三色の花

 ダリアが「赤の魔法使い」の助手になって、もうすぐ一年が経とうとしていた。
 魔法のことなど何も知らない農村の娘だったダリアも、季節の行事がひと回りする頃になって、やっと魔法使いの仕事が分かってきた。最近は家の仕事や畑の世話だけでなく、魔法使いの仕事の手伝いを頼まれることも多くなってきた。とはいえ、まだ薬草と雑草の区別もままならず、一人前への道は遠いけれど。
 入道雲が消えて空高くを走る薄い雲が増え、森の中を吹き抜ける風が少し北向きになってきたある日の昼下がり。ダリアと「赤の魔法使い」ことモナルダは、その日の昼前に摘んだ薬草を敷物の上に広げていた。
 季節ごとに薬草を育て、魔力を込めて作られた薬を村や市場で売る。それが、魔法使いたちの生業だった。彼らだって血の通った人間なのだ、霞を食べて生きてはいけない。
「それにしても、たくさん摘みましたね。これを全部煎じるんですか?」
「ああ、大仕事だが、これだけあれば一冬分になるからね。秋分の日に作った薬はよく効くと昔から言われているから、毎年たくさん作るんだよ」
 モナルダは魔法使いたちが伝えてきた古いしきたりや薬作りの手順を、ひとつひとつ丁寧にダリアに教える。そんな彼女の赤い瞳はいつにもまして穏やかで、優しかった。
 と、つんつんと袖をつつかれてダリアは振り向いた。
「ねえ、しゅうぶんって、なに?」
 小首をかしげて尋ねるチコリは、この前の春に六歳になったばかり。物心つく前からモナルダと一緒にいるのでダリアより「先輩」である部分も多いけれど、ダリアが教えてあげられることもある。
「秋分は、昼間の長さと夜の長さが同じになる日のことですよ。夏は昼の方が長くて、冬は夜の方が長いでしょう? そのちょうど真ん中の、秋の日です。節目として、村では夜にお祭りもあるんですよ」
「おまつり?」
「はい。たくさん人が集まって、夜店が出て物を売っていたり、旅の芸人や詩人が来たりすることもあるんですよ」
「へえ、知らなかったな」
 モナルダが興味津々で呟いたので、ダリアは驚いた。
「もしかしてモナさん、お祭り行ったことないんですか?」
「師匠について森に入ってからは縁がないし、その前は家から出たことがなかったからね」
 束ねた髪の毛先をいじりながら言うモナルダが少しだけ寂しそうに見えて、ダリアはハッとした。魔法使いは滅多に森から出ず、普通の人々と交流はない。モナルダが魔法使いになる前のことは知らないけれど、特徴的すぎるその赤い髪と瞳のために何かあったのだろうということは、ダリアにも容易に想像できた。
「チィもおまつりいったことない! ねえモナ、ダリアとさんにんでいこうよ!」
 無邪気に目を輝かせる幼子に、何も言わず曖昧に微笑むモナルダ。そんな二人の間に挟まれて、ダリアもやはり何も言えなかった。
 その日の夕食後のことだった。
「明後日の……秋分の夜の祭り、チィとダリアの二人で行っといで」
「えっ」
 モナルダがあまりに突然言い出したので、ダリアは危うく運んでいた食器を落とすところだった。
「ほんと!? いっていいの!? ……モナは?」
「私は行かないよ、二人で楽しんでおいで」
「えー、モナともいっしょにいきたいよ」
 不満そうに頬を膨らますチコリの頭を、モナルダは優しく撫でた。
「いいんだよ。私は人目を引きすぎるからね、行っても楽しめないんだ。それよりあんたたちの土産話を聞く方が楽しいよ」
「モナさん……」
 言いかけたダリアに、モナルダはただ笑顔で頷く。ダリアはぐっと言葉を飲み込んで、チコリの脇に膝をついた。
「チィちゃん、せっかくモナさんもこう言ってくれてるんですから、私と一緒に行ってきましょう。いっぱいお店があるので、モナさんへのお土産を選ぶのを手伝ってください」
「おお、そりゃますます楽しみだ。何か良いものを探して来ておくれ」
 お小遣いを入れた小さな布袋を握らされて、チコリはしばらく黙ってそれを見つめていた。子供ながらに何かを感じたのだろうか、ぐっと唇が引き結ばれる。ややあって、チコリは顔を上げてモナルダに笑いかけた。
「わかった。とびっきりのおみやげ、かってくる!」
「ありがとう。よろしく頼むよ、チィ」
 モナルダも笑顔で、チコリの頭をもう一度わしゃわしゃと撫でた。
「でもモナさん、秋分の日は薬を煎じるんでしょう? 出掛けちゃって良いんですか?」
「なあに、手が欲しいのは最初だけだからね。昼のうちだけ手伝ってくれればいいよ。暗くなるからちょっと物騒だけど、ソホに送ってもらえば南の宿場町まではあっという間だ」
「任せろ」
 低い声がモナの足元から唸る。ソホと呼ばれた大きな犬はひとつフンと鼻を鳴らした。
「夜の森でも俺がいれば良くないモノは寄ってこない。普段ならお前らのお守りなんぞご免だが、まあ、珍しくもモナルダたっての頼み事なんでな」
「ソホってば」
 呆れた様子で肩をすくめるモナルダに、ソホはただ喉で笑って土色のふさふさした尾を振った。

