同人ストレイドッグス~祭りとは祟りの予防策~
「そういう予測可能な領域から逸脱するが故に、魔女は恐怖の対象となるのよ」
「まったくっ、美奈ちゃんにお菓子をあげすぎるからっ、あたしがこんな重たい目をっ」
いつもの粋な和服姿は崩れに崩れ、汚れきっている。
背負ったいかにもなギャルが意識を取り戻す様子はない。むしろその直前といった状態だ。
「しっかし世津路章さんは人間やめすぎだったんですね」
業界きっての武闘派の訃報から百日。
百日目の本日、ちーず。と浮草堂美奈は世津路章の異能に殺害されかけている。
そして、午後十一時四十二分という現在時刻をもって、ちーず。は最終目的を変更した。
生存から、情報伝達へ。
青銭兵六は汚れきったハンチング帽を、雉猫にかぶせる。猫は視界をふさがれたくせにうれしそうにする。
「形見になるかもしれないんだから、大事にしなさいよ」
「バカ言え。こいつがこんなもん咥えてきたせいで、俺は引っ越しする羽目になりそうなんだぞ。ちーず。の子飼いだぞこいつ。わざと大家に見つかるように咥えてきたに決まってる」
「せっかくだからペット可の物件に引っ越したら? 保証人にはならないけれど」
キーボードをたたきながらまるた曜子が返答する。
「お前、俺への扱いがだんだんひどくなってないか?」
「気づいた? 少し意識してやってるわ」
ハンチング帽に仕込まれていたSDカード。内容をすべて見た魔女は言った。
「敵の異能は「百獣の女王」瀕死の異能力者を体内に取り込み、百日間その異能を使用することができる。百日後取り込まれた異能力者は自動的に死亡し、異能も消滅する。世津路章をやったのもこれでしょうね」
「つまり、ちーず。と美奈ちゃんは後百日は生きている」
「ええ」
肯定と同時に、マクダウェルのピアノが流れ出す。スマホの画面には「相沢ナナコ」からの着信通知。
「ナコさん? ずいぶん到着が遅いけれど、何かあったの?」
怪訝そうな声。
『ナコたち、もう待ち合わせ場所についてますにゃあ。青砥さんもいますにゃあ。逆にまるたさんと青銭さんはどこにいるですにゃ?』
目を見開く。
同時に兵六の切羽詰まった声。
「曜子! 美奈ちゃんの『ヘヴンズ・ドアー』は爆撃機まで出せるのか!?」
窓に視線をやる。翼が二枚の飛行機が見える。
叫ぶ。
「伏せて! 今すぐ!」
直後、爆音。倒壊音。しばらくして火柱が立つ。
爆音と倒壊音は、さらに強くスマホから響き、消える。
「今のは、退役しているの?」
「九四式艦上爆撃機だ。退役なんてもんじゃねえ、旧日本軍の頃の骨董品だ」
「そう、なら、美奈の異能ね」
静かすぎる口調。
「兵六さん。私と二人で敵の本陣に入る気はあるかしら? 実質戦闘はあなたが一人でやるのだけれど」
ため息を吐く。
「元からやる気は充分だ。だから、異能をしまえ」
そして舞台と時は冒頭の台詞の一時間前に移動する。
表向きは廃ビル。
内部は。
「まるでハロウィーンだ」
青砥十の異能『後輩書記とセンパイ会計』、妖怪に関する説明をすることによって、その妖怪を呼び出す。
それが使用された結果、廃ビルは文字通り魑魅魍魎の巣窟と化している。
しかし、青銭兵六の『ジェフェリー・クロウズ』は魑魅魍魎にも適用されるらしく、トレンチコートを着ている彼の行動を認識できないらしい。
まるた曜子の『羽化待ちの君』は適用外のため、兵六が彼女の生きる防御壁のようになって前進し、ダイニングらしき部屋に着いたところだ。アンティークな時計が時を刻む。
「鋭いわね」
「何がだよ」
リボルバーの装填をしながら問う。
「あの計画名もハロウィーン計画だったのよ」
「最初は純粋に学術的好奇心を満たすのが目的だった。それこそ、「お祭り」という隠語で呼び合うほどに」
それが権力と結びつくと、「お祭り」は変質する。
「効率の良さを求められた結果、研究は他人の異能をさらに他人に移動させることが目的に変わる。その他人、を不法に仕入れるようになる。そして、あまりに不法行為を重ねすぎて、ハロウィーン計画は破綻する。残ったのは『百獣の女王』という人工異能のみ」
「春夏冬って都市伝説じゃなかったのか」
「あえて、都市伝説にしたというのが正解ね。春夏冬は自分たちの思考を再現したプログラムを電子の海に流した。今の春夏冬は複数の人間の思考集合体。インターネットのやりとり中、突然春夏冬と名乗る人物が入ってくる、しかも明らかに中の人が複数いる、それぐらいはやっていたかもしれないわ。それ以上はただの尾ひれなだけで」
「へえ。なんだかそいつら、いや、今はそいつ、か。その春夏冬は要するに電脳世界の存在なんだよな? こんなことの黒幕をやるメリットがどう考えてもなさそうなんだが」
「ええ。黒幕、ではないのでしょう。手助けをしているだけでしょうね」
装填が完了。
