浴衣と迷子と友だちと。

「ねーお兄。今度のお祭り行かない?」
 ある秋の日のこと。年の離れた妹、明里が不意にそんなことを言い出した。
 近所とはいえ、実家のある居住区から、僕のいる学生寮までやってきて。
 明里はもう初等科の四年生。ぼちぼち最近は兄離れも進んできたなと思っていたのだけれど。
「友達はどうしたのさ」
「…………別に」
 ぷい、と明里は目をそらしたので、僕はなんとなく想像する。ケンカかクラスの派閥争いか。
 当たっているか外れているかは解らないけれど、明里のこういうのは相談されるまでは放置が一番なので詮索はしない。
 怒ったりわがままだったり、たまにこうやって甘えてきたり。五つほど歳が離れていることもあり、僕は妹の事はよく解らない。
 ただ、それでも一つだけ言えるのは、
「いいよ。じゃ、行こ」
「よし。それでこそお兄」
 そんなめんどくさくも愛らしい妹の世話を焼くのが、僕はけっこう気に入っているのだ。

    *

 恒星間航宙艦ゆりかご。地球から何十光年も離れたこの場所で、二十七世紀にもなっても、僕たちは相変わらず秋祭りなるものをやっている。
 地球から積んできた作物、畜産物はほぼ完全に工場生産で、そのほとんどが高級品。安価なものは概ねデンプンやタンパク質、ビタミン等のペーストで見た目と食感、味覚を再現した合成食品だ。
 それでも収穫祭にその源流を持つ秋祭りは、本来の意味を取りこぼしたまま伝統行事として今日もつつがなく開催されている。

「~♪」

 士官学校の同期をはじめとした友人たちからの誘いを全て断り、晴れて『シスコン』の称号を得た僕は、妹と二人で人だらけの神社の境内を歩く。
 ちなみに母がマニアなので僕も明里もバッチリ浴衣を仕立てられている。普通の私服が多いのに、目立ったら嫌だなぁと思うけれど、明里が嬉しそうなのでその辺は目をつぶることにする。
 VRネットで有名になったバンドのリアルライブや、昔ながらの屋台食の再現出店。航宙軍もお手伝いや制服体験なんてのもやっている。
 小遣いは限られているので、あまり派手なことはできないが、たこ焼き(もちろん合成)をつまみながら、ガラス製の小物とか、古式ゆかしい狐のお面なんかを買ってしまったりする。
 そんなにぎやかな境内を明里とほどほどに満喫していると、

「見つけました! こはなさ――」

 突然、覚えのない名前を呼びかけられながら、明里の手が後ろに引かれた。
「えっ……と……?」
 明里が目を丸くして振り向く。僕も追って視線を向ければ、明里の手を引いたのは同い年ぐらいの女の子だった。
 白地に紫の朝顔が綺麗な浴衣の、長い黒髪の少女。
 本人もすぐ人違いだと気付いたのか、慌てて手を離して頭を下げる。
「すっ、すみません。ひとちがいでした……」
「あ、うん。だいじょぶ……だけど」
 その様子に、明里も怒る気もないようだった。むしろ、
「だれかさがしてるの? 手伝おっか?」
 少女が離した手を明里が両手で握り返してそう言った。
 歳が近そうとはいえ、こうして平気で知らない相手に声をかけられるのは、明里のすごいところだと思う。
「え、あ……」
 長髪の女の子は明里の提案にビクリと身をすくませた。人見知りをする子なのだろう。想像もしない反応にどう答えていいかわからないようだ。
 僕は少し迷ったが、まずは明里の意思を尊重し、助け舟を出してみる。
「明里に似てる感じの子かな? よかったら僕も手伝うよ」
 なるべく威圧感を出さないように、自分も迷惑ではないと意思表示をする。
 これで警戒されたら明里には素直に諦めてもらおうと思ったが、
「それでは、お願い、します……」
 長髪の子が思いのほか素直に乗ってきたので、僕らはちょっとした人探しに付き合うことになった。

