Color Girl – Fireworks

 都市を外界から守る、巨大なドーム型のガラス天井。
 夜空を透かすそこに大輪の花が咲いた。
 爆発の火花を芸術的に再現した映像が空に投影されては残影を残して消えていく。それと合わせるように街のスピーカーからは腹に響くような炸裂音を鳴らした。
 時折、処理落ちか火花が重たく揺らぐことはご愛敬だろう。
 外に溢れる市民の歓声で地面が揺れているような気がさえしてくる。このドーム都市ひとつが丸ごとライブ会場にでもなったようだ。実際、そんな感想も間違ってはいないのだろう。
 街が溢れんばかりの彩光に包まれる――そんな夜を、俺は薄暗い自室から眺めていた。
 街の天井すべてにこの「花火」という映像は映し出されるのだから、わざわざ広場や公園など人混みのあるところに行く必要はない。のんびり部屋で安酒片手に見るのが真の優雅さ――なんて、意地を張っていた時だった。
「ロビンさん! 外っ、外見てますか! 花火始まりましたよ!」
 玄関の向こうから、興奮した少女の声が飛び込んできた。
「あー見てる見てる」
 玄関には向かわず、この花火の中でも届くように大声で扉の向こうの少女へ返事をする。
「はいっ、すごいですよね! すごく綺麗で、音もすごくて、わたしあんなの初めてですごく感動しました!」
「お前の気持ちはすっごい良く分かった」
「それで、わたしちょっとお外で見て来ようと思ってるんですけれど……」
「俺は部屋でのんびりしてるわ、いってら」
「…………」
 最初の勢いはその勢いのままどこかへ抜けていったように、少女の声がしぼんでいったのが分かった。流石にノリ悪かったかとも思ったが彼女は小さく「行ってきます」と告げるとパタパタと足音を遠ざけていった。
 追いかけるかどうか逡巡し、まあ家の前くらいなら大丈夫だろう――と思って窓から顔を出す。ここは二階、そして俺の部屋は住んでいるビルの入口側に面している。
 ほどなくして、先程俺の玄関先で騒いでいた彼女が出てきた。どんな人混みの中でも彼女だけは間違うことはない――のだが、その目立つ少女は玄関先できょろきょろした後、この家から離れるように歩いて……、
「――って、ちょっと待て」
 慌ててコートを乱暴に羽織りながら俺も地響きが鳴る夜へと飛び出した。

 そう。どんな人混みの中でも、正常な視覚を持っていればアイツを間違う筈はないのだ。
 例えるなら夜の中を飛ぶ白く光る蝶みたいなもんだ。実際、彼女の長髪は星のような白銀色であり闇の中ではほのかに光っているようにさえ見える。
 しかも、頭と尻に通常の人にはない物があるとくれば――追うのは容易く、そして注目も集めやすい。
「ディア!」
「きゃっ」
 今度は俺が彼女の名前を叫びながら、細い腕を掴んだ。
 突然背後から腕を掴まれて驚いたのだろう。彼女の三角の大きな耳と、白いしっぽが逆立った。
「わ……なんだ、ロビンさん」
 驚いて振り向いた青い瞳が俺を捉えた瞬間、怯えは安堵の色に変わった。
「なんだ、じゃない。お前、一人でどこまで行こうとしていたんだ」
「すぐそこの公園までですよ。屋台というものが出てるって聞いたので」
「いつもならいいけど、今夜はこの人混みで祭りだろ。離れた場所に行くならそう言ってくれ」
「ですが、ロビンさんお部屋にいたいと……」
「家の前で花火見るのかと思ったんだよ。それより先に行かれると……お前、何に絡まれるか分からないだろ」
「大丈夫ですよ。わたしも子供じゃありませんし」
 不満そうに眉を下げられた。俺だって分別できる少女にこんな過保護な親みたいなことは言いたくないが、それを差し引いてもディアはとにかく目立つのだ。
 猫系亜人――しかもあまり見ないホワイト系で、よく出来た顔と体のつくり。男子理想の少女像みたいなのが、一人でこんな浮かれた夜の中を歩いていたら何が寄ってくるか分かったもんじゃない。
 俺は別に彼女の恋人でも親兄弟でもないが――雇用主として下っ端の安全を配慮するのは、当然の義務だろう。
「こういう祭りの時は浮かれポンチが多いんだ。気をつけろ」
 咎めるように言うと、ディアはむっとした顔の後、妙に納得のいったという表情で、
「ロビンさんみたいな方がたくさんいる、ということですか?」
 とか言い出したので、両手で彼女の頬を摘んで生地を伸ばすように横に広げた。うーん、やっぱ顔の出来がいい奴は多少崩しても美人のままなんだな。
「上司をポンチ呼ばわりする口はこの口か? この口なのか?」
「しゅびばぜんー」
「……で、公園で屋台見たいんだっけ? これ以上人混みが酷くならない内にパッパと行くか」
 ディアは頬をつままれた状態のままきょとんとした顔をした。
「いいんですか?」
「ここで引き返すのもな。つーか行きたいんだろ」
「……はい! ありがとうございます」
 頬から手を離すとディアは満面の笑みを浮かべた。
 ……そういうふにゃっと人の好さそうな顔をするから、こっちが注意しなくちゃいけないんだけどなぁ。

