SIDE TWO TONE GIRL いつもと違う相棒探し
伏した青年の体の下から、透明な液体がこぼれ出て、水たまりを作っていく。
それが色を喪った血液であることを、私はよく知っている。取り返しのつかないほど流れ出てしまっていることも分かっている。
「まだ、まだ助けられた。何か手はあったはず」
「いいや」
呆然とした私の言葉を、そばかすの浮いた少年は冷たい顔で否定する。
「あなただって、生きて帰ってきたんじゃない……」
「俺だって生きちゃいないよ。死んでないだけだ。
あんたは自分の満足のために、他人を危険にさらすのか?」
答えられない。私はただ、死んでほしくなかっただけだ。助けられると思っていただけだ。
それに、彼だって。
けれど私は、屍のそばで膝をついていることしかできたなかった。
「……ごめん」
そう言って、もともと下がり気味の眉をさらに申し訳なさそうに下げ、
謝られるようなことをされたわけではないのだが、私よりもずっと華奢な――うっかりしていると、中等部の女の子にさえ見える――彼にそこまで恐縮されると、逆に私が悪いことをしたような気分になってくる。
私はかぶりを振って、手の中の石へ目を落とした。つるりとした白いその石は、組む相手を見つければ、その相手の
「いえ、すでに相手が決まっているなら仕方がありませんから。他を当たってみます。お時間取らせてすみません、鵤万先輩」
「うん……ああ、いや」
あいまいな顔で頷いたあと、鵤万先輩は慌てて首を横に振る。細い手指を落ち着かなげに組んで、彼は大きな青い目を彷徨わせ、
「一年生の相手探しってやっぱり大変だよね。俺も去年は苦労したよ。
特に奉納祭は、他とは選定基準が違うから……」
頷き、私は辺りへ目を向ける。大校舎の一棟と二棟の間に位置する煉瓦広場では、昼休みを利用して、私と同じように相方探しに奔走している生徒たちの姿が何人も見られた。
――ニブリ学園は、
生徒たちは卒業までの間、勉学や訓練に励む一方で、死が分かつまで共にいるとも言われる、生涯のパートナーを探すことになる。
そうした性質から、学園は生徒たちに積極的な相棒探しを奨励する一方で、様々なマッチングの施策を講じていた。二人一組で臨む授業や、全校生徒の顔と名前を一致させるペーパーテストなどがその典型だ。年に一度の奉納祭も、いちおう神事の形はとっているものの、やはり相棒選びの色が濃い。
かつて天から落ち、大地を飴のように切り裂きながら地の底へと堕ちて行った神剣、アマノタチキリ。
ニブリの名は、その剣の切れ味をまじないによって鈍らせ、アキツの本島がふたつに割れるのを防いだという物語に由来している。
奉納祭はその故事に則り、
「今年はね、楽だったんだけど。それはそれでね。申し込み相手が一年生からばっかりでさ。君もだけど」
困ったように笑って、鵤万先輩は首を竦める。こちらの表情をうかがうような気弱な視線だ。
双神官という職能の特性上、学園行事はそのほとんどが戦いに紐づいている。奉納祭の演舞も要は模擬戦で、決められたいくつかの所作はあるが、それ以外は一対一の実力勝負だ。
鵤万先輩の言った通り、学園における他のイベントは、どれも自分と相性のいい相手とペアを組み、他のペアと競争をすることがほとんどだ。それがこの奉納祭だけは、自分と同程度の実力を持っている相手であることが条件として設定されている。確かに、下級生に人気というのは、実力を評価されていないという意味にもとれる。
「鵤万先輩は、話しかけやすいんだと思いますよ」
「そうかなあ、だって気兼ねなく殴れるってことでしょ?
