踊り、踊って、踊らぬ仲

「これは驚いた」
 ブラトー男爵が魔法科の教室へ足を踏み入れると、たちどころにふさふさの立派なたてがみが顔のまわりに現れ、鏡に映るのは紛れもなく獣頭の自分の姿だった。
「ようこそ魔法科の仮装舞踏会へ」
 そのまま奥へと招き入れられれば、壁と言わず天井と言わず色とりどりの光がくるくる動いている。獣頭になっても視界はいつもと変わらない。ただ見慣れない鼻の頭が入り込むほかは。
「これが全部魔法なのかね」
 隣で案内をつとめる妖精風の娘に尋ねた。
「はい、光演出担当の生徒が室内に大小さまざまな光を生み出し、それを維持しながら動かしています」
「君たちの仮装も?」
「私たちは文化祭の間ずっと仮装しているのでほとんど手作りしています。この光る羽は魔法ですけど。お客様の姿を変えたのは、仮装担当の生徒の魔法です」
「なるほど、よくできている」
 ブラトー男爵は満足して頷く。室内には他にも怪物の頭になった者、死神のような不気味な装束の者など様々な参加者の姿があり、その間を仮装した生徒たちが動き回っていた。
 普通の教室を少々飾り付けて魔法で演出しているだけの会場は、本物の舞踏会とは比ぶべくもない。それでも男爵のような客たちが興味を持って生徒に説明を求め、感心しているのは、これが高等士官学校で年に一度の学習成果発表の場であり、彼らは客であると同時に生徒たちの保護者でもあるからだ。
 文化祭は、大事に育てた娘や息子がどのような環境で何を学んでいるかを知る貴重な機会だった。保護者などの関係者のみが招待される。
 生徒は裏方で飲み物やつまみの用意をしたり舞踏会の演出を魔法で制御したり、あるいは自ら仮装して室内で給仕や案内をし、ときには一人で訪れる客の相手役を務める。
「エマ、交代」
「はい先輩」
 妖精娘の声に応えて、裏方の控室からきらびやかな宮廷貴族令嬢風の仮装をした生徒が出てきた。明るい色の長髪は結い上げて花やら宝石やらをこれでもかと挿し、目元は舞踏会用の仮面で隠し、体の線が目立たない絶妙な縦長のドレスを身に着けた姿には存在感がある。小柄な妖精娘に並んで立つと、すらりとした長身が際立った。
「エマ、笑顔えがお」
 指摘を受けてにこりと微笑む唇には若々しい色の紅をさし、顔全体に白粉を叩き込んでいる。
「いやー羨ましいくらい素敵なドレスだよね、それ」
「よかったら先輩にお譲りしますよ」
「エマにしか似合わないよ。贈り主はエマのことよく分かってる。エマも、よく女装に協力してくれたね」
 持ち上げた口角が引きつらないようにエマニエルは耐えた。
「魔法科の、ためですから」
 やりたくもない女装のため不本意ながら頼った身元保証人は、すぐさま新品の衣装一式を送ってくれた。エマニエルのために特別に仕立てただとか、都で一番人気の職人に作らせただとか、どうでもよい話が代筆屋の綺麗な文字で添え状に綴られており、物を贈り慣れているのが伝わってきた。
「その人が今来てるから、お礼を言っておいで」
 背中をトンッと叩かれたはずみで裏方の仕切りから飛び出すと、獣頭の紳士と鉢合わせする。
「ほう! エマニエル、よく似合うじゃないか!」
 嬉しそうな声で近づいてくる男の表情が獣頭の仮装のおかげで見えないのは幸いだった。
「ブラトー男爵」
「贈った甲斐がある。さあ、1曲踊ってくれるんだろう?」
 なれなれしく肩に回してくる手の嫌な感触に耐える。有無を言わさぬ勢いで部屋の真ん中へ引っ張り出されたエマニエルは、つっけんどんに礼を言った。
「おかげで魔法科の皆に迷惑をかけずに済みました。ありがとうございます」
「可愛い息子のためだ」
「私は」お前の息子になったおぼえなどない。その言葉を飲み込んで、エマニエルは踊りの間中ずっと無言を通した。この学校に通えているのも、こうして学校行事をつつがなくこなせるのも、金で爵位を買ったとまで囁かれるほど裕福な身元保証人がいればこそ。少なくとも無事卒業するまでは、エマニエルにとって必要な身の上だった。曲が終わると、エマニエルはこれで務めは果たしたとばかりにブラトー男爵を強引に帰らせた。別れの言葉はかけなかった。
 そのまま控室へ戻ろうとしたが、聞き覚えがある別の声に足を止める。
「うわっすごいな」
 友人だと思って振り向くと、そこに居たのは一対の角を頭に生やした獣顔の男子生徒だった。エマニエルはいぶかしげに眼を細める。
「キサラギか?」
 角頭の生徒は頷いて、角をさする。
「ああ。魔法科の出し物は派手で面白いな」
 見られたくない相手に嫌な場面を見られてしまった。エマニエルはこの友人も追い返しにかかる。
「お前は武術科の仕事があるだろう」
「俺は模擬戦の対戦役で、午後の当番だから今は非番。それにしても、へーえ」
 友人の姿を上から下まで眺めて、キサラギは素直な感想を言おうとしたが、エマニエルの方が早かった。
