表側の大学祭

「最初の挨拶の後パレード一周。そこから投票タイムの間のステージ企画と順位発表、表彰まで通しで壇上って感じですね」
 電話の向こうで学祭実行委員長は早口に言った。
「あの、それって何時間ぐらいなん?」
「三時間半くらいですかね?」
「それ、ぶっ通しで出るん?」
「コバさんなら余裕ですよね!」
 余裕じゃないです、全然余裕じゃないです。
 しかし、先輩は時として無理を押しても後輩には格好をつけねばならぬ。
 声が裏返らないか冷や冷やしながら、精一杯強がってみせて。
「お、おう、任せとき!」
「じゃあ来週、よろしくお願いしますね!」
 まったく、大学生の発想は恐ろしい。

   *

 一部始終を聞いた夏目祐治郎は片目を細めた。
「なんでそんなの受けたんだ」
「後輩に頼まれたら断られへんやんか」
 請け負ったのはデザイン周りだけだったのだが、一日目だけ人手が足らないというので手伝ってやることにしたのだ。当日の音響を引き受けたつもりが、ちょっと認識がずれていた。
 まさか着ぐるみの中の人をやらされるとは。
 着ぐるみの連続着用時間は素人なら三十分が限界。体力に自信があれど、三時間半は間違いなくバテる。
「多少仕事は選べよ」
「いやあ、食えるかどうかの瀬戸際で金積まれたらなあ」
「金で受けたらやるしかないだろ」
「はっはー……そうなんよなあ」
 天月市立天月国際大学は今年で創立五年目の、非常に若い大学。
 国際学部しかないが学科は多彩、全国から学生が集まり右肩上がりの倍率。一年目は定員割れまくりで楽勝だったのに。留学生受け入れは本在籍者数の七割を超え、こちらから海外へ渡る学生も多いから、常時留学生の方が多い状態。
 そんな天月国際大学の大学祭は十月最終日から三日間。元々二日間だったのをハロウィンを取り込む形で今年から一日前に伸ばしたそうだ。
 その結果が真昼間からの仮装コンテスト。いえーい。
 特別ゲストは今年生まれた天月市のキャラクター、あまっきー! いえーい!
「なんっも嬉しないわ!」
「おうおうどうした、酒が足らんか」
 徳利を逆さにしてお猪口を満たしてくれるが、求めているのはそうではない。飲むけど。
「あああ、もうちょっと安定したい」
「うちはいつでも職員募集中だけど」
 夏目は国際協力団体の職員だ。うちの大学の国際政策学科卒、実に模範的な奴。
「そんなの務まるとでも?」
「そこそこいけるんじゃないの。少なくとも喋れるし。集団生活力が壊滅してるけど」
「アカンやん」
 同じ学科を出て一時は就職もしたが駄目だった。まあ選んだ職が悪かった気はしてる。
「しかし国家公務員辞めといて今さら安定したいはないだろ」
「うーん」
 三日で無理と思って飛び出して地元天月に戻っても、仕事はそう簡単にはない。
 色々足掻いちゃいるがどうなることか。
「で、学祭は大丈夫なの?」
「気合でなんとかする。格好悪いとこは見せられへんし」
「昔から変なとこ真面目だからなあ、お前。俺は使えるものは何でも使うけど、お前は筋を通したがる。会った頃からそう」
 夏目とは大学の入学式からの縁だ。一期生だから何をやるにも初めてだらけ。当然学祭も。特に一年目は学生も少ないし知名度も低いしで、地域の盆踊りみたいだった。
 それでも学祭は楽しかった。
 イベント好きの夏目に引っ張られて四年間ずっと裏方仕事でも、楽しかった。
 その期間の出来事が多すぎて記憶が圧縮されているが、楽しかったことは覚えてる。
「夏目はさぁ、学祭好きやった?」
「うん。まあ俺はこんな性格だし、苦労がそのまま喜びに変換される感じ?」
「さすが初代実行委員長様」
「お前はどうなの。学祭、楽しかった?」
 皮肉の一つでも絡めてやろうとして、それは意外と聞かれたことがないと気づいた。
「めっちゃ楽しかったよ。夏目のおかげかなあ」
 狙いすぎたかと思ったが、既にお互い酔っ払い。細かいところはよく分からない。
 一瞬だけ目を横に流して、夏目は笑った。
「お前にそう言ってもらえるのが何より嬉しいかな、俺は」

   *

 学祭で奇妙なことが起きた覚えがある。
 一年目のことだ。他学から『天月国際大の学祭はしょぼい』と言われたことに激怒した夏目が、何をどうしたのかは知らないが、二日目の夜に花火を打ち上げたのだ。
 音響基地テントの隙間から見えたあれは間違いなく花火だった。
 それ以来花火は毎年上がった。そんな金も場所もあるはずないのに。
「……花火」
 呟きながら目を開ければベッドの上。
 どうやら夏目の家らしい。移動した記憶はないがまあいい。いつものことだ。
「おはよう。朝飯作っといたから。鍵は持ってるよな?」
 ネクタイなぞ締めてどうしたと聞きそうになるが今日は平日。手元のスマホではもう八時半。
「……うん」
「うなされてたけど大丈夫か?」
「あー、多分」
「昨日も言ったけど、もうちょっと俺のこと頼ってくれてもいいんだぞ」
 残念ながらその会話も覚えていないので茶化して返すしかできない。
「なに、仕事発注してくれるって?」
「どうしてもってんなら融通するけど、まあそういう意味じゃなくてもさ」
 ピンと来なくて首を捻る。
 仕事のことじゃないとすればもう十分頼ってると思うけど。寝床は借りまくって合鍵までもらってるし。
「分かんないならいいよ。じゃあ俺は出るから、戸締りよろしく」
「あー待って夏目、ひとつ聞いてもええ?」
「長い話にならないならな」
「学祭の花火って、どうしてたん?」
 夏目は少し困ったような顔をして目をそらしたかと思えば。
「それは長い話になるかも――っていうか、言ってなかったっけ?」

