コンポステーラの墓守り人

 「そろそろエルサレムに帰らなくてはな。また、海を渡ることになるのか」その宣教師は、最後に私にそう言った。
 彼は遠い地中海の果て、このガリシアまでわざわざ自分の信じる神の教えを広めに来た男であるとのことだった。ただ、イスパニア人は彼が思うよりも誇り高い。彼の信じる神のことなど、この地で信じる者はほとんどおらず、弟子も数人にとどまった。
 この私も、彼の話に興味を持ち何度か聞きに行きはしたものの、結局最後まで彼に洗礼を与えられるには至らなかった。
 私は元々、神と言うものがどうもしっくりこない。私は墓守り人である。死体を弄る私の職業は誇れたものではないし、私もそれを受け入れてきた。神も、墓守人を喜んでうけ入れるという話は聞かない。
 それでも私が素直に彼のもとに通ったのも、彼は私を差別しなかったからだ。別に、彼に特別積極的にちやほやされたわけではない。ただ、私に話しかける彼の姿に、私がいつも他人から受け取るものが一切なかったのを、私がわからないはずがない。そしていくらなんでも私とて、それを嬉しいと思えないほどに心が死んでいるわけでもない。
 私は彼を先生と仰ぐことはなかったが、ただガリシアの地にて彼の友であり続けた。彼も、それに嫌な顔もしなかった。その余裕は私の目に、奇異なものとしても映った。自らの信じる神の教えが受け入れられない宗教者は、てっきりヒステリックになり、執拗に神の教えに導いてくると私は偏見を持っていたからだ。
 彼はもちろん、彼のかつての師と言う男の話、神の子を、ユダヤの救世主を名乗った男の話もするにはしたが、それはそれとしてただの友だちに相応しいような雑談もいくらでもしてくれた。
 彼は、漁師の網本の息子であったらしい。だが彼らの漁村が面していたのは、湖だった。毎日大きな水面を見ながらも、それは海ではない。幼い彼や彼の友だち、兄弟たちにとって海とは人づてに聞いたものでしかなく、いつか海を見てみたい、渡ってみたいと言うのが、夢のうちであったそうだ。
 遠く遠く、ユダヤの地から地中海を横断し、さらに北に上ってこんなガリシアの地までたどり着いたのだ、彼の願いはかなえられたと言えよう。
 だから、願いが叶ってよかったじゃないか、と言ったところ、彼はまあな、と笑って言ってきた。
 だがそうは言いつつ、彼のそれは強がりだろうとも思っていた。ここまで遠く信じる神のために旅をしておいて、ろくに成果もあげられないのじゃあ、昔の夢がかなった事すら、皮肉なほどの徒労だろうと。
 
 彼が去って数年がたった。私のようなものにめずらしく優しくしてくれた彼の事を私は忘れていなかった。そんなある日、私の耳に驚くべき言葉が飛び込んできた。彼が、ガリシアに帰って来たのだ。それも、見るも無残に変わり果てた姿で。彼は棺桶に封じられた死体になって、私のもとに再び訪れた。
 帰った先のイスラエルで、国を束ねる神殿組織に邪魔ものだと判断されて、殺された。死体を辱められることを恐れた彼の仲間たちが、死体を盗み出し、彼が安眠する地は神に任せんと風の向くままに船に乗せ、結局たどり着いたのがかつて来たこともあるガリシアだった、ということだった。
 彼の仲間たちは彼の死体をひとまず私のいる墓地に預けて、ガリシア女王に埋葬を願いに出かけて行った。その間、私は彼の死体と二人きりになりながら、何とも悲しいものだ、と考えていた。
 彼は少なくとも、良い奴ではあった。彼の言う神の教えに耳を傾けるには至らなくとも、それだけは理解している。そんな彼が体を預けられた先が、故郷の家族や友や愛した女ではなく、私のような異国の墓守人であるとは、何ともさびしい。
 彼の仲間たちは彼の死を立派な死だと言う。信ずる神のために死んだのだから、やはり彼は幸せだったろう。だが私はやはり、素直には受け止められない。なんて、悲しいのだろう。そう思いながらいつの間にか彼の棺桶の隣で眠りこけていた。
 
