文化祭とアクセサリー
文化祭に自分はいない方がいいだろう。
沙耶はそう判断したし、仮にクラスメイトに訊いたなら彼らも同意しただろう。
幽霊が見えるという「巫女姫様」の沙耶のことを、クラスメイトは扱いをはかりかねている。ぶっちゃけると嫌われていた。幽霊が見えるのは事実なので仕方ない。
一応、準備は手伝おうとしたが、ものすごいしょうもないことをとりあえずやることを与えとけといった感じで、恐る恐る頼まれるのに嫌気がさし、用事があるからとばっくれるようになった。クラスメイトが「気にしないで」と安心したように笑ったのが印象的だ。
だから、当日も休むつもりだった。
「え、何言ってんの?! 文化祭デートしようよ!」
恋人であるところの堂本賢治がそう言ってくるまでは。
「憧れじゃん! 高校生活の!」
「文化祭に私となんかと歩いてたら、また変な噂されるよ?」
みんなの人気者、ムードメーカーでバスケ部エースの賢治と、対極の存在である沙耶が付き合っていること自体が周りからみたら疑問なのだ。沙耶が怪しい呪いで交際を始めた、なんていう噂まであった。
「周りがなんと言おうとどうでもいい。俺は、沙耶と文化祭を回りたいんだよ」
いつもへらへらしている彼の真剣な顔に、言葉につまる。そんな風に言われて嫌だとは言えない。
「……うん」
むしろ、嬉しいぐらいなのだから。
幽霊が見えるとか、龍が憑いているとか、そういう自分の事情を知った上で、好きでいてくれる。彼のことは本当に大切で、彼が願うことならば叶えたい。
「じゃあ、行く」
言うと、賢治は嬉しそうに笑った。
とはいえ、やっぱり当日クラスに居場所がなかったわけだが。
クラスの出し物であるお化け屋敷の店番当番に自分の名前はなく、沙耶が来ていることを確認した代表が、慌てて追加していた。
お化け屋敷の中で俯いて客を迎える幽霊の役を二時間やった。
「巫女姫様が幽霊役ってマジ出るんじゃ……」
誰かがそんなことを言い出して、ちょっとだけお化け屋敷は賑わったので、役に立ったということにしよう。
実際、お化け屋敷にはリアル幽霊が出入りしていた。怖いものではなく、
『沙耶のねーちゃんが、来るなんて意外だなー。カレシに言われたのかー??』
沙耶の横をけらけら笑いながらついてくる、ちぃちゃんだが。小学生ぐらいの外見で制服を着ているちぃちゃんは、いわゆる学校の幽霊だ。悪戯好きで色々やっているが、人に害をなすものではないから放置している。
店番を終えると、屋上へ向かう。屋上へと続く階段は立ち入り禁止の張り紙がしていたが、無視して通り抜けた。踊り場を曲がり、屋上の扉の少し前で階段に腰をおろす。
「疲れた」
人が多いところは苦手だ。
『おつかれさん』
隣に座ったちぃちゃんが笑う。
『賢治と約束してんの?』
「そう。じゃないと来ない」
『だろうなぁー』
ケータイを横に置くと、持ってきた文庫本を開く。
『連絡あるまでここで待つわけ?』
「人も来ないし、ちょうどいいでしょ?」
『文化祭なのにー。見て回ればいいじゃん』
「いいよ。そういうの」
『まあ、沙耶のねーちゃんはそういうタイプだろうなぁー』
楽しいことが大好きな幽霊が苦笑する。
「ちぃちゃんは見て回りたいんでしょ? 行って来なよ。あたしはここにいる」
『じゃあ、巡ってこよう。またあとで』
片手を上げてそう告げ、ふわふわと飛んで行った。
それを見送ると、ちょっと悩んでから服の中にしまっていたネックレスを取り出す。お揃いと賢治にプレゼントされたものだ。普段は見えないようにしているが、
「まあ、文化祭だからね」
なんだかんだで自分もお祭りで浮足だっている。小さく言い訳して、服の外に出した。
しばらく黙々と本を読んでいたが、
「あ」
誰かの声に、顔をあげた。小学校低学年ぐらいの人間の男の子が立っていた。
「迷子? 立ち入り禁止って書いてあったでしょ?」
自分も立ち入っていることを棚に上げて言うと、男の子は近づきながら、
「迷子じゃないよ。あのね、光がきらきらしてたのが気になったの」
「光?」
覚えのないことに首を傾げると、
「あ、それだ」
指を指される。首からかけたネックレス。
そっと持ち上げると、確かに光った。窓から入ってきた光を反射し、壁に光が当たる。
「そっか、うまい具合に光が当たって、反射しちゃうのか」
たまたまこの少年だったからいいが、生徒指導部の加島先生などにバレたらやっかいだ。もう一度ネックレスを制服の下にしまった。慣れないことはやっぱりしない方がいい。できれば見えるところにつけておきたかった。少し残念だ。
「ねえ、君。ここは立ち入り禁止だから戻ったほうがいいよ。お父さんとかお母さんは?」
「お母さんは立ち話してて、あとね、みやびがいるの」
みやびは、おそらく彼の姉の名前だろう。しかし、全然事態の解決に役に立たない。小さい子の扱いには慣れてないし、どうしようかと思っていると、
「ねぇ、おねえさんはこんなところで何してるの? ぶんかさい、しなくていいの?」
無邪気にそんな質問を投げかけられた。
「あたしは……、いいの」
文化祭を楽しむというのがどういうことなのか、沙耶にはイマイチよくわからない。
「さみしくないの?」
「大丈夫」
一人を寂しいと思うのは、恵まれた人間の感想だ。