    *

 さくら・ゆずほ、と名乗った女の子によれば、探している迷子さんは、複数の友人と一緒に祭りに来て別行動をとったらしい。
 艦内では携帯通信機ブライトワンドの位置情報がかなり正確に利用できる。相互の承認さえあれば艦内のどこにいても互いの位置はわかる。はずだったのだが、
「あろうことか、こはなさん――その迷子は、ワンドを落としたみたいで」
 ゆずほちゃんが合流しようと位置情報を辿れば、参道の端に彼女のワンドが転がっていたのだとか。そんなこんなで慌てて他のお友達と一緒に探しはじめ、髪型と浴衣の色がそっくりだった明里をその子と間違えた、と。
「こはなちゃんって、どういう場所に行きそうな子なの?」
「夜店かと思いきや、神社の裏手とか、あるいは境内の木に上っていても不思議ではありません」
 明里の問いに返ってきた答えはなかなかにアクティブだった。
 宇宙船暮らしなご時世でも元気な人種はいるもんだ。
「本当にこはなさんは困ったひとで……」
 やれやれ、と妙に歳にそぐわないため息をついてみせるゆずほちゃん。
 それに対して、明里は少しだけ思案顔になって、一言。
「でも、友達なんだ」
「……ええ」
 うなずいた彼女の表情は、僕にはあまり読み取れなかった。
 明里は何を感じたのか。それも解らなかったけど、
「そっか。……うん。友達だったら、しょうがないよね」
 その言葉がどこか、何かを得たような響きだった。
「ね。こはなちゃんって、普段はどんな子なの?」
「やんちゃで、いつも何か変なことをしています。男の子に混ざって冒険ごっことか。でも可愛いものも好きで、ぬいぐるみのキーホルダーをいっぱい持ってて……」
 やたら早起きだったり、なぜか地図が読むのが上手かったり。アホそうに見えて学校のテストはいつも満点だとか。
 そんな愚痴のような自慢のようなゆずほちゃんの話を聞きながら右に左に、とりとめなく視線を向けていると、
 不意に、群衆のどよめきが耳に飛び込んできた。
 声を上げたのは一つの夜店を囲む人混み。囲まれる店のホログラフは『メカ金魚すくい』の屋号を掲げている。
 その輪の中心に、
「あ」
「お兄ぃ、見つけた?」
「うん、多分……」
 その少女は群衆に囲まれていた。だからまだ背の低い二人には見えなかったのだろう。
 けれど、僕は人の隙間からはっきりと彼女の姿を見ることができた。群衆のどよめきとともに立ち上がった彼女の姿を。
 明里と似た、薄桃の生地に梅の柄があしらわれた浴衣。少し茶色がかった髪は明里と同じくアップにまとめられていた。
 その子は袖をまくって、キラキラした丸い目で『ポイ』を掴んでいて、
「うりゃぁー! これで三十三匹ーっ!」
「おわん三杯目がいっぱいに……ッ! 新記録です! 当店のメカ金魚すくい、今年のぶっちぎり殿堂入りは間違いありません!」
「ふふふ。このまま全部すくっちゃうよ……!」
 近づいてから、ゆずほちゃんに「あの子?」と指さして問うと、「……あれです」とものすごく疲れた感じで返答をいただきました。

    *

「こはなさんはもう、ほんとどうしていっつもそうなんですか……」
「たはは……ごめーん」
 メカ金魚すくいで殿堂入りの後、艦内新聞の記者さんから取材を受けたこはなちゃんをやっとこ回収。
 本人は悪びれた様子もなく、ワンドを落としたのも言われて初めて気づいたらしい。
「すみません。ご面倒をおかけしました」
 深々と頭を下げるゆずほちゃんに、僕も「ああ、いやいや」と手を振って頭を上げてもらう。
「そんなことないよ。見つかってよかった。な、明里」
「うん。よかったね。ゆずほちゃん」
「ありがとうございましたです。それでは、ほかの友達も待っていますので、これで」
「ねっ、あかりちゃんも一緒に遊ぼ!」
「えっ……あ……」
 こはなちゃんの誘いに、けれども明里は即答しなかった。その代わりに少しだけ僕を伺うように目線を向けてきた。
 僕はうなずいてあげようと思ったのだけれど、それよりゆずほちゃんが早かった。
「ご迷惑をおかけしないのです。行きますですよ」
「ふええほっぺ! ひょこほっへ!」
 こはなちゃんのほっぺを引っ張りながらゆずほちゃんはこちらにぺこりと頭を下げた。
 こうなればもう仕方がない。明里と僕も、ばいばい、と手を振って見送る。
 引っ張られながら手を振ってくれたこはなちゃんの姿が人の波に紛れて見えなくなって、ぽつりと明里が言った。
「……私、けーちゃんと、仲直り、する」
「そっか」
 明里の中で何があったかは解らない。
 解らないけれど、解る必要もない。
 五つ下の妹は、いつまでだって謎だらけなのだから。
「なんか食べる?」
「んと……わたあめ」
「オーケー」
 だから僕も何も言わずに綿飴を買ってやった。
 ベタベタして食べにくいお菓子だけれど、明里はどこかご機嫌でかぶりついていた。


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サークル名:オービタルガーデン(URL
執筆者名:夕凪悠弥

一言アピール
ラノベ系文章書き。ジャンルは無節操ですが、いつかSFファンタジーなるジャンルに手が届けばいいなと長編をゆるゆる執筆中。
お兄と明里は長編『神域のあけぼし』から、ゆずほとこはなは既刊短編『走れ、ラブレター!』から。そんな同世界観の二作の紹介と橋渡しになっていれば嬉しいです。

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