デンジャラス・ハロウィン

「ドクター、ハロウィンって楽しいですか?」
メイドである私の質問に、朝食後のコーヒーを飲んでいた雇用主マスターのトレバーは目を丸くした。
「えっ、アヤ、ハロウィン参加したことないの?」
「はい。私が育った貧民街ではそういう習慣がありませんでしたし、前のマスターの時は自由に検索したり外にも出られなかったので」
最近街中でオレンジと黒を基調とした装飾を見かけるようになり、電脳ネットワーク・ヒューマネットを使って調べたところ、それがハロウィンだということが分かった。
「じゃあ今年は思いっきり楽しもう!そうだ、研究所に来る子供たちのためにお菓子を作ってくれないかな?みんなに配るんだ」
「そうですか、分かりました」
私はレシピを検索して、トレバーの好きなリンゴを使ったジャムクッキーを作ることにした。早速材料を買いに行き、昼食の後に作ることにした。
生身の人間として前のマスターのところで働いていた時より、サイボーグになった今の方が料理の腕が上がった気がする。多分ナイフの使い方をよく知ったからだと思う。とはいえ、私が習ったのは料理ではなく戦闘だったが。
前のマスターの長年に渡る虐待に耐えかねて反撃を試みた私は殺人未遂を犯した。そして二束三文で売られた私は、新しいマスターであるトレバーに会いに行く途中に脱走した。前のマスターがろくでもない奴だったから、どうせ次のマスターもろくでもないやつだろうし、だったら逃げて風俗ででも働きながら自立したかった。だけど逃げる途中に事故にあい、脳だけ無事だった私はトレバーの手によってサイボーグへと生まれ変わった。メイド兼ボディガードとして。
トレバーは脳マイクロチップの研究をしている研究者であり脳外科医だ。だから自分のことをマスターではなくドクターと呼んでくれと言う。ある日偶然、人を隷属化できるチップを作ってしまって以来、身に危険が迫るようになっていた。研究成果を求めて、彼の脳自体と脳に埋め込まれているマイクロチップが狙われているのだ。
そこでメイド兼ボディガードを探していたトレバーは、殺人未遂を犯すような凶暴な私を雇ってくれることになった。その矢先で私が事故にあい、トレバーは私にサイボーグ化治療を施した。戦闘型義体に乗り換えた私は、リハビリと訓練を受けて、今では立派なボディガードだ。
「本当は毎年前の家に子供たちがやって来てお菓子を配っていたんだけどね。もうあそこは住めないし、今のこのセーフハウスは人に知られるとマズいから、研究所のほうに来る子供たちにお菓子を配りたいんだ」
出来上がったクッキーの匂いを嗅いでトレバーがキッチンにやって来た。
「うーん、いい匂いだね。一つ貰ってもいいかな?」
「ハロウィン用ですよ?それまでお預けです」
「手厳しいなぁ。まあ楽しみしておこう」
クッキーの材料の調達と共にラッピング用品も用意しておいた。カボチャやコウモリがプリントされた透明な小袋にクッキーを3枚ずつ入れていく。
「何で3枚にしたの?」
「自分用、布教用、保存用、です」
「どこでそんな言葉覚えたの…」
頭を抱えるトレバーにクスッと笑ってしまう。こんな冗談が言えるようになったのも、トレバーが私に良くしてくれたからだった。
「ハロウィンといえば仮装だね!という訳で衣装は僕が用意しておいたよ。はい、君はこれ」
「……魔女、ですか」
黒の膝丈ワンピースに裏地が紫の黒いマント、そしてとんがり帽子に星のついたステッキ。
「ちなみに僕はこれね、狼男」
マスクをすっぽり被ってガオーッとポーズを決めるトレバーは、まるで子供みたいにはしゃいでいた。
「何だか楽しみになってきました」
「そう、お祭りは準備のうちから始まっているのさ!」
ハロウィンは翌日だ。いわゆる遠足前の気分というやつだろうか、その晩はワクワクしてなかなか寝付けなかった。

