泣かない赤鬼

 そのお祭りは、近所にある公園の一角でのんびりとした雰囲気で開かれていた。
 公園の中心にあるステージをぐるりと囲むように出店が並んでおり、働いているのは鬼ばかり。お客も八割ぐらい鬼で、普段異種族ごった煮の学校に通う身としては新鮮な気分になる。
 すれ違う鬼たちがみな私を興味深そうに見、お年寄りなんかの視線はどこか懐かしそうに思える。なぜなら、私がここでは滅多に見られない人間だからだ。
 今私は双子の兄の彼方と、両親の仕事の都合で親元を離れ、私の隣を歩く赤鬼、真赭まそおくんの家に居候している。ここは妖怪の世界。周りに人間は、私たち二人だけ。いるにはいるけど、あんまり会ったことはない。
「こんなに鬼をたくさん見るの久しぶり」
「鬼人会の夏祭だから、鬼ばっかりなのは当たり前」
「あ、たこ焼き。りんご飴、焼きそばに綿飴もある。なんか、日本ナイズなお祭りだね」
「鬼人会の祭だから」
 私の呟きに、真赭くんは素っ気ない返事を繰り返す。説明になっているような、なっていないような。
「ていうか、食べ物ばっか」
 無表情なままでもちょっと笑った様に言うので、少し嬉しい。
 昔はよく遊んだのに、五年の空白を経て再会した真赭くんはドライな性格になっていた。これでも同居から四か月経って、緩和してきた方だ。でも、幼い頃だって別れる時は泣いて嫌がるほどなのに、会った最初は毎回恥ずかしがって小母さんの後ろに隠れていたから、ある意味変わっていないといえば変わっていない。と最近はポジティブに考えるようにしている。
「屋台の食い物なんて美味くないよ」
「雰囲気が美味しいんだよ。それに見てるだけでも楽しいし」
「ふうん」
 私たちは人波を縫って歩き、赤いの幕の下がった屋台を探す。
 途中、真っ赤な浴衣を着て同色のふわふわの兵児帯を結んだ小さな鬼っ子が、お母さんの手を引っ張ってお面をねだっているのを見かけた。そういえば昔一度だけ、人間界のお祭りに真赭くんと行ったのを思い出す。赤肌を日焼けだと誤魔化して、角を麦わら帽子で隠した真赭くんは、戦隊ヒーローのお面を欲しがって泣いたんだっけ。覚えてる? ってそんな話をしたら、嫌がるかな。
「あれだ」
 考えている間に目的地を見つけてしまった。他の屋台と違って中が広くてお客も入れ、テーブルとイスが置いてあるあるタイプの屋台だ。焼きイカ、サザエ、トウモロコシ、その他いくつかの料理が並ぶ台の向こうを覗き込んで、私は「小母さーん」と声をかけた。
「待ってたわ、遥ちゃん」
 ぐつぐつ煮えている豚汁の大鍋に油揚げを投入していた小百合小母さんが、こちらに気づいて笑顔を向けた。働く他の鬼女さんたちに目礼して、私たちは屋台の中に入る。
「真赭何時に起きた? 起こしてもらったの?」
「さっき自力で」
 もう、と小母さんが軽く息子をねめつけた。息子の真赭くんは口を少し尖らせてそっぽを向いたので、私は曖昧に笑う。
 夏休みに入ってから毎日、真赭くんが起きるのは昼を回ってからだ。なんなら今日は早いくらい。居候の身としてはあんまり夜更かしも寝坊もできないので、私は少し羨ましい。
『明日種族会の夏祭りがあってね、まあちっちゃなお祭りなんだけど、良かったら手伝ってくれない?』
 小母さんにそう言われたものの、今朝になって言われたのはいつまでたっても起きてこない真赭くんを、十時に起こして連れてくることだった。彼方が代わりを申し出たのもあるんだろうけど、無理に起こさないあたり小母さんは結構真赭くんに甘いよなあって、微笑ましい。
「彼方は?」
「休憩中。ステージの観客が寂しいからサクラも兼ねて」
 聞いたのは真赭くんだったのに、彼はふうんと気のない声を出した。私はステージの方を一度見たが、屋台の中からは見えにくい。まあ別にいいか、朝早くから働いてたのだし。
「それで小母さん、私は何を手伝えばいいですか?」
「えーっとそうね。今は結構手が足りてて……」
 屋台の中を見回して、私は隣で湯気をたてている串ものの入った大鍋に注目する。鍋の中から視線を感じた気がした。
 赤い。とにかく血のように赤い汁だ。おでんか何かだろうか、串には煮汁の色に染まった玉が刺さっている。料理と料金が書かれた札を見て、ようやく中身が分かった。
――目玉こんにゃく。
 よく見れば白い玉の表面には黒い大きな点のような瞳。鍋の中からこちらを見ている。
「ヒッ……んっ」
 喉から声が漏れたのを、慌てて手でふさいで咳で誤魔化した。幸い二人には気づかれなかったようで、伺う私に小母さんは微笑む。
「そういえば遥ちゃん、お昼食べた?」
 聞きつつも小母さんの左手はすでにトレイを取っており、右手が目玉のついた串を鍋から引き揚げている。仮に食べているとしたら、それをどうするつもりですか、小母さん……とは言えないまま、私は皿を受け取った。どろりと血のように赤い汁を纏って、六つの目玉が私を見上げる。
「ありがとうございます、いただき、ます」
 でもお礼は言う。小母さんは私が人間なのを忘れているわけじゃない。だってこれは本当の目玉じゃないから。だから私でも食べられるはず。
 この世界には人間の血や体液を飲む人たちは沢山いるけれど、肉体そのものを食べる人は『一応』いない。今の時代それは妖怪の世界でも罪になる。だから、似せた食べ物で我慢している。それを人間が食べることについては……あんまり考えたことないんだろう。