沙耶の返答に、少年は何かを言いかけ、
「龍一!!」
階段の下から聞こえた怒声に、
「ひっ」
思わずと言った調子で、悲鳴をあげた。
「どこいったの!」
怯えたように階段の下を見る。その態度は可愛い。思わずクスリと微笑んでから、
「君が龍一君ね? 探してるのはお姉さんかしら?」
問いかけると、
「うん」
低いテンションで少年は答えた。
「はやく行ったほうがいいよ。心配してる」
「怒ってるんだよぉ」
不満そうに唇を尖らせる。
「怒ってるけど、心配してるよ」
ほら、と続けると少年は階段を二、三歩降りた。それから振り返り、
「ねぇ、でもおねえさん、また一人になっちゃうよ?」
心配そうな顔をする。家族に愛されているのだろう。見ず知らずの沙耶の心配までしてくれる。いい子だなとも思うし、少しうっとうしいなとも思う。
「大丈夫だよ」
「でも……」
「龍一っ!」
「うっ」
追加の怒声に、少年が泣きそうな顔になる。
そばに置いたケータイが震え、賢治から「今どこ?」のメールを受信していた。それに少し微笑むと、
「あたしのお迎えも来るから、大丈夫」
「一人じゃない?」
「ええ」
「そっか」
答えると、少年は安心したように笑った。
「じゃあ、またね、お姉さん」
手を振ってくるから、
「ばいばい」
こちらも小さく手を振り返す。少年は、ぱたぱたと階段を駆け下りて言った。
しばらく後に、
「なんであんたは勝手にふらふらするの!」
なんていう怒鳴り声が聞こえてきて、思わず笑った。
「さて」
立ち上がると、賢治に電話をかける。一人じゃ無いから、少しは文化祭が楽しめるだろう。
賢治と合流して、学校内をまわる。
「沙耶ー、どこ行くー? 俺、ワッフル食べたい」
「ワッフル? どこ?」
人が多いのはうんざりするけれども、やっぱり彼と一緒だと楽しめる。
「龍一、お化け屋敷行こうか。怖いから嫌だ?」
「怖くない!」
途中でさっきの少年とすれ違った。母親と姉と一緒だった。彼も楽しんでいるようで、安心した。
「沙耶、何よそ見してんの? ほら」
右手を掴まれる。
「迷子になるよ」
ちょっと照れたように賢治が言う。普段は学校内で手をつなぐなんて考えられないけど、
「うん」
お祭りだから特別、と自分に言い訳して手を握り返した。
※※
「あ、文化祭かぁ」
スーパーからの帰り道、母校の前を通りかかった龍一は声を上げた。
「ホントだ」
隣を歩いていた沙耶も呟く。道理で日曜日なのに賑やかだと思った。
年が離れているので、在校期間も全く被らないが二人共同じ高校の出身だ。
「行きたいけど、これじゃあなぁ」
龍一が片手に持ったスーパーの袋に苦笑する。
「一回家に荷物置いてから、また来る?」
あまりにも残念そうな顔をするから、そう尋ねると、
「うーん、時間的に終わりそうだよね」
やっぱり残念そうに言われた。
「そっか……、じゃあまた来年」
ちょっとためらってそう提案すると、
「そうだね」
当たり前のように頷かれた。
いまひとつ、一年先とかの未来の約束をすることは苦手だ。守れるかどうか、自信がなくて。それでも、龍一は自然と受け入れてくれる。
「そういえば、雅が三年の時に行ったんだよね、文化祭」
「義姉さんの?」
「その時、沙耶、一年でしょ? どっかで会ってたり……あー、でも、ちゃんと出てた?」
苦笑しながら問われる。
文化祭の記憶は、残念ながらない。憑いている龍に喰われてしまった記憶の一つだろう。だけど、忘れてしまったことに悲観的にはならない。それは龍一と付き合いだしてから決めたことだ。
思い出は、いつでも追加できる。
あと、文化祭については覚えてないと言えども、
「多分、さぼってた。行ったとしても」
張り切って参加していた自分が想像できない。
「だよねー」
それは龍一も同じだったのだろう。あっさりと同調された。
「俺も小学生の時のことなんて覚えてないけど。一個覚えてるのは、なんか雅にめちゃめちゃ怒られたことかなぁ」
「何したの?」
「いやぁ、そこは覚えてないんだけど。すっげー怖かったのは覚えてる」
なんでだっけなー、と龍一が首を傾げる。
その左手で、自分がつけているのと同じ指輪がきらりと光った。つけるようになって三ヶ月の結婚指輪。
高校時代のことはあまり覚えていないし、覚えていてもいい思い出はあまりない。そんな自分に結婚指輪をつける未来がやってくるとは思わなかった。
そんなことを思っていると、
「沙耶」
名前を呼ばれ、右手を握られる。ちょっと驚いたけれども、素直に握り返した。
文化祭の喧騒が遠ざかっていく。
「次の日曜はどっか行こう」
そんな話をしながら、二人の家に向かう。
もしかしたらいつか、この手のことも忘れてしまう日が来るかもしれない。それでもちゃんと向き合おう。彼となら大丈夫なはずだから。
そう思いながら、握った左手の指輪をそっと指先で撫でた。
サークル名:人生は緑色(URL)
執筆者名:小高堅子一言アピール
鳥と怪異と特撮ヒーローが好きな一番ノリな人の公募用PNです。参加権ブースで2と知ってまたやってきました。ちょっと恥ずかしいので名前を別のにしてみましたが、これもまた私なのです。ゴーストバスターする恋愛もの『調律師』の後日談的なお話。テキレボ的に言うと、300字ポスカにでてくるいつもの二人です。