研究所には私の脳チップや義体のメンテナンスで何度か訪れたことがあった。でもいつもの厳しい雰囲気は和らいで、研究員同士でもお菓子のやり取りをしていた。
「やあ、かわいい魔女さん。お菓子をくれなきゃイタズラするぞ?」
吸血鬼の仮装をした研究員が声をかけてきた。
「ミハエル、うちの子に何するつもりだい?」
「ああ、隣の狼男はトレバーだったか」
ミハエルはトレバーと仲のいい仕事仲間だ。相棒のようなものらしい。トレバーと同様に、私はミハエルにも親切にしてもらっていた。
「イタズラは怖いのでお菓子を差し上げます」
そう言って私はバスケットの中からクッキーの包みを差し出した。
「わあ!手作り?ありがとう!」
「そういえば僕もまだ貰ってなかった。トリックオアトリート!」
「ではドクターにも」
そう言って包みを渡す。
「マスクのままじゃ食べられないな」
トレバーは狼男のマスクを外すと、目を輝かせて包みを開き、1つを頬張った。
「ん~!おいしい!リンゴのジャムなのが最高だね!これハロウィン終わってからもたまに作ってよ」
「分かりました」
「いいなぁ、俺にもおすそ分けしてほしいな」
そんな会話をしていると、研究所の入口のあたりが賑やかになってきた。子供たちがやって来たようだ。
「トリックオアトリート!」
「お菓子をくれなきゃイタズラするぞ!」
他の研究員に混じってバスケットの中からクッキーを取り出して配る。子供たちは皆嬉しそうで、こちらまで自然と笑顔になってくる。
「魔女のお姉さん、ありがとう!」
「どういたしまして」
私が子供の頃にもこんなお祭りがあれば良かったのになと思った。私の出身地である貧民街では貧しさから楽しいお祭りのようなものはなく、ささやかな結婚式や葬儀くらいしか人が集まって何かをするということが無かった。
だからこんなに楽しいお祭りは初めてだった。仮装も最初は少し恥ずかしかったが、街中に仮装の人が溢れているので気にならなくなった。
子供たちの数がまばらになり、バスケットの残りも少なくなった頃、研究所の門の陰に人影が見えた。そう言えば、だいぶ前からこちらを伺っていたような気がする。
(子供……にしては大きいな、大人だけどお菓子が欲しいのかな)
そんなことを考えていると、隣にいたトレバーがため息をつきながらマスクを脱いだ。
「ふぅ、暑い!これ意外と熱がこもって暑いなぁ」
汗をかいているトレバーにハンカチを差し出すと、視界の隅で門の陰の人影が動き出した。
ガイコツのマスクをしたその人物は、大きな鎌を持っている。死神の仮装だろうか?彼はゆっくり近づいてきたが、次第に速度を早めて、こちらに向かって走り出した。
(違う……!)
「ドクター!中に入って!」
「えっ、何?」
半ば突き飛ばすような形でトレバーを玄関の中へと押し込む。死神はマスクを被っているので顔認証ができない。でもスキャンの結果、あの鎌はただの飾りじゃないことは確かだった。
(鎌とどうやって戦えばいいっていうの!?)
死神が鎌を掲げたので、私はスカートの中に仕込んでおいたハンドガンのベレッタ92を取り出して腕を狙った。
ガンッと音がして腕がめり込み、死神は鎌を落としそうになったが持ち直した。
(義体……!?それも普通のじゃない、強化義体だ!)
咄嗟にまたスカートの中からサバイバルナイフのベンチメイド ニムラバスを取り出して振り下ろされた鎌の刃に応戦する。
ガチン!と金属が噛み合う音がした。
「あなたは誰!?」
『答えるまでもない』
ボイスチェンジャーを使ったような声だった。
『あの男の脳とチップをよこせ』
「それはできないわ。お菓子を貰って大人しく帰ってちょうだい」
そう言って死神の腹を思い切り蹴飛ばした。死神は2メートルほど吹き飛んで鎌を落とした。その隙に背中のマントの中に隠しておいた小型のショットガン・サーブ スーパーショーティを取り出して右手首を狙って打ち込んだ。激しい破裂音がして、死神の右手首が吹き飛んだ。
「あなた、強化義体のようだけど、戦闘型ではないみたいね。ならばこれで充分メチャクチャにできるけど、どうする?降参する?」
死神はゆっくり立ち上がると、首元に手を当てた。
(!? マズい!)
再び駆け寄ってくる死神に遠慮なく弾丸を打ち込みながら、玄関の奥の方から様子を伺っていた研究員たちに叫んだ。
「下がって!爆発する!!」
死神の手が銃口から1メートルまで来た次の瞬間、今までにない大きな爆発音が辺りに響いた。さすがの私も、そこで意識を失った。

気が付くと病室のベッドにいた。義体化して初めて目を覚ました時と同じ風景だ。そしてやっぱり、トレバーは側にいた。
「あ、目が覚めたかい?」
あの時と同じ台詞。私は少し笑って答えた。
「私はアヤ・ジェームズ・ホイットニー。あなたのメイド兼ボディガード。そしてあなたはトレバー・D・ウッドマン。リンゴが大好きなドクター」
「うん、問題ないようだね。良かったよ、君が無事で。まさかあいつが自爆するなんて思わなかった」
「私の身体、酷いことになってませんでしたか?」
「そりゃあもう!いくら戦闘型とはいえ、あの距離で爆発を受けたら表面加工はメチャクチャだし腕も飛んでたよ」
恐ろしいものでも見たかのようにトレバーは話した。まあ実際機械であってもグロテスクな状態だったのだろう。
「でも元通りにしてくれたんですね」
「まあ、一応これでも君のマスターだからね。雇用者を守るのは雇用主の義務だ」
ふふん、とマスターは胸を張った。
「研究所の被害はどうでしたか?」
「玄関のガラスが全部吹き飛んで入口の屋根も少し崩れた。でも怪我人はいないよ。子供たちも居なかったし。ありがとう」
「良かったです。仮装には気をつけないといけませんね。顔認証ができず対応が遅れました」
「仕方ないさ。しかしお菓子を用意してるのに先にイタズラするなんて反則だね」
「イタズラじゃ済まない事件でしたけどね」
二人で苦笑いする。こうして二人にとってはある意味忘れられないハロウィンになった。


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サークル名:天鏡ラボラトリー(URL
執筆者名:小鳥遊みちる

一言アピール
初めての即売会サークル参加です。サイボーグや戦う女の子が好きなのでそういうお話を書いています。夢キャス二次創作(BL)もやっています。よろしくお願いします。

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