 モナルダの言葉通りソホはあっという間に森の中を駆け抜け、ダリアとチコリは人目の少ない町外れでその背から降ろされた。ここまで祭りの音楽が微かに聞こえてくる。チコリが待ちきれない様子でそわそわし始めた。
「俺のお供はここまで、森の中の行き来だけだ。町中にも危険はある。おいダリア、お前もガキだが今日ばかりはチコリの保護者だ、きちんと用心しろよ」
「分かってますよ」
「あっ、あっち、たくさんあかりがついてるよ! ねえダリア、はやくいこ!」
 堪えきれず、チコリは目を輝かせてダリアの手を引っ張り、駆け出した。ダリアが慌てて追いかける。二人はあっという間に祭りの雑踏に飲み込まれた。
「チィちゃん、人が多いから気を付けてくださいね」
「うん。ねえダリア、すごいね、たのしいね!」
 はしゃぐチコリの小さな手をはぐれないようにしっかり掴まえて、夜店の並んだ通りを歩く。二人とも、賑やかな祭りの様子にすっかり目を奪われていた。店先に並ぶ様々な食べ物は見た目にも色鮮やかで美しく、いい匂いが漂ってくる。異国の文化のものだろうか、初めて見る品物もたくさんあった。通りを彩る色とりどりの灯り。あちこちから聞こえる音楽や歌声、芸人が語る声、そして祭りを楽しむたくさんの人々の賑やかな笑い声。そこら中に色も音もあふれて、あまりの眩しさに目が回りそうだった。
「チィちゃん。何か欲しいもの、ありませんか」
「え?」
 きょとんとするチコリに、ダリアは笑いかける。
「初めての記念に、モナさんへのお土産だけじゃなくて、チィちゃんの欲しいものも何か買いましょう。モナさん、お小遣い多めにくれたみたいですし、私も少し持ってます。あんまりに高価なものは買えませんけど、好きなもの何でも選んでいいですよ」
「ほんと……!?」
 驚いてぽかんとするチコリに、ダリアはもう一度笑って頷いた。チコリはぐっと考え込み、それから改めて辺りの店をじっくりと見ながら歩き始める。迷うこと暫し、ひとつの店の前で足を止めた。
「ねえ、これなあに?」
 チコリが指差したのは、小さな細工物が並ぶ露店だった。染料を混ぜたのか色鮮やかなそれらは、表面はつるりとなめらかで、何か硬そうな素材で出来ているように見えた。透明に透き通っているものもある。動物や花や様々な形をしていて、尖った部分や細部まで丁寧に形作られている。
「これは、飴細工です」
「あめ?」
「お砂糖をあたためて固めて作ったお菓子を、こうして色々な形にするんです。見るだけでも綺麗ですよね」
「えっ、たべられるの!?」
 驚きに目を見開き、チコリは食い入るように飴細工を見つめる。そんな様子をにこにこと見守っていた店のおばさんが二人に声を掛けた。
「お嬢ちゃん、何か気に入ったものはある? 置いてある中になければ、今ここで大抵のものは作れるよ」
「そうなの?」
 チコリは並んでいる飴細工を真剣に見つめ、またしばらく考え込む。と、何かに気付いた様子でおばさんに尋ねた。
「あのね……これ、おうちにもってかえれる?」
「しばらくは溶けないから大丈夫よ。お母さんにお土産かい?」
「うん、おかあさんじゃないけど、おみやげ」
 チコリは振り向いてダリアの顔を見上げた。
「ダリア、チィこれがいい。みっつかえる?」
「買えますけど、三つ?」
「うん。チィのと、モナのと、ダリアの」
 チコリはそう言ってにっこり笑い、飴細工屋のおばさんの耳元に口を寄せ、小声で形を注文し始めた。

「モナ、ただいま! おみやげ!」
「お帰り、チィ、ダリア。ずいぶん楽しんできたみたいだね」
 真っ暗になった森を抜け、家に辿り着いた二人と一匹を、モナルダはいつもの居間で出迎えた。その目の前に、チコリは紙袋を突き出した。
「これは嬉しいね。開けていいかい?」
「うん!」
 袋から出てきたのは、鮮やかな大輪の多弁花だった。チコリのこぶしほどの大きさの、赤と黄と青の三色の花が、モナルダの手の上で咲く。
「これは……飴細工?」
「そう! チィと、モナと、ダリア!」
 モナルダもダリアも、何も言えずにただじっと透き通った細工の花を見ていた。
「……私も、どんな形か今まで知らなかったんです。チィちゃん、内緒だから後ろ向いててって、私にも教えてくれなくて」
 ダリアの声は少し震えていた。モナルダも目元が凍り付いたように花を凝視したまま、その肩が少しだけ震えていた。チコリは次第に不安そうに眉尻を下げ、あわあわと黙り込んでしまった二人の顔を交互に覗き込んだ。
「モナ? ダリア? どうしたの、だいじょうぶ?」
 二人は我に返り、顔を見合わせて噴き出した。モナルダはそっとチコリの前に膝をつき、優しく頭を撫でた。
「ありがとう、チィ。食べるのがもったいないくらい、とびっきりのお土産だよ」


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サークル名:緞帳と缶珈琲(URL
執筆者名:神無月愛

一言アピール
現代劇・時代劇・ファンタジー等ジャンル雑多に何でも読む&書く小説大好きマン。世界観設定に凝って裏設定が大量発生するタイプです。
テキレボ初参加な今回は女装男装集合企画にも参加します。作中登場人物たちは魔法とファンタジーの世界を描いた『はざまの森の魔法使い』にも出てきますので、興味があればそちらも是非!

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