線香花火

 ぼく、佐々木夜はその祭りに対して一つも期待していなかった。小さな町での催しだし、屋台の数も少ない。なにより生まれてこの方十年間、毎年参加しているのだから規模の程など知れている。
 だというのに幼馴染の河瀬三海はとても楽しそうにしていた。もう一人一緒に来ている矢先詩音が楽しそうなのはわからなくもない。詩音は普段は都会に住んでいるが、夏の間だけこの町の祖母に預けられる。だからいつもと違うことにわくわくしているのだろう。その証拠にぼくとおそろいの甚平から伸びた細い手足がせわしなく動き回っていた。
「詩音、落ち着きなよ」
「落ち着けないよ! お祭りだよ!? お・ま・つ・り!!! やりたいことがたくさんあるんだ」
「へえ」
 そんなぼくの返事が気に入らなかったのか詩音は頬を膨らませてこちらに向き直る。
「なんで夜はそんなにつまらなそうなの」
「ここのお祭りはなんにもないよ」
「そんなこと……あるけど」
「え」
 三海の言葉に詩音は顔をひきつらせる。だってそのとおりだ。なんだか楽しそうにしている三海が、ぼくの意見に同意しちゃうくらいなんにもない。
「ヨーヨー釣りは?」
「さすがにある」
「わたあめは?」
「微妙」
「微妙ってなに。りんご飴は?」
「ない」
「射的は?」
「ない」
 詩音の顔がどんどん悲しいものになっていく。こんな小さな町の小さな祭りに期待するほうが悪い。
 にしても、その現実を知っているはずの三海は意外と楽しそうなのはなぜだろう。
「三海は楽しそうだな」
「うん。楽しいよ。夜と詩音とお祭りに行けるのが嬉しい」
「去年も来てるだろ」
「詩音はいなかったでしょ」
 だから、と三海はにこにこした。
 本当は甚平を脱ぎ捨てて家でゆっくり風呂に入りたい。シャツとハーフパンツスタイルで寝っ転がってゲームとかしたい。
 でも浴衣姿の三海がここまで嬉しそうにしているなら付き合うのもやぶさかではない。それにそんな三海を見て詩音もちょっと持ち直したようだ。まあ、二人がにこにこしてくれているなら、当然ぼくもにこにこなのだった。