 結論から言うと、パッパと済ませることなど不可能だった。
 公園に詰め合うように並んだ屋台の数々に、ディアが期待に胸としっぽを膨らませない筈がなく結局端から端まで覗いて歩くことになった。
 丸めた小麦粉の塊にチョコをかけた菓子、自称掘り出し物屋、ライトが出るだけの玩具を使った的当てゲーム屋等……それらを猫系亜人の少女がしっぽを左右に振りながら丸くした目で一つ一つ見ていく様に、店側も微笑ましそうに見てくれていた。
 そんな少女の後ろに俺のような微妙そうな反応しか出来ない男が張り付いてては水を差すだけだろうと、途中から少し離れた場所で見守るだけになった。
 あれだけけたたましく感じた花火の演出の大音量も、慣れてしまえばそう気になるものでもなくなり、チカチカするような眩しさにも慣れてきた。
 それよりも――街のライトの輝かしさや、花火の眩しさよりも、祭りの雰囲気そのものには未だ慣れていなかった。
 賑やかさが苦手という訳でもないのだが、どうもこういう大規模なお祭りというものの中に入るのは億劫だ。こういう時にこそ隅や裏にある薄暗いところに目が行きそうだ――というところまで考えて、いかにも日陰者の言い草だなと内心で自嘲する。
 来年も再来年もまたこうして祭りに来れるかどうかなんて、そんな冷めるようなことは誰も気にする筈がないんだろう。祭りの光景が遠く見えた瞬間――目の前が、ケミカルに真っ青なフィルターがかかった。
「ロビンさん、すみません。お待たせしてしまって」
 見れば片手に真っ青なジュース、もう片方には真っ黄色なジュースを持ったディアがいつの間にか戻ってきていた。
「いや、それよりも、もういいのか」
「はい。色々見て回りましたから――あ、これどうぞ」
 そう言って差し出されたのは、たった今目の前に掲げられた真っ青なジュースだった。輸血液パックみたいな袋にネオンブルーとしか言えない色の液体が入っており、穴からはストローが伸びている。
「……これ飲んでも大丈夫なのか?」
 売られているもんなんだから無害ではあろうが、思わず確認せずにはいられない見た目だった。
「大丈夫ですよ。わたし、ちょっと飲んでみましたが中身は甘いジュースです」
 俺の不安を解消しようとしてか、ディアは目の前でもう一つの真っ黄色なジュースをちゅっとストローで吸い上げる。それを見てから俺もストローの先を加えてネオンブルーを吸い上げた。
 ……うん、ジュースっていうか人工甘味料溶かしただけの水だこれ。
 ちゅうちゅうしながら帰り道を振り返ると、そこは来た時よりも酷い人混みになっていた。広い場所で花火を鑑賞していて飽きた連中が、こぞって屋台を見に来たらしい。だがこの波が引くのを待っていては日付を跨ぐことになるだろう。
「ディア、上着とか掴んではぐれないようについてこいよ」
「え、上着……は、掴んだらシワになりませんか?」
「じゃあ手でも繋ぐか」
「手……ッ?」
 半分冗談で差し出した俺の手を前に、ディアの手が空中でビタっと止まる。そのまま静止すること数秒、
「こ……ここで失礼しますッ」
 えいや、と俺のコートの腰にあるベルトを掴んだ。
「…………」
 いや俺犬かよ、という突っ込みは彼女の真っ赤な顔に免じてしないでおいた。
 周りからどう思われてるんだろうコレとも思ったが、大抵の奴らは今自分の楽しみしか見えていないらしい。それを有難く思いつつ、猫少女に手綱を握られているような格好で人の流れの脇を逆らって歩いた。
 人の密度がやっと落ち着いた道に入った時、背後で俺のベルトを握ったままのディアの声がぽつりと聞こえた。
「あの……すみません、何だかわたしだけはしゃいでたみたいで」
 その声音だけで、彼女の大きな三角の耳がしおれている様が容易に想像できた。
「謝ることじゃないだろ、お前が楽しかったんだから。それに俺は無理に誘われでもしないと行かないしな、こういうの」
「じゃあ……」
 くん、と後ろに引っ張られる力を感じて止まる。振り返ると、青い瞳と目が合った。
「また次も一緒にお祭りに行きましょうね」
 瞬間、耳を打つ音と共に夜空に一際派手な花火が展開された。色鮮やかな光を受けて、彼女の白銀の髪は七色に輝いている。
 そんな姿が力強くも儚くも見えて、一瞬、思考が吸い込まれた。
 その間が、まるで見惚れていたかのようなものに思えて、咄嗟に空気を壊すような言葉が出てしまった。
「お前、舌すっげー色になってんぞ」
「えっ!? ――あ、さっきのジュース……!」
 ぱっと口元を両手で隠すディア。それで手綱が外れたことに若干安堵もしつつ、その後も誤魔化したりからかったりしながら賑やかに二人で帰路に着く。

 ――次があろうとなかろうと。
 一瞬だけ極彩色になった白い少女の姿は、心臓に焼き付いてそう簡単に忘れられることが出来ないだろうな。


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サークル名:フレエドム(URL
執筆者名:葵あお

一言アピール
絵を描いてる人と、文を書いてる人は別の「ふたりは隙間産業!」なサークルです。好きなことを好きなときにやりすぎてジャンルが家出中。今回アンソロに投稿させて頂いたものは自ライトSF「ブルー・エコー」から主人公とヒロインを出張させています。

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