慰めないといけないのはわかっていた。でも。
 私も外に行きたかった。弟が父として慕う船の姿を、一目でも見てみたかった。どうせ、かないっこないけれど……
「どうした?」
 顔をあげれば、テクスとダイアリがいた。弟を連れ戻しに行ってくれるそうだ。
「すみません、迷惑をおかけします」
「心配ご無用。外へ行くのが我らの役目。すぐに帰る」
 船着場に向かって降りていく、二人の背中。
 勝手に足が動いて、勝手に口が動いたんだ。
「すみません。サンヤー号って、どんな船なのですか?」
 双子の使者はそろって驚いていたが、すぐに、笑顔で答えてくれた。
「君のお父さんが作った船のことだね。とても良い船だよ」
 ダイアリに続いて、テクスが言う。
「弟さんを迎えに行くついでに、君も船を見てみるか?」
 
 生まれて初めて、海原を目にした。海は広かった。はてしなく満たされていて、弧を描いている。
 一艘の帆船が悠々と進んでいく。砂国にあるどの船よりも、大きく、立派な船だ。潮風をうけてふくらんだ帆は、白く輝いている。
 家出した弟は、竿馬(竹馬を長くしたもの)を操り、海辺まで来ていた。サンヤー号に手を振っている。
「ばいばーい、みんな! また遊ぼうー」
 船からも返事がくる。
「ケビンもお元気でー!」
「じゃあなー! 姉さんと仲良くしろよー」
 まさか、だった。嬉しかった。たった一瞬だったけれど、あの彼は、私のことを覚えていてくれたのだ。私も手を振り返す。見えなくなるまで、ちぎれんばかりに手を振った。父の命やどる船を、見送った。
 家路につく道すがら、弟が教えてくれた。あの彼は自然人で、名をヨリオというそうだ。下に妹がいる長男なんだとか。
 口のなかに、マシュマロの味が広がっていた。来年は、異国の人との会話も買い物も、もっと楽しみたいと思う。

砂国では満月の一夜だけ 精霊が還ってくるという
でも 私の父は違うわ
今日も素敵な人達をのせて 海を渡っているの
また来年、たくさんの恵みを抱えて 帰ってきてくれるのだから

Cis2sunnyer(1)
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サークル名:ひとひら、さらり(URL
執筆者名:新島みのる

一言アピール
長編物語を書きます。Cis (ツィス) シリーズでは、子ども達が道具を用い、知恵を活かして冒険します。今年の新作、Cis.2 では、海を渡る商業船サンヤー号が舞台です。アンソロジーでは、あえて『外から見たサンヤー号』を描いてみました。どちらも、複雑な事情を抱えながらも、前へ進む人々に光をあてた作品です。

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