バロン・ダンス
あと少しで日が沈む。
祭が始まる。
アゼル・ベリアスは自身の長剣の柄を握りしめ、舞台となる石畳を見つめていた。
この島伝統の『バロン・ダンス』が始まる。
周囲を深い森が囲み、島民が集まる箇所だけ大きく開けていた。
中央には、この島の巫女が伝統の踊りを披露するため、抜き身の剣を持ち、鎮座している。
その左右には石像……左側には悪魔、右側には獅子の像……がある。
背後にはかがり火がたかれていた。
かがり火は既に激しく燃えていた。
橙の光がこちらを照らしている。
周囲の緑と混じり合い、奇妙な色を見せていた。
耳を澄ますと森から木の葉がすれる音が聞こえる。我々の耳に届くか届かないかという程度の、かすかな風による木の葉のざわめき。
そのときだった。
一人の男が太鼓を叩く。
祭のために用意されたのは、この島伝統の巨大太鼓。
太鼓の直系は、大人の男二人分以上ほどの大きさ。
担当の男が太鼓を叩き、吠える。
ドドォォォーーーーーーーーンンンン……。
オオオオオオオオゥゥゥゥゥゥゥッ!
アゼルは最初一撃に驚いた。
島中に響くような太鼓の音。
その後に咆哮が響く。
巨大太鼓が打ち鳴らされる、と同時に左右に控えていた普通の太鼓や鈴、鐘の担当が身構えた。
今、音を鳴らしているのは、メインとなる巨大太鼓だけ。
が、巨大太鼓が単発の号砲から、小刻みな連打に移り、それに伴い、周囲に控えていた楽器が演奏を始める。
打楽器だけ。
原始的ではあるが、各担当がリズムを刻む。そうすることによって微妙な音のずれを生み、そして、それが音楽として聴衆の耳に入っていった。
高い音から低い音へ、音階の幅は広がっていった。
リズミカルな演奏と、それに伴う念仏……いや、何かの呪文にも似た歌が一体となり、その場の空気を支配する。
何と歌っているのか、わからない。
おそらく昔使われていた言葉なのだろう。
神話の時代から受け継がれてきた歌い方が受け継がれているようだ。
どぉぉぉぉ……んんんんん…。
太鼓の音は両耳を突き破りそうだった。
腹に響く……。不快ではない。それどころか心地よいほどの轟音。
やあああぁぁ……おおおぉぉれええいぃぃ!
メインの太鼓を担当する男が、祭の叫びをつなぐ。
シャン! シャン! シャン! シャン!
シャン! シャン! シャン! シャン!
カカカン! カン! カン! カカカン!
カカカン! カン! カン! カン! カカカン!
ジャン、ジャジャジャジャン!
ドドドン、ドドドン、ドン、ドン、ドドドン!
演奏がのってくる。
既に日は沈み、空には星が輝いていた。
アゼル・ベリアスは旅の男だった。
今回、この島に立ち寄ったのは、ほんの偶然。
まもなく祭があると聞いたので、島民に混じって手伝うことになった。
彼がやったことは、石像の修復、巫女が持つ剣の製造、楽器の修復などだった。
アゼルは元々、鍛冶とか木彫りなどの細工をしながら旅を続けてきた男なので、修復作業は得意だった。
試しに鍛冶場で券を一丁打ってもらったが、その島一番の鍛冶屋よりも立派な剣を作り上げてしまった。
その剣を巫女が持つことになった。
巫女が立ち上がった。
剣を片手に、巫女は伸びやかな舞を披露する。
かがり火の炎が膨れあがった気がした。
巫女はこの祭のための伝統的な衣装をまとっていた。
衣装と言うより羽衣。
南方のこの島らしく、露出が高い。
機織りの技が発達し、細かな文様を衣服に込めることができるが、巫女の衣装は純白。この島で作られる一級品の絹糸を紡いで作られた物。
羽根みたいに余分な布地が、巫女の動きに合わせて宙を泳いでいた。
黒髪、黒い瞳、褐色の肌、健康的な長い手足。
巫女はまだ若く、美しかった。
夜になり、明かりはかがり火の炎だけ。
その光が微妙な角度で巫女を照らしている。
炎に照らされ、闇の中から浮かび上がってきたような巫女の姿。
少なくともアゼルは、巫女の姿に視線が釘付けとなった。
この島にはひとつの神話があった。
島に悪魔が現れ、島を支配しようとした。
島民は恐れおののき、多くの者が悪魔にひれ伏した。
ところが、ある星が輝く夜。
夜空から神が降りてきた。
神の傍に一頭の獅子が控えていた。
神は、島民の代表を出すように言った。
名乗り出たのは島の長の一人娘だった。
神はその娘に一振りの剣を与えた。
そして、彼女に獅子を託し、悪魔を討つように言い、討ち方も教わった。
巫女は獅子と共に戦い、悪魔を討ち取った。
戦いの詳細は無かった。
結局、悪魔は討ち取られ、島には再び平和が訪れましたとさ。
この神話にちなんだ祭は、毎年夏に行われていて、その話を元に作られたのが、この『バロン・ダンス』
「?」
かがり火の炎が大きくなったように見えた。