   *

 絶対に聞いてない。
 夏目が住み込みでバイトしてた不動産屋の女性社長が魔女で、学祭の花火はその魔女が作り出してたなんて、そんな濃い話は聞いてない。
 聞いてたら覚えてるに決まってる。
「毎年言ってたと思うけどなあ。だってお前に黙ってるメリットって何もないし」
 説明をさらっと終えた夏目は、紅しょうがを阿呆ほど積みながら言った。
 聞いたことがないのは事実だし、昼時に牛丼屋のカウンターでする話でもないと思う。
「あの人が魔女やったことさえ知らんかった」
「それは有名だろ。あの辺で学生が家借りるなら魔女の不動産屋で相談しろって大学生協が案内するくらいだし」
 あいにく実家暮らし、そんな機会はなかった。
「で、魔女さんてなに、花火まで作れるってどんな万能?」
「違う違う。あの人は幻作れるの。すごいよなあ、光以外にも音とか匂いとかまで再現するんだよ」
 学祭の花火のようにちゃんと写真にも撮れるレベルの幻は、相当上級者じゃないと作れないとかなんとか。詳しいことはよく分からないし、理解を追い付かせるのは放棄した。
「それってさあ、今年もやんの?」
「俺の代わりに住み込み始めた奴に引き継いだよ。ハルさん……社長ももう五年目で慣れてるし」
 あのリアルな花火が魔法とやらで可能なら、今困っているアレくらい余裕なのでは。
「……あのさあ夏目。その魔女さん、あまっきーの幻とか出してくれたりせーへんかな?」
「頼めばできると思うけど」
「頼んでもらうこととかは」
「いいよ」ガッツポーズが完成するその前に。「でも条件がある」
 条件というほどでもないそれに、もちろん首を縦に振った。

   *

 天月国際大学の大学祭は国際色豊かな模擬店や展示が並び、演劇部やアカペラサークルが日替わりでステージをやるので、毎日行っても飽きはしない。
 けども。
「もう三日目ですよ夏目サン。さすがにしんどいんですけど」
 さっき買ったビールも半分過ぎで飲むのが辛くなってきた。
「昔はバリバリやってただろ」
「前までは二日間やったからね……」
 条件を安易に承諾したことを少し後悔していた。まさか三日間ぶっ通しで学祭を連れ回されるとは。一緒に回るってせいぜいどれか一日と思ってた。そんなに有休取ってくるとは思ってなかった。
 しかし着ぐるみについては万事上手くいき、本当に魔女様様の夏目様様。絵本から抜け出してきたかのような装いの魔女さんを見たときは正直引いたけど。
 どういう原理かは不明だが魔法であまっきーの幻を纏い、その状態でステージに立った。さすがに時間拘束自体は免れなかったものの、あのウレタンを被らなくて済んだだけで大違いだ。
 自分のデザインしたものが溢れる中を歩くのにも慣れた。疲れて反応が薄くなっただけかもしれない。なんというか、眠い。
「もうすぐ花火だ。寝るなよ?」
「酷なこと言うー」
 穴場だからと夏目に連れてこられたのは、キャンパスの中でも奥まったところにある総合情報センターの屋上だった。
 普段から緑地として開放されているものの人気がなく、今日も他に人はいない。
「ほら、始まったぞ」
 一気に目が覚めた。鼓動が早まるのが分かる。
 花火までの間に障害物は一切なく、遅れて聞こえる炸裂音以外には自分の息の音くらいしか聞こえない。
「ほんまの穴場やんか、ここ」
「そりゃそうよ」
 思わず柵に寄り掛かってかじりついて見てしまう。
 自分たちが作っていた学祭は、こういう風に見えていたのか。
 模擬店もステージも展示も、全部過去の自分たちが裏で走り回った成果。四年間地道に積み上げてきたものが今もこうして繋がっていく様子を見せられると、感慨深いものがある。
 毎年この時間はラストに向けて気合を入れ直すタイミングだった。懐かしい。
 最後に大きな花火が連続で上がって、地鳴りのような音が響いて全ては終わる。ステージでは閉会宣言が行われることだろう。
 ほんの少しの火薬の匂いが鼻をかすめ、湧いた言葉をそのまま吐き出した。
「なあ、夏目。来年も見に来たいなあ」
「また一緒に来てくれるのか?」
 ぬるくなったビールと一緒に、何を当たり前のことをという言葉も飲み込む。
「うん、今日も楽しかったからね」
 暗がりでも分かるくらいには、夏目は嬉しそうに笑った。


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サークル名:春夏冬(あきなし)(URL
執筆者名:姫神 雛稀

一言アピール
関西系創作サークル春夏冬(あきなし)です。ジャンルごった煮、季節風に左右される。
サークルとしては秋新刊で合同誌『四季彩Vol3~魔法~』が出ます。
姫神個人としては、アンソロ参加作の同じ世界線の話が出る予定。

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