「春夏冬、が電脳世界に自らを残し続けている理由。それは異能を譲渡されたか強奪したか、どちらにせよその『百獣の女王』の使い手本人は、自分自身で異能をコントロールできない。コントロール権は春夏冬にある。春夏冬の意に染まぬ異能の使い方はできない。そして、通常の人間の知力では春夏冬というプログラムを使いこなすどころか、拿捕すらできない」
けれど。
「今回の異能ハンターは、何十年も電子の世界をさまよった春夏冬をサルベージしている。なら、当然プログラムを消去することもできるでしょう。元は人間の思考のプログラム。命が人質なら、取引には乗るわ。黒幕は異能ではなく頭脳で攻撃しているというわけよ」
「ちーず。のヤツ、そこまで調べていたか」
「だから、美奈と行動していたんでしょう。名前もSDカードに入っていたわ。紗那教授。理化学研究所に在籍していた男性だけれど、五年前失踪している」
「京の開発メンバーか?」
「おそらく。失踪後、紗那教授と名前を変えてるわね。これで情報は充分だと思うけれど、不足はある?」
「ねえな。要するにパソコンを探せばいいわけだ。あれが見えるか?」
天井に伸びたケーブル。
「ネット用の有線だ」
壁を叩く。
「この向こうに隠し部屋がある」
「では、お願い」
壁を探り、切れ目を探す。発見。兵六のみ部屋に入る。その前に魑魅魍魎に向かって乱射に近い発砲。鳴き声を上げて逃げ出す妖怪たち。
十分後。銃声。三発で止まる。切れ目からトレンチコートが出てくる。
「見えているわよ」
曜子の言葉に、彼は立ち止まる。
「コートとして役に立たないくらいにボロボロだと、『ジェフェリー・クロウズ』は発動できない」
「あら。残念」
脱ぎ捨てたコートの下から、タイトスカートと白衣が現われる。
「理研に見つからないわけだわ」
紗那教授を見据える。
「性別まで変えていたのね」
紗那教授は返答する。
「そういうあなたはあまりにも姿が変わらないって有名ね。『羽化待ちの君』だったかしら。自分を記憶している人間を、自分に恋させる。感情操作系の異能ってレア枠なのよ。ほしいじゃない? レアなものって。今の私はナコの『コネコビト』であなたの異能を無効化できるし」
魔女と女王は対峙する。
「無駄よ。あなたに勝ち目はないわ」
嘲笑的微笑。
「そういう予測可能な領域から逸脱するが故に、魔女は恐怖の対象となるのよ」
嘲笑。
「どんな札があるつもり? あの青銭兵六って人が破壊したのはダミーのパソコンだって気づいているわよね?」
冷笑。
「あなた、お人好しな方ね」
ぴくりと眉が動く。
「私が自らの異能を、すべて他人に話していると信じている。本当は心優しい平和主義者なんじゃない?」
哄笑。
「ブラフよ。いくら異能を隠しても、私は無効化する」
艶笑。
「可能性の話をしているだけ。本気にしろとは言ってないわ。ただ、事実としてハロウィーン計画は破綻した。そして破綻が決定的になった日は、こう呼ばれている。ワルプルギスの夜、と。同時期、私は魔女という通り名を持つようになった」
「まさか!」
笑みの消去。
「私は怒り尽くしている。幕は今開いた。ワルプルギスの夜の再演はもう始まっているのよ。優しい女王様、魔女の知恵を授けましょう。私が恋させるのは人間に限定されるという根拠を提示したことはない」
紗那教授は自らの腕時計を見る。そして部屋の時計を見る。
「そんなっ」もし、機械にまるた曜子の異能が適用されるなら!
懐からモバイルパソコンを取り出す。起動。メールの通知音。
「やはり、春夏冬の本体は持ち歩いていたのね」
突然の激痛。
「ご明察。ブラフだったのよ。私の異能は人格がある存在が私を記憶しないと発動しない」
紗那教授は気づく。自らが包囲されていることに。
「つまり春夏冬が入ったパソコンのハードディスクに『まるた曜子』という文字が入っていないと発動しない」
包囲しているのは、身の毛もよだつ妖怪たち、固定式の無数の砲。
「だから、兵六さんにダミーを破壊させるかのように見せかけて、携帯用Wi-Fiを置かせた。私がしたことは、この部屋の時計の裏に磁石を貼って狂わせたことと、そのパソコンにメールを送ったことだけ。後はただのおしゃべり。あなたが不安からパソコンを自分で起動させたのよ」
鳴き声。砲声。悲鳴。
「起動と同時にメールを受信した春夏冬は私を記憶した。だから、私に愛情を籠めた贈り物として、あなたが奪った異能を暴走させた」
体積が半分になった紗那教授は、歯を見せて笑う。
「その異能は、世界最高の異能だわ」
まるた曜子は笑わない。
「私はこの異能は嫌いなの。恋と支配を同一視しているから。あなたこそ、異能の使いこなす才能は世界最高だったわよ」
粉砕された紗那教授のいた場所に、五人の体が現われる。
「ワルプルギスの夜が明けた」
窓の向こうで、黒猫が「ぼん」と鳴いた。
サークル名:浮草堂(URL)
執筆者名:浮草堂美奈一言アピール
こんなカンジのダークファンタジーメインにBLとか燭へしとか色々書いてます。
登場した同人作家の皆様、ご本人は全然違う人ですから! みんなマトモですから! みんな生きてますから!