「感想は不要だ。お前、いいか、」ドレスの裾をたくし上げ、角頭のキサラギへ詰め寄る。「サイアッドには言うなよ」
「サイは喜ぶぞ、こんなに綺麗に女装してるエマの姿を見たら」
「あいつを喜ばせてどうする。だいたい私が女装しなくても女子生徒はほかに居るのに、どうして──」
「先輩だろ? わかるぜ、俺も武術科じゃ似たようなもんだ」
 エマニエルはぐっと唇をかむ。
 さかのぼること2ヶ月前。魔法科の今年の出し物が『仮装舞踏会』というのは、話し合いの最初ですんなり決まった。役割分担も、各自得意なものに立候補し、順調に埋まっていった。エマニエルは光魔法の制御に挙手したが、そこで教室内から異論が出された。
「男性客の相手役が足りない、女装ができそうな者には女装してもらう方がよい」
 専科には2年から入るが、2、3年生が合同で編成される。こうした専科単位での話し合いはもっぱら上級生が仕切るので、まだ2年に進級したばかりのエマニエルは立場が弱い。気が付けば「衣装は親戚や友達から借りても良いので、自分で調達すること」という難題まで課されていた。
 そこまで話を聞いたキサラギが、ぽんとエマニエルの肩を叩く。
「そりゃ、しょうがない。おまけに先輩方の見立ても間違っちゃいない」
 キサラギはこの部屋に通されたときから気付いていた。エマニエルの、おそらくは幼少の頃から身体に染みついた作法。
「外見だけの話じゃなく、身のこなしが違うんだよ。しっかり淑女の立ち居振る舞いができてるぜ」
 エマニエルはカッとなって殴り掛かったが、それをキサラギは片手で受け止めた。ぱしんと乾いた音が響く。
「ところで残念なお知らせだ」
 肩をすくめてキサラギが言う。
「サイだけど、実はもう来てる」
「なんだと」
「一緒に来たんだ。入口で順番に魔法をかけてもらって、一人ずつ案内されたから──」
 後ろの垂れ布を指すと同時に、男子生徒が入ってきた。
 現れたのは、魚だった。制服部分は人間に見えるが、首から上には魚の頭があり、袖から出ているはずの手はヒレになっている。
「驚いたな、まさか自分がこんな姿になるとは」
 言葉にあわせて魚の口がパクパクと動く。
 魚頭と角頭がしばし無言で見つめ合い、お互いが何者かを納得した。
「面白い仮装になったな、サイ。こっちはエマだ」
 サイアッドは直立不動のまま、魚の眼で瞬き一つせずにその貴族娘の姿を凝視した。口は半開きのまま言葉がない。
「……ようこそ二人とも、魔法科の仮装舞踏会へ」
 エマニエルは自棄になって笑顔を浮かべた。我に返ったサイアッドが、格式ばった舞踏会さながらに礼を返す。魚のヒレでエマニエルの手をぺたりと取ると、部屋の中ほどへ滑らかに移動した。
 生粋の貴族だな、と感心しながらエマニエルは女性側の立ち位置で相手の肩に反対の手をのせる。二人は音楽にあわせてゆったりと踊り始めた。
「宮廷の貴婦人と魚の踊りか。二度と見られない組み合わせだなぁ」
 キサラギは適当に受け取った飲み物をちびちびやりながら、面白がって眺める。飲み物の杯を口元へ近づけると、器が獣頭をすり抜けて本来の自分の口に触れるのがわかった。
 間もなく戻ってきたサイアッドは、片手で胸を押さえ、ふらついていた。
「どうした、もう疲れたのか?」
「いや、大丈夫だ……いや大丈夫じゃないな……だめだ、動悸が」
 それでも魚の頭はまったく表情を読み取らせない。
「キサラギ、すまないが私は先に外に出ているよ、ちょっと頭を冷やしてくる。君はゆっくり楽しんできてくれ」
 エマニエルにも短く礼を告げると、魚はヒレをひらはらさせながら出口の方へよろめいて行った。
 黙って見送るエマニエルに、キサラギは非難のまなざしを向ける。
「エマ、お前またサイをからかっただろう。ちゃんと女装だって言ってやれよ」
 エマニエルは鼻で笑った。
「気付かない方が馬鹿だ」
「あいつがお前のことを女だと信じて疑わない理由、知ってるか?」
 信じているだけでなく、どう見ても惚れているのだが、それは黙っておく。
「小さい頃に会ったお前がものすごい美少女だったから、らしいぞ」
「ありえない。私はこの学校に入るまでずっと娼館の街から外に出たことなんてないし、サイアッドがその年齢であの街に足を踏み入れるはずもない」
 エマニエルはきっぱりと否定したが、キサラギは首を横に振った。
「サイは絶対に間違いないって確信してたから、さぞかし印象的な出会いだったんだろう。まさかお前が覚えていないとはな」
 キサラギの言葉に、エマニエルは表情を歪める。
「お前がそれを言うのか。入学してから3ヶ月もの間、私のことなどすっかり忘れて無視していたお前が?」
 痛いところを突かれたキサラギは、咳払いで話を打ち切った。
「あー、そろそろ俺も武術科の仕事に戻らないとな」
 逃げるように出口へと向かう後姿に、エマニエルは聞こえない声でぽつりと吐き捨てた。
「……お前も1曲くらい踊っていけよ」


