デカメロン祭り

「先生ー! 茨木いばらき先生ー! 待ってくださいよー!」
 二人の若い女が山の中を歩いている。胸の薄い女は軽快に進んでいくのに対し、連れの胸の大きい女はかなり遅れていた。
「遅いよ、北海きたみちゃん。そんな調子じゃ日が暮れちゃうよ」
「ふぇ~! 何でそんなに元気なんですかー!?」
「元気に決まっているでしょ! 遂に私のラブコールが届いたんだから!」
「ラブコールって……取材許可が下りただけじゃ」
「つべこべ言わず足を動かす! 本気で置いてくよ!」
「あぁ置いてかないでー!」

 日暮れ間近、茨木と北海は村に辿り着いた。茨木にもさすがに疲れの色が見え、北海は疲労困憊だった。
「ようこそおいでくださいました」
 二人を出迎えたのは妙齢の女だ。村の入口の門前に凛として立っていた。着物の上からでもわかるほど胸が大きかった。
瓜女うりめ村村長の隅本菊恵くまもときくえです」
「T大学文化人類学研究室准教授の茨木美鉾みほこです」
「お、同じく文化人類学研究室四年の、北海夕莉ゆりです……」
「あらあら、お二人ともお疲れの様で。今日はうちでゆっくりとお休みください」
 村は賑やかな雰囲気が漂っていた。大通りに出店が立ち並んでいることをはじめ、各家々の塀に紅白幕が張られていることから、それが窺えた。
 道行く人々を眺めながら、北海は呟く。
「本当に女性しかいないんですね」
 買い物籠を提げている者に、出店の準備に追われる者、リアカーで大荷物を運ぶ者に、元気に駆けまわる子ども……。老いも若きも、見かける者はすべて女だった。
「この村はその成り立ち故、今なお男子禁制を貫いております」
 二人の前を歩く隅本は振り返らずに言う。
「出稼ぎに出た者が子を授かって戻ってくることも多いのですが、不思議なことに、その子どもも必ず女の子なのですよ」
「不思議な話ですね」
「ですね。それに……」
 北海は村人たちの体のある部分を一通り見た後、茨木のその部分にも目をやった。
「どうかした?」
「いいえ、何でもないです」
 隅本宅に招かれた二人は、広い和室の畳に腰を下ろすと、思わず声を漏らした。
「間もなくお食事の用意ができますので、今しばらくお待ちください」
「あ、隅本さん」
 去り際の隅本を茨木が呼び止めた。
「明日の『瓜神祭うりがみさい』は何時頃から始まるのですか?」
「例年十一時ごろからですね。ただ係りの者たちは、九時には村の外れにある果蓮かれん神社に集まっております」
「その時から同行させて頂いてもよろしいでしょうか?」
「構いませんよ」
「ありがとうございます」
 隅本は会釈し、襖を閉めた。
「さぁ北海ちゃん、今のうちに明日の準備しておこうか」
「先生、瓜神祭ってなんですか?」
 茨木はずっこけた。
「何のためにここに来たと思っているの!」
「スミマセン!」
「瓜神祭っていうのは、この村で年に一回行われているお祭りだよ。豊穣祭の類らしいけど、瓜女村自体が未開の地同然だから、その実態はまだまるで知られてないわ。これを論文にまとめれば、私は学会から賞賛を受けるし、あなたも無事卒業できるよ――って、出発前から何度も言ったでしょ?」
「スミマセン……」
「ほら、機材やらの確認、もろもろ抜け目なくやっておくよ」
「はい!」

