ぬばたま宝飾店とバルウォーク
ぬ ば た ま 宝 飾 店 と バ ル ウ ォ ー ク
「へー、この辺でもバルウォークやるんですねー」
週末のばんごはんに入った行きつけの居酒屋でポスターを見かけた。バルウォーク。都会で流行っているらしいというくらいしか知らないけれど。
うちでも前売り券取り扱ってるよ、ミキちゃんも買ってよ、と黒い服を腕まくりしたマスターがいう。差し出されるハイボール。ちょっと待ってね、と手のひらサイズのチラシが手渡され、グラスにちびちびとくちびるをつけながら眺めてみる。この周辺、徒歩エリアの飲食店の二〇店舗弱が対象らしい。前売り二八〇〇円で五枚つづりのチケットを購入し、チケット一枚でドリンク一杯とおつまみ一品を出してもらえるようだ。
「出血大サービスなんじゃないです?」
マスターにちゃんと儲けになるのかを問うと、まあ一店舗では一人一枚しかチケット使えないからね、とのお答え。長居して追加のドリンクでもフードでも頼んでもらえればいいし、なによりお試しでもなんでもいいからこの地区に人通りを取り戻したいということらしい。
この周辺は私が子供だった頃くらいにはすごく栄えていたらしいのだけど、私は数年前にこの近くに引っ越してきただけなのでどんな風だったかは知る由もない。この居酒屋は私がこっちに越してきて初めて入った個人経営の飲食店。初回来店時にちょうどいい距離感の扱いをしてもらったので気に入り、今では少なくとも週に一度は来店している。マスターの実家はこのすぐ近くと聞いたことがあるので、私より八学年上のマスターはこの辺りが栄えていた頃のことも覚えているのかもしれない。
あ、そうそう、とマスターが話しかけてくる。隣に座っている常連のヨシツグさんにレタスチャーハンを出しながら。
飲食店じゃない店舗、雑貨や服飾を扱う店舗も、バルウォークに合わせてサービス品を売るんだそうだ。
当日は七時前にいつもの居酒屋に集合した。バルウォークのことを知った日に、そのとき来ていた常連さんで一緒に飲もうよっていう話になって、そのまま前売り券を購入したのだ。
メンバーは四〇代IT系サラリーマンのヨシツグさん、年齢不詳(たぶん二〇代後半)建設業のアツシくん、二九歳販売業のエリカさん、そして三〇代半ば事務員の私で四人。みんな独身。……エリカさんは独身っていっていいのかちょっと微妙だ。何年も同棲中の彼氏がいる。婚姻届に判を押してくれないんですよー、とエリカさんは酔っぱらうといつもいうのだけれど、朝五時に起きて彼氏さんのお弁当を作るために、どんなに遅くても日付が変わる前には帰ってしまう。
チケットの一枚目をビールとカプリチョーザ風トマトの小鉢に交換した私たちは、これから行く店についての計画を立てていた。それぞれが行ってみたい店を挙げ、いかに効率的にその四店舗を巡るか、という、要するに徒歩圏内だけど歩くの面倒臭いよね、という話だ。
「あ、ここのところをこう入ったらショートカットできそう」
私の発見を三人が褒めてくれて、ビールもなくなったので出発。まずはアツシくんご所望のベトナム料理店に向かう。
確かにいつもの週末に比べて人通りは多い。通り掛かる飲食店をちらり覗くと、普段よりも賑わいがあるような気がする。
中華料理店から海鮮居酒屋へのショートカット。私が見つけた道だ。この細い道には酒類を扱う店がなく、人も少ない。
「わ、きれい」
思わず声が出てしまった。先を歩くエリカさんを呼び止める。
「見て見て!」
そこはゲームのセーブポイントのように光っていた。通りに小さめのショーケースが出ていて、その中に並べられたアクセサリーたちに引き留められたのだ。明るい光を放つショーケースには、二〇〇〇円均一、と表示がある。ショーケースを出しているのは後ろの店舗、ぬばたま宝飾店という店らしく、どうやらジュエリーショップのセール品のようだ。ネックレスやピンキーリング、ブレスレットたちは、石はそう高価でもない天然石なのかもしれないが、シンプル過ぎず華美でもないデザインのものばかりで普段使いがしやすそうだった。
どうぞ、ゆっくりごらんになってください。ショーケースの後ろに立っていた店員さんがエリカさんに話しかけた。エリカさんは私ほど熱心にショーケースを覗いていたわけでもなかったのだけれど、私ではなくエリカさんに話しかけたのは私が酔っ払いと判断されたのかもしれない。
確かに酔っぱらってしまったかもしれない。明かりにキラキラと輝くアクセサリーたちが、揺れ、踊り、見てよとアピールする。バックグラウンドに流れる音楽は、大きな通り沿いの店から流れる有線かもしれない。隣でショーケースを覗きこんでいたエリカさんの頭が音楽乗せて揺れ、踊り。
黒髪の女性店員さんはショーケースから銀色の台に薄青い石があしらわれたピンキーリングを取り出した。驚いたのはエリカさんがすっとお財布から二〇〇〇円を取り出したことだ。ためらいもせずに。そもそもエリカさんは欲しいなんて一言もいっていない。
エリカさんはそれをすぐつけたいと伝え、店員さんはタグを切り離したリングを紫色の布が張られた台に乗せ、エリカさんは左手の小指にリングをはめた。ありがとうございます、と店員さんはお辞儀をした。
引き寄せられちゃった、というエリカさんは、広げた左手の小指を見つめながら満足そうだった。
まだぁ? とこちらに声をかけたのはアツシくんで、暗い細道の出口でヨシツグさんと並んで立っている。待ってぇ、とエリカさんは早足で通りの方に向かったので、私もそれに続く。ああやっぱり酔っぱらったな、と思う。足がどうにももつれ気味だ。
振り返ってさっきいた場所を見る。店員さんがショーケースに手を入れて何かをしている。エリカさんの買ったピンキーリングの空き場所を整えているのかな、と思い至り、私も何か買えばよかったな、と思う。
後ろ髪を引かれつつも、そもそもここを通ったのは次のお店へのショートカットだったのだから、と三人に追いつき、目的地の海鮮居酒屋へと向かう。
サークル名:cage(URL)
執筆者名:氷砂糖一言アピール
氷砂糖のサークル、cageです。普段は五〇〇文字小説を書いています。テキレボ6ではこのお話も収録した新刊掌編集『ジュエル』と、既刊『アイノマジナイ』を委託出展します。『ジュエル』の中で「ぬばたま宝飾店」に関するお話は連作となっていますのでお楽しみに。