 そのにこにこはわずか五分でげんなりに変わった。お祭をやっている神社の入口でおっかない中学生に追い払われたのだ。
「なんなのあれ!」
「なんだったんだろうね」
「夜ももう少し怒ってよ」
「ああいう連中に怒るの虚しくない?」
「怒りはわかないけど悲しいなあ」
 憤慨する三海に悲しむ詩音。そしてため息をつくぼくである。
 三海が怒る気持ちもわかるので、とりあえず近所の中学校にクレームの電話を入れておいた。しかしそれですぐにお祭りに参加できるわけではない。むしろ中学生と先生が喧嘩になって、ますます入りづらくなるかもしれない。
「お祭り行きたかったな」
「泣くなよ詩音」
「そりゃ夜は楽しみにしてなかったかもしれないけどさ」
「そんなことないけど」
 三海はぼくが電話をしているのを見て溜飲が下がったのか、なにも言わなくなったが詩音はそうもいかないようだ。まあ、いろいろ楽しみにしていたところをあんな馬鹿そうな連中に邪魔をされたら悲しくもなるだろう。相手は中学生で体が大きくて、小学生のぼくらにはなにもできなかった。三海と詩音の手を引いてなんとか逃げ出せただけで行幸だ。
「まあまあ、夜のお陰で誰も怪我しなかったから……」
「そうだけどさ」
「それじゃあどこに行こう。神社の近くだとさっきの中学生がまだいるかもだし」
「とりあえず離れるか」
 ぼくは三海と詩音を連れて歩きだす。どちらに向かうかなんて考えていないけど、とにかく神社からは離れたほうがいいのだ。
 しばらく歩くと商店街に差し掛かった。祭りの日なのでほとんどのシャッターが降りている中、一件だけまだ閉店準備中の店があった。
「おや夜くん」
「こんばんは」
「こんばんは」
「三海ちゃんと……酒々井の婆さんとこのお孫さんだね。詩音ちゃんだっけ?」
「こんばんは」
 挨拶をすると店主は「お祭りは?」と不思議そうに首を傾げるので、事情を簡単に説明した。もちろん中学校に通報したことは言わない。
「ふうん、物騒だねえ。警察に連絡はしたかい?」
「いいえ」
「じゃあ後で駐在さんにでも報告しとくかね」
「ありがとうございます」
 親切な人だ。この小さな町の数少ないいいところなんだと思う。町人同士の距離が近い。
「それじゃあお祭りに行けなかったんだね。残念だ。う~~ん」
「?」
「代わりと言っちゃあなんだけど、これ持っていくかい?」
 そう言って差し出されたのは線香花火だった。それも安い外国製ではなく純日本製の高いやつである。
「そんなお金持ってないよ」
 三海がびっくりしたように首を振った。詩音はといえばそろそろと花火に手を伸ばしている。
「この高いやつは一人二本だけただであげるよ。もうじき湿気って駄目になっちゃうやつだからね。その分こっちの安い花火をお祭りで使うはずだったお金で買ってくれると嬉しいなあ」
 ちゃっかりした店主だ。それくらいでなくては、この寂れきった町ではやっていけないのかもしれない。
「じゃあ、それでお願いします」
「うんうん。夜くんは話が早いね」
「合理的だと思ったから」
 店主はからからと笑って花火を選ばせてくれた。夏も終りに近いのに花火の種類は豊富だった。売れ残りかなと思いながら聞くと夏の終わりだからこそ休み終わりに手軽に楽しめるようにと、この時期は花火を多めに揃えておくとのことだった。ぼくでは考えが及ばない大人の知恵がいろいろあるんだなと気付かされる。

 手持ちのお金で買えるだけの花火を買って、三海と詩音と三人で空き地に移動した。バケツは三海の家から持ってきた。
 花火に火をつけると、しゅーしゅーぱちぱちと音を立てて火花が飛び散る。三海は珍しく静かに花火を楽しんでいて、詩音の方はかすかに穂先を振っている。
「花火を振るなよ」
「火がちかちかしておもしろいから」
「珍しいもんでもないだろ」
「珍しいよ。うちの方だと花火売ってないし、できるところないし」
 そういうものなのだろうか。詩音とぼくとでは日常生活に対する感覚が全然違うことがあって、たまに困惑する。今も詩音の家がどんな場所にあるのか想像もできない。
「三海は静かだね。どうしたの」
「ん――……。夏も終わりだなって、しんみりしてる」
「三海がしんみりだって」
「ちょっと詩音、失礼な!」
 三海がぎろりと詩音を睨んだ。それでこそ、いつもの三海だ。しんみりなんて似合わない。
 ひと通りの花火を楽しんで、最後に例の線香花火が残った。そっと火をつけると、ぱちっと音がして火花がきらめく。
 ぼくまでしんみりした気分になりそうだった。
「夜?」
「うん?」
 三海が密かな声をかけてくる。同じようにこっそり返事をすると、穏やかな、でもちょっと悲しそうな声が聞こえた。
「来年も三人で花火したいな」
「できるよ」
「しにくる!」
 でっかい声で詩音が答えた。びっくりして三人で目を見合わせて、それからげらげら笑う。
 うん。しんみりよりこっちの方がいい。線香花火はひときわ大きく輝いて、やがてぽとりと地面に落ちた。


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サークル名:BANANA & WANI(URL
執筆者名:なっぱ(偽者)

一言アピール
少年少女の恋愛と友情を中心に現代小説を書いています。テキレボ初参戦ですので頑張りたいです。よろしくお願いします。

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