「真赭は会長に挨拶してきなさい」
「……ウス」
 こんにゃくと見つめあう私の横で、真赭くんが低く頷いてから私を見下ろす。
「遥は彼方のところ行くと良いよ」
「うん」
 向かったステージの観客の数は確かにさびしい。青鬼のお姉さんが『はんにゃり108』の曲をアコースティックカバーしているけど、数少ない観客は老人か小さな子供連れで、あんまりウケもよろしくない。そんなまばらな客席に、曲の終わりに場違いに思える熱烈な拍手をする一人の人間。正直、ちょっと恥ずかしいな。
「彼方」
 呼びかけると、彼方はすぐに気づいて手を挙げた。テーブルには私と同じトレイがあり、食べかけの串には最期の一個がのこっていた。しかも黒目部分に串が刺さっている。痛そう。いや、考えてはいけない。
「もー遥も真赭も遅いじゃん、仕事はあと撤収ぐらいだって」
 言うとなんの躊躇いも葛藤もなく彼方は『目玉こんにゃく』を齧りとって咀嚼し、飲み込む。
「彼方ってさあ、図太いよね」
「なんだよいきなり」
 双子だけど、そこは似てない。私は目玉こんと見つめ合う。ああ、と合点がいったように彼方が笑った。
「じゃあこっちの牛のベロ串食う? 交換」
「それは普通にタンと言って」
 もらうけど。というか彼方、近頃フェイクカニバ文化に慣れるどころか染まってない? 人間界帰った時大丈夫?
 ともあれ遠慮なく皿を交換し、タン串に齧り付く。弾き語りのBGMも相まってのんびりと時間が過ぎていく。
「なんか、人間界にいるみたい」
「周りの鬼と俺の食ってるもの見てから言えよ」
 やだ実の兄が目玉食べてる姿なんて見たくない。
「まあ感覚的には分かる。鬼は親人家が多いって話だし、だからかな?」
 前に友達と行った地区のお祭りとは、屋台の形も種類も大分違う。屋台にも地元ならではの流行り廃りがあるだろうに、ここのお祭りはそれらをすべて排除して、頑なに思えるほど日本の形を意識している。
「この模倣は鬼の郷土愛、なのかな」
 この世界自体はもっと昔からあったらしいけれど、鬼たちの移住が本格的に始まったのは日露戦争の頃からだと聞いた。鬼はヒトより長命だから、まだあちらをよく知っている世代が大勢生きている。
「ただ頭が固くて古いだけだよ」
 小母さんから解放されたのか、それともこれからが本番なのか、割烹着を着せられた真赭くんが後ろから声をかけてきた。
「真赭くん」
 袖丈が足りなくて、にょっきり赤い手首が出ている。そしてその手にたこ焼きと焼きそばを二パックずつ、それに綿飴とりんご飴を器用に持っている。多いな、と彼方が隣で笑ったが、私はこのラインナップに覚えがある。
「悪い。オフクロがデリカシーなくて」
 これなら見た目平気だろ、と食べ物をベンチに置いてまた戻ろうとするところを私は引き留めた。
「二人でも食べきれないよ。一緒にどう?」
 焼きそばもたこ焼きも『鬼基準』の量であるから私たち二人で一つを分け合えばお腹いっぱいだ。
 真赭くんは一度固まって、ちらりと小母さんの居る屋台の方を見た。
「うんうん」
 彼方が神妙な顔で、しきりに頷きながら立ち上がる。
「俺もう色々食べたし、小母さんとこ戻るわ。真赭が居るなら俺いらないだろ。二人でごゆっくり」
「え、でも」
「いいよいいよ、元々今日はまーちゃんの代打で来たからさー。あ、でも綿飴は半分残しといて」
 何か要らぬお節介をされた気がする……。あとで十分な話し合いが必要だ。
「座る?」
 立ち尽くしたままの真赭くんに声をかけると、彼はおずおずとベンチに腰かけた。割烹着を着たままなので、なんだか可愛らしい。
「折角買ってきてくれたのに、彼方がごめんね」
「ヒトの食べる量忘れてたから、別に」
 それからはたこ焼きを頬張る彼の横で、私は人間界の二倍はある焼きそばに無言で取りかかる。
 会話の糸口が中々見つからない。
「昔」
 と真赭くんが口火を切ったのは、二パック目のたこ焼きが残り一つになった頃だった。
「一緒にそっちのお祭りに行ったの、覚えてる……?」
「覚えてるよ」
 即答すると、真赭くんは少しほっとしたように息を吐いた。真赭くんが昔の話をするのは珍しい。
「あれに比べたら、こっちのはただの偽物でつまらないと思ってたけど、今日は――」
 言葉の続きは、最後のたこ焼きが塞いでしまった。
 私は自分が想像したその続きが勘違いでないといいなと思いながら、そうだねと笑顔で頷いた。


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サークル名:押入れの住人たち(URL
執筆者名:なんしい
一言アピール
ファンタジー、特に現代が舞台、あるいは現代人が出てくるファンタジーを書く傾向にあります。あとめっつよお姉さん(めっちゃ強いお姉さんの意)が大好物です。
今回の話は既刊の異世界留学ファンタジー「faraway青春七妖怪」の番外編です。新刊は魔法少女モノと魔女と元狼の転生モノの予定。どうぞよろしくおねがいします!

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