 翌朝、二人は果蓮神社にやって来た。境内の立札によれば、この村の創設者である果蓮尼かれんにという尼が祭られているという。
 神社には既に十名ほどの村人たちが集まっていた。幅広い年齢層だが、全員鯉口シャツや股引きといった、いわゆる祭衣装を纏っていた。
 その様子をハンディーカムで撮影しながら、北海は呟く。
「やっぱりみんな大きい」
「何か言った?」
「いいえ、何も」
 二人は祭りの一部始終を記録しようと、勇んで立ち会った。
 神官と巫女による降霊の儀から始まり、神様への祝詞のりとを読み上げ、神輿みこしを担いで村内を練り歩き等々……。最初は熱心に記録していた二人だったが、徐々にその熱は冷めていった。
「思っていた以上に普通のお祭りですね」
「何もかも由緒正しいというか、テンプレというか、ぶっちゃけ面白みがないね」
「私、卒業できますかね」
「ん~……」
 神輿はゆっくりとした進行し、昼下がり村の広場に到着した。そこには大勢の人だかりができていた。神輿が到着するとわかると、皆大いに盛り上がった。
 人だかりを抜けた先には、低くて広い舞台が組まれていた。大画面のテレビやスピーカーなどの機材もセッティングされている。
「催し物でもあるのでしょうか?」
「のど自慢大会とかは勘弁だよ」
 神輿は舞台の傍らの台座の上に一旦安置された。
 ほどなく二人の人物が舞台に上がった。一人は隈本、もう一人は妖艶な雰囲気の美女だった。
 美女は一礼をし、マイク越しに言う。
『お集まりの皆々様、大変長らくお待たせ致しました! ただ今より、第百回「瓜女神うりめがみ決定戦」の本戦を開催致します!』
 美女の挨拶で、村人はより一層盛り上がった。
「う、うりめがみ?」
「北海ちゃん! しっかり記録しておくんだよ!」
「は、はいっ!」
 二人の瞳に再び熱い炎が灯った。
『司会はわたくし、山県庄子やまがたしょうこ。そして解説及び主審はご存知、隈本村長です。どうぞよろしくお願い致します』
『よろしくお願いいたします。皆さん、大いに盛り上がりましょう』
『では早速参りましょう! 厳しい予選を勝ち抜き、記念すべき第百回大会の本戦に出場を決めた六名の選手の登場です!』
 盛大な拍手とともに、六人の女たちが舞台に上がった。見た目の年齢や佇まいに違いがあるものの、全員花も恥じらうような容姿且つ服がはち切れんばかりの胸の持ち主だった。
 山県は出場選手たちに順々にインタビューをした。そこに隈本が二言三言、期待と激励の言葉を投げかける。皆、謙遜気味な返答をしつつも、その表情からは自信の色が見え隠れしていた。
『選手紹介は以上となります。それではいよいよ審査に入ります!』
「審査ですって」
「水着審査でもやるのか?」
「あ、何か運ばれてきましたよ!」
「えっ、あれって……!」
 二人が目にしたもの、それは業務用のデジタル計量器だった。腰ほどの高さの台の上に乗った状態で運ばれてきた。さらに続いて運ばれてきた台の上には包丁とまな板が乗っていた。
はかりに包丁?」
「何が始まるんでしょう……」
『準備が整いました。では選手の皆さん、上半身裸になってください!』
「「え?」」
 山県の指示通り、選手たちは一斉に上の服を脱いだ。
「「えぇー!?」
 二人は目が飛び出でんばかりに驚愕した。
 女たちの服の下からメロンが現れた。たわわに実ったメロンが二つ、胸がある位置にあるのだ。ブラジャー等を着用していないにも関わらず、メロンが落下することはなかった。
「め、メロン!?」
「どうなっているんですか、あれ?!」
 二人の驚きを余所に、瓜女神決定戦は進行した。
 隈本はメロンを一つずつ丁寧に収穫した。そして重さ、見た目の美しさ、味などを審査し、手元のシートに記入していった。
 ちなみに収穫された選手たちの胸は、全員浅くへこんでいた。
『ではお集まりの皆さんにも、審査をお願いいたします。各選手のメロンを試食後、最もおいしいと思ったものに一票投票してください』
「投票ですって、どうしましょう」
「もちろん投票するよ! 人に寄生して育ったメロンの味をこの舌で確かめなきゃ!」
「先生、メロン大好きですもんね」
 人数の関係上、試食できるメロンのサイズは小指の爪ほどしかなかった。だがそれでも、六人のメロンすべてが極上の甘味と風味だった。
「こんなにおいしいメロン、生まれてはじめて!」
「おいしー! これらならいくらでも食べられちゃうかも~!」
 長考の末、二人はそれぞれ投票を終えた。
 投票締め切りから小一時間、審査結果が発表された。優勝は青杜美津あおもりみつという少女だった。彼女は大粒の涙を流しながら喜んだ。
 瓜女神決定戦が終了すると、祭り姿の村人たちは神輿を担ぎ、果蓮神社へと戻ってきた。その後隈本が、瓜女神決定戦の本戦出場者たちのもう一つのメロンを祭壇に奉納した。そして神官と巫女による祝詞と神楽かぐらによって、瓜神祭は締めくくられた。
「驚かれたでしょ?」
 隈本は茨木と北海に話し掛けた。
「えぇ、まさか胸でメロンを育てて、しかもそれがあんなにもおいしいだなんて」
「あのぉもしかして、この村の方々のオッパイは全部メロンなのですか?」
「十歳以上の者はそうですね。帰宅した人たちは今頃皆、自分たちでメロンを収穫していることでしょう」
「収穫したものは各家庭で食べるのですか?」
「はい、少なくとも五日はメロンづくしですね」
「五日……」
「羨ましい! 市場には流通していないんですか?」
「近くの村で開かれる市に出すことはありますが、町の方までは出回らないですね」
「そうですか……おしいなぁ……」
 茨木は肩を落とした。
 と、隈本が何かを閃き、ポン! と手を叩いた。
「せっかくですから、今晩は私のメロンをお食べになってください」
「えっ、よろしいのですか?!」
 隅本は含みのある笑みを浮かべた。
「今年の青杜さんには到底及ばないと思いますが、私も一応優勝経験者です。それなりの自身はあります。是非ご賞味ください」
「ありがとうございます!」
 その晩、茨木は隈本のメロンを一玉丸々間食した。そして翌日には“土産”まで貰って、意気揚々と村を去った。
 
「先生ー、待ってくださーい!」
「去年もそんな感じだったよね? 院生なんだからもっとシャンとしなよ」
「ふぇ~! 先生は何でそんなに元気なんですか~!」
「今日のために鍛えてきたからに決まってるじゃない! さぁ今年の優勝は私のものよー! ハッハッハー!」
「あぁ、だから待ってくださいってばー!」


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