「もろこし」

 地元の夏祭りで、自分たちの住んでいる町内会では、焼きトウモロコシの屋台を出すことになった。うちは祖父が畑仕事を趣味でしていたものだから、どこでトウモロコシを手に入れようかと話し合っていた時に、「うちにありますよ」と話したらとんとんと祖父の畑のトウモロコシを屋台に出そうという話になった。
「じいちゃん、いる?」
「なんだ?」
 実家に帰ると祖父はテレビを観ていた。
「あのね、町内会でトウモロコシ焼くことになって、それでじいちゃんの畑伝えたら、そこからトウモロコシ貰えないかなってことになったの」
「そうかい、持ってけ」
 祖父は強めの口調で答え、「ありがとう」と私は言って、持ってきたビニル袋とタオルなど持ち物に祖父の畑に向かった。畑は家から歩いて20分くらいかかる。埼玉の熊谷に近いところに実家はあるので、蒸し暑く、手持ちが重くなくても行くまでに疲れてしまい、これから作業するのかと私は少々滅入っていた。
ビニルハウスに入り、トウモロコシをもいで、袋に入れる。この単純作業であるが、汗が出て根気が要る。幾つか袋に入れて、暑さにまいってきたら持ってきたタオルで顔や首の回りを拭き取った。大学生の頃にも畑仕事をしたことがあったからこのくらいなんともないと思っていた。しかし、歳月は私を怠けさせ、単純な短い肉体労働でもすぐに飽きてくるのだった。それでも黙々とこの動作を繰り返しながら、ハウスの中のほどよい大きさのトウモロコシを袋に入れた。このくらいでいいだろうと思い、私は両手に二つのビニル袋を持ち上げて実家に帰ろうとした。
 ところが、畑から帰る時の沢山のトウモロコシの重さを考えていなく、徒歩20分くらいの道のりでずっと袋を持ち続けることができなかった。「重い」と私は言葉をもらした。ただ、重いだけならよかったのだが、このトウモロコシたちの重さが一丸となって私からビニル袋を引き離そうとするのだった。そのため、指に尋常じゃない引力が加わって指が痛くなり、長い間袋を持って歩き続けることができず、適度に休まないとならなかった。
「ちょっと、もう無理だ」
 何度か袋を持ち上げて歩き、置いて休んでを繰り返したが、まだ実家には遠かった。とはいえ、ここで引き返すわけにもいかなかった。家に帰って一輪車や車で運んでもらうという選択肢は思いついたが、そういう選択をするのは私が嫌だった。ああ、私は何をやっているのだろうと思えてきた。そして過去にも同じような暑さで同じように思ったことを思い出した。それは東北に一人旅をしたときだった。あまりにも観光するのに、気になるところが見当たらなかったので、観光名所とは違う方向をひたすら歩いたのだが、道が拡がるばかりで、途中のシャッターの閉まった自動車整備場で一休みした。疲れて傍に設置してあった自動販売機で缶ジュースを飲んだ時だった。私はここで何をしているのだ、そう、思った。ジュースの冷たさが私の疲れを癒して、シャッターに背中を合わせ座っていた。空があまりにも爽やかだった。あの時は、途中で引き返したと思った。それは別に諦めたことではないと今、私はふと思った。なぜならいつまでもこうしてはいられないからなのだ。引き返そうと先に進もうと私は停滞することを嫌がるのだろう。このあと、予定が入っているという理由は大きいかもしれないが、大事なことは歳月が進む中に私がふといることであって、特に必ずこれをやり遂げねばと目標を期間のなかで設定して達成することではないのだ。まったく、設定をしなくてもこのように達成すべき仕事が課されてしまう。よくわからないが、今の私の考えでは、たとえこの仕事を放棄しても明日私がケロッと「やっぱりできませんでした」と報告すればOKなのだろう。いや、違うのか。これら二つの事柄を同じ尺度で判断するのは危険かもしれない。止めておこう。運ぼう。
また、私は袋を担いで歩きながらふと思っていた。そういえば旅した帰りは東北の祭りの神楽踊りを観た気がするな。風が涼しく感じた夕方だった。旅は自分だけの行いだ。そしてこの仕事は色んな人との共同しての行いだ。だからやはり諦めるわけにはいかないのだ。なるほど、私は間違っていた。にしても重いな、ちくしょう。
そして、黙々と歩いては休んで汗を拭いてはまた歩き、やっと実家に着いた。
「爺ちゃん、帰ったよ」
「おう、トウモロコシ食え」
 そう言って皿に蒸したものを三分の一に切ったトウモロコシが置かれ、私は手に取って食べた。甘くて美味しかった。蒸した食材は素材の旨味が引き立てられて本当に美味しい。皿を見ると、綺麗に食べ終わっていたトウモロコシの芯が置いてあった。祖父はトウモロコシを一粒一粒ちぎって食べるから、食べ終わりが綺麗だったが、私は齧って食べるためか綺麗にはならなかった。その祖父の食べ終わったトウモロコシを見るのが私は好きで、自分はまだまだだなと思った。


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サークル名:蓮の咲くところ(URL
執筆者名:蓮井 遼

一言アピール
掌編と詩を書いています。海外文学と哲学が好きです。自分は御神輿が然程好きでなく、祭りは部屋でゆっくりしていますが、勝手に祭りの賑わいが聞こえてきます。この話はテーマで考えた時にふと思いつき書きました。

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