Webanthcircle
サークル名:えすたし庵(URL
執筆者名:呉葉

一言アピール
竜と人&字書きと絵描きの豪華コラボアンソロジー「心にいつも竜を」略して「#ここドラ」もどうぞよろしくお願いいたします! 詳しくはツイッターで!(※宣伝)

<前回のアンソロ「嘘」も読んでくださった方へ>
おそまつ様です。ご愛読ありがとうございます。ブラトー男爵は面食いです。

Webanthimp

この作品の感想で一番多いのは楽しい☆です!
この作品を読んでどう感じたか押してね♡ 「よいお手紙だった」と思ったら「受取完了!」でお願いします!
  • 楽しい☆ 
  • 受取完了! 
  • 胸熱! 
  • しみじみ 
  • ほっこり 
  • かわゆい! 
  • ドキドキ 
  • 泣ける 
  • ほのぼの 
  • しんみり… 
  • 尊い… 
  • そう来たか 
  • エモい~~ 
  • この本が欲しい! 
  • うきうき♡ 
  • ゾクゾク 
  • キュン♡ 
  • 笑った 
  • 切ない 
  • ごちそうさまでした 
  • 怖い… 
  • ロマンチック 
  • 感動! 

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です

このサイトはスパムを低減するために Akismet を使っています。コメントデータの処理方法の詳細はこちらをご覧ください