音楽も踊りも、相変わらず続けられていた。
風はない。
炎がまるで顔の近くにあるみたいに、熱気を感じた。
アゼルは汗を拭いた。
改めて空を見る。
一面の星空。
いや、先ほどよりも強く輝いているような気がする。
木の葉が舞っている。風が吹いている。なのに、ちっとも涼しくない。
かがり火の炎は大きく揺らめいていた。
炎は膨れあがり、勢いを増していた。
巫女はまだ踊り続けている。
かがり火の前にいるのだから、まともに熱を受けているはず。しかし、彼女は何事もないかのように踊っている。
疲れは見せず、それどころか巫女の踊りは演奏、歌につれて、ますます激しくなる。
アゼルは再び汗を拭いた。
ごう、という音とともに、かがり火の炎が大きく爆ぜた。
「危ない!」
アゼルは叫んでいた。
明らかに炎が巨大化し、意思を持ったかのように動き出した。
巫女が飲み込まれると思い、アゼルは身を乗り出す。
しかし、近くにいた島民に服を捕まれていた。
島民は微笑みながら、大丈夫だと、ゆっくり首を振った。
増幅した炎はかがり火から飛び跳ねた。
巫女の舞と演奏に合わせるかのように、舞台の上で炎が踊る。右に行ったり、左に行ったり、左に行ったり、時には客席に飛んでくることもあった。
アゼル以外、驚いている者はいなかった。
島民にとって見慣れた光景なのだろう。
誰も意に介さない。
周囲にいる島民達を見ていると、彼らは一心不乱に歌っている。
演奏する連中も何事もないかのごとく、演奏している。
彼らは例外なく汗をかいていた。
そして、さんざん暴れ回った炎は舞台に戻っていく途中で、ふたつに分かれた。そして、それぞれ悪魔、獅子の石像に舞い降り、包み込んでしまった。
踊り続ける巫女の左右に鎮座している石像。
右の獅子。
左の悪魔。
二体の石像に炎が移った。が、元のかがり火にも炎は残っている。膨れあがった炎が分散したようになった。
石像には油など塗られていないはず。それなのに、炎が消える気配がない。
夜になったのに明るいし、暑い。
炎に包まれた石像はどうしたか。
「……!」
炎をまとったまま、石像が動き出した……。
そして、二体の石像は互いに近づいていく。
神話の再現らしい。
炎の獅子と悪魔は互いに吠え合い、互いに襲いかかっていった。
それから、二体は戦った。
真夜中であるにも、辺りは明るい。
炎がまき散らされ、森に燃え移るのではないか。アゼルは心配したが、大丈夫だった。
たまに引きちぎれた炎のかけらが森に向かって漂うが、その少し前で消えてしまう。
島民の様子からも、慌てる必要が無いと思われる。
戦いは続いた。
巫女は舞う。
演奏も、歌も続いている。
アゼルは、目の前で繰り広げられている炎の饗宴から、目が離せなかった。
暑さも忘れ、時間も気にならなくなり、ただ目の前で繰り返される光景と音楽に包まれ、酔っているみたいに身を任せるだけとなっていた。
それは、一晩中続いた。
いつの間にか、空が白み始めていた。
二体は元の位置に戻っていった。
炎は消えていた。が、石像には焦げあとひとつ無かった。
巫女は舞を終え、島民は静かになっていた。
アゼルはその場に座っていた。その場から動けなくなっていた。
――夢でも見ていたんじゃないか?
――いや、俺は眠らなかった。
――全て、現実に起こったことだ。
島民は誰も動かなかった。みんな座り込み、頭を下げていた。耳を澄ますと、なにやら小声で呟いている。
歌……祈りだ。
やがて、巫女が祈りを捧げた。
「オン、ギララン、マボルク、ドウスウ、オンコロコナ、セイクウ、マトオデン、ケムラガタリ、オト、ゼナナリ、ギョウホウ、マ……」
アゼルは聞き取れないながらも、呪文を聞き、
「我らがこの島で命を授かり給うたこと」
「天神、地神、月神、海神のお導き」
「風天、木天、水天、八万の精霊、十万の眷属」
「その加護のもとに」
「星空の導きのままに」
「我々がこの島で生きていることに感謝します」
「我らの血が末長く続きように」
「生活の平安を保たれますように」
「我々の存在を星空から見守ってくださりませ」
「生を楽しみ、次代へ繋ぎ、人の世を全うできるよう」
「全てに感謝し、祈りを捧げます」
「祝福あれ」
「祝福あれ」
言葉は繰り返された。
立ち上がり、かがり火の横にある祭壇に剣を置いた。
それがバロン・ダンスの終わり。
そして、祭の本格的な始まりとなる。
サークル名:侍カリュウ研究所(サイト等なし)
執筆者名:迫田紘伸一言アピール
お品書き
1.エッセイ
2.名画を基にした短編集
3.人型、動物型メカが出てくる戦争もの
4.弁護士もの
5.その他弱小サークルですが、覗いてやってきださい。


