遠い場所から

「見た? 今あっちの空が光ったよ!」
「見た見た! 行ってみよう」
 私たちは、はしゃぎながら夜道を歩いた。
 
 この季節は週末の夜が来るたびに、どこかしらで花火が上がっている音が聞こえてくる。今日は週末ではないけれど、お盆期間中なので、またどこかでお祭りをやっているのだろう。祖母の家でドーンという音を聞いた私たちは、どこから聞こえてくるのか確かめたくて家を飛び出したのだった。
「どこのお祭りだろう?」
「今日は隣町の花火大会だったかな? あ、また光った!」
 お盆は一年でも私が大好きな時期の一つだ。普段は東京に住んでいる京兄ぃが来てくれるから。京兄ぃは私のお父さんの弟で、叔父にあたる人になる。叔父さんだけど、いわゆる“おじさん”という雰囲気は全然なくて、こうやって私と一緒に花火に喜んではしゃいだりしている姿は、高校生である私の同級生とあまり変わらないと思う。けれど、そんな風に見えて京兄ぃは、一八の時に画家になると決意して、両親の反対を押し切って上京し、そして現在は見事にその夢を叶えて画家として活躍している、すごい人なのだ。私の憧れの人であり、そして、片思いの相手でもある。私がそんな風に想っているなんて、京兄ぃは考えたこともないだろうけど。
 ドーンとまたひとつ音がして、花火が打ち上がる。
「だいぶ近くなってきたみたいだね。会場はあっちの方角かな?」
 京兄ぃが道の突き当りの向こう側を指さした。
「あ、本当だ! だんだん人が増えてきたね」
 今までは、私たちの他に夜道を歩いている人はいなかったのだけど、家族連れや友達同士のグループが突き当たりの道を歩いて横切って行く姿がちらほらと見えた。綿菓子やかき氷などを片手に持っている子供もいて、会場では屋台も出ている様だ。あの道の先は、暗い夜道が一転してお祭りらしい雰囲気に変わる予感がした。
「花火が終わる前に会場に着くかな? 急ごう!」
「うん!」
 京兄ぃに急かされて私は走りだそうとしたが、ふいにその足を止めた。
「……あれ? 桃ちゃん、どうしたの?」
 立ち止まっている私に気がついて京兄ぃが振り向いた。
「私、やっぱりいいや」
「会場まで行かないの?」
「うん。混んでるだろうし」
「せっかくここまで来たのに。見なくていいの? 花火」
 少し残念そうな顔をしている京兄ぃに、私は「花火は遠くからでも見えるよ」と言うと、来た道を引き返した。

 遠くの地平線近くが一瞬明るく照らされて、彩り豊かな光が花開く。それからワンテンポ遅れて遠くに響くドーンという音。そしてその音と伴にゆっくりと花が砕け散っていく。音と光が消えると、辺りは微かな虫の声だけが響き渡った。

「良い場所を知ってるんだね」
「でしょ?」
 私たちは会場から少し離れた土手から花火を見ていた。ここから見える花火はかなり小さいのだけど、その代わり、私たちの他には誰も人がいないし、何の障害物もなく花火全体を見渡す事が出来る。京兄ぃも気に入ってくれたみたいで嬉しかった。
「それにしても、桃ちゃんはお祭り会場で大きな花火を見る方が好きだと思ってたから、こういう場所に連れて来られるなんて意外だな」
「いつもは会場まで行くんだけど、たまにはこうやって遠くから見るのも良いかなって。それに……」
 少し照れながらそこまで言うと、私は黙り込んだ。
 実を言うと、混雑したお祭りの会場へ行ったら、人ごみにさらわれて京兄ぃとはぐれてしまうのではないかと、ふと不安になったのだ。小さな子供じゃないのだから、気を付けていれば、はぐれる事はないと頭では分かっているのだけど。
 きっと、大きな花火に夢中になっている京兄ぃは、私がいなくなった事にも気が付かないだろう。必死になって私が呼んでも、ガヤガヤとした雑音にかき消されて、京兄ぃには届かない。そうしているうちに完全に見失ってしまって、もう二度と会えなくなってしまうのだ。おかしな話だけれど、ふいにそんな妄想に駆られて、会場へ行くのが怖くなった。
 遠くの空がまた明るくなり、京兄ぃの視線がそこへ移る。私はその横顔を見つめていた。ここへ来て良かった。ふたりきりの時間を独占できたから。会場まで行っていたら、京兄ぃとはぐれなかったとしても、こうしてゆっくりと会話をする事など出来なかっただろう。
「俺も好きだよ」
「え?」
「こうして、遠い場所から見る花火」
 ああ、そうか、花火ね。そりゃそうかと思いつつも、それはそれで私は嬉しかった。
「ねえ、京兄」
「何?」

『東京へ帰らないで』

 という言葉を私は飲み込んだ。ずっとここに居て欲しいけれど、京兄ぃはあのお祭り会場の様な場所で生きている人なのだ。けれど、この土手の様な、こういう場所も良い場所だと言ってくれた。こうして見る花火も好きだと言ってくれた。それだけでいいじゃないかと思う事にした。

「ほら、また花火が上がったよ!」
 そう言って私は遠くの空を指さした。


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サークル名:HAPPY TUNE(URL
執筆者名:天野はるか

一言アピール
甘酸っぱい青春物や、個性的なキャラを沢山活躍させるファンタジー物などを好んで書いています。
本作品は、少女の片思い小説『桃の花』の番外的なお話しを書き下ろしました。

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