リューベック先生だって、いい機会だから仲が悪い奴と拳で殴り合って分かり合え、みたいなこと言ってたし」
「それは話半分に聞いといた方がいいですよ……」
「でも、青野だって
「青野先輩は小野々先輩にはいつも突っかかってるし、小野々先輩もそれを面白がってます。それに、小野々先輩と同等って言ったら、青野先輩かリューベック教諭ぐらいしかいないでしょ。教師は不参加だから……
好江姉弟だって二人とも
パットが先輩のことを嫌ってるかは、ちょっと分からないですね。本人に聞いてみないと」
「う~ん、ありがとう。赤城はそういうとこだよな~。気休めでもいいから大丈夫ですよって言ってほしかったな~」
鵤万先輩は頭を抱えた。頭を抱えたいのは私も同じだ。アテがさっそく一つ潰れてしまった。鵤万先輩もパットも、やはり後方からの術撃に秀でた
しかし、嘆いていても仕方がない。奉納祭までそれほど時間が残っているわけではないのだから、すぐに次を当たらなければ。
「……鵤万先輩、そろそろ」
「うん、赤城も頑張って……」
疲れた口調で手を振る苦悩の鵤万先輩を背にして、私は広場に敷かれた赤い煉瓦の上をとぼとぼと歩き始めた。
放課後、噴水の縁に腰かけて、私は大きくため息をついている。
煉瓦広場には午後の穏やかな日差しが降り注いでいる。すでに相方を見つけた生徒同士が、基本の型を合わせたり、石の色を確認し合ったりしていた。ついつい、恨めしげな目で見てしまう。
私はポケットから石を取り出し、そのつるりと白い表面を見つめた。
生徒全員に配布されたその石は、儀式を盛り上げるためのギミックに過ぎないのだろうが、今の私にとってはひどい重石に感じられる。
パートナーが決まると、相手の
私は再びため息をついた。
パートナー探しが難航しているのは、きっと私の後ろめたさが影響している。私は互角である以上に、『黙っていてくれる』人を探しているからだ。
「……仲が悪い奴を選べたらよかったんだけど」
つぶやいて、私はかぶりを振る。言葉とともに思い浮かんだ顔を、頭の中から打ち消したかった。助けられなかった人の顔をも、記憶から引きずり出すから。
それに彼とは、仲が悪いというのとは少し違う気がしていた……醒めた彼の顔を思い出す。倒れた体の下から流れ出る、透明な血……
「赤城さん」
かかった声に顔を上げる。
悪い夢のようなあの光景を構成していたひとりが、そこに立っていた。
「……信濃くん」
のんびりとした顔にそばかすの浮いた、その少年の名を呼んで、私は石を隠すように握り込む。気まずさが喉元から鳩尾の辺りに凝り、すぐにも立ち去りたい気分だった。
「いや、久しぶりに顔見たから……元気?」
信濃の困った顔を見て、私は慌てて視線を下げる。知らず睨んでいたのかも知れない。そうでなくても、私は目つきが良くない。
「元気よ、大丈夫」
よかった、と信濃は硬い声で言った。気まずいのはお互い様なのだろうか。あの場では彼は冷然として、そういう感情なんてないように見えた。
「奉納祭のパートナーって、もう決まってる?」
「……いいえ」
少し考えたのち、私は正直にそう言って手の中の石を見せた。すぐに握り込み、信濃を見上げる。
「悪いけれど、あなたとパートナーになるつもりは、私……」
「俺だってあんたと組むのは嫌だよ。でも今回は組むって言っても演舞の相手だろ。ちょうどわだかまりもあるし」
「あなたもリューベック先生の話、真に受けてるの――」
「それに、俺も組める人が少ないんだ。赤城さんと違って、俺のはオープンだけど」
信濃がこちらに手を差し出す。その掌の上の白い石を見つめて、私は沈黙した。
この国にはふたつの不吉なものがある。心のふたつあるものと心のないもの。
……この場には、そのふたつが揃っている。
「あなたを本気で殴らない自信がない」
「俺だって本気でやるさ。演舞ってそう言うことだ。それで仲直りできるとはとても思えないけどな」
「それは同意する……」
気は進まないが、彼の言う通り私には組める相手が少ない。あてどなく探し回るよりは、彼と組んでしまった方がいいのは確かだ。
私は頷いた。
「分かった。……でも、一つ条件がある」
「いいよ。何?」
「私が演舞で勝ったら撤回して。あなたはちゃんと生きてるって」
信濃は虚を突かれた顔をした。私は石を相手に見せたまま、答えを待つ。
「……オーケー」
信濃はたっぷり迷った後、結局頷いた。
「でも、勝ったらだ。その石の色が変わるのを見たら、その条件も撤回したくなるかも」
「ないわよ。どうなるかは分かってる。
いいわよ、組みましょう。『赤城ヤシマは奉納祭の演舞を信濃ヤマトと』」
「『信濃ヤマトは奉納祭の相手を赤城ヤシマと』」
信濃の持つ石が紫と黒の二色に染まるのから目をそらし、私は手の中の石に目を落とす。
石は、白色が失せて透明になっていた。光りさえしない。
……失われた。透明な血。
私は石を握りこんだ。
「助かったよ、赤城さん。当日はどうぞよろしく」
信濃はホッとした顔で、用は済んだとばかりに背を向けて去っていく。
「ええ、よろしく――」
それをじっと見送ってから、私は大きくため息をついた。
――奉納祭は、もうすぐだ。
サークル名:イヌノフグリ(URL)
執筆者名:ω一言アピール
秋には出ない予定のお話です。『ダブルオラクル』は赤城ヤシマと信濃ヤマトをそれぞれ主人公とした学園ファンタジーの予定です。
イヌノフグリでは、探偵がバラバラになる本と、オネエが主人公のロボットバトル小説で参加予定です。