 夢の中で私は、見たこともない異国にいた。処刑場に向かわされている男を見るために、野次馬が集まっていた。私もその野次馬の一人で、罪人が向こうから向かってくる、とわかるや否やそっちを向いた。
 ぎょっとした。その罪人の顔はまさに、忘れもしない彼そのものだった。鎖に縛られ、家畜のように引きずられて、彼は歩いていた。それを引っ張る男の表情すらも、どこかつらそうですらあった。
 何か声をかけたいと思った。だが、声が出ない。彼とかかわりがあると知れたら、自分も殺されてしまうかもしれない。そう思って、何も言えなかった。
 そんなぐずぐずしている私の眼前で、彼を引っ張る男が膝をついた。何をしている、と罵る、おそらくはお偉方なのだろう人物に、彼は嗚咽交じりに言った。
 この男を殺せない、殺せるものか、これほどまでに偉大な方を、と。そして彼の前に身を投げ出し、どうかあなたの神を信じさせてくれ、と言った。
 お偉方は激怒した。こいつもこの男とともに殺してしまえ、と叫んだ。私は目の前の光景が信じられなかった。彼と知り合いであることすら私は恐れると言うのに、目の前で、死をも恐れずに、神を信じた男がいたのだ。
 私は野次馬に揉まれるように、刑場に向かった。刑吏が彼に問いかける。何か死に際に望むものはないかと。
 彼は、一杯の水を望んだ。刑吏は黙ってそれを渡す。私はてっきり、彼が最後の最後に、乾ききった喉をそれで潤すものかと思っていた。
 だが、彼は違った。先ほど自分にひざまずいた男に優しく微笑みかけ、そしてこう言ったのだ。
 「さあ、おいで、洗礼を授けよう。貴方がキリスト者として、天のみ国に迎えられるように」
 それが、彼の最期の言葉であった。命乞いも恨み言も一切言わず、死への恐怖など一分もなく、ただ、目の前の相手を優しく見つめながら、彼はそう言っていた。
 
 人が消えてからも、私は茫然とその場に立ち尽くしていた。
 ただただ、なんと思っていいか分かるはずもない事だった。その場にいた人の全てが、私などでは想像も及ばぬほどきれいな人々だった。
 神を純粋に信じる心も、自らの死を前にして他人のことを思いやる心も、私にはない。私のような賤しい墓守り人には。あの時膝をついた男のように、できた人々の所に行けばよかったのに。それが、彼に相応しい生き方だったろうに。遠く遠く海を越えて、行きついた先が私たちのようなものの国では、あんまりだ。
 これほどまでに、誇り高く死んだ人が。私の目には、涙すら浮かんできた。あまりに情けなくて。私のようなものが、彼の友であったことが、酷く罪深いことのように思えた。
 
 「何故泣く」
 声が聞こえた。
 「見ましたか、誇り高い人が一人、死にました」
 「ああ、誇り高く、死んでいったとも」
 「無駄な時間を過ごさせてしまったんです」私は気付けばしゃくりあげながらそう言っていた。
 「私達の国なんかに、来なくてよかったのに。来る意味など、なかったのに」
 後ろの声は、そんな私を叱るでもなく厳かに言った。
 「彼は、神に愛されていたと思うか」
 「もちろん。あんな人が愛されてなきゃ、誰が愛されているんです」
 「そんな神が、あいつの体を、信頼もおけぬ奴に任せると思うか」
 そう言われて私は、一瞬黙った。だが、途方もなく込み上げる情けなさが、黙っていることを許さない。「でも」と言いかけた私に、声はもう一度問いかける。
 「あの男、彼を引いていたあの男も、彼が死なんとする時までは、信じぬ者であったのだ。その男の事も、お前は清いと思ったのだろう」
 「ええ、まあ……」
 「聖人が死なんとする時に改宗する者が清くて、死んでから改宗する者が清くないと言う道理が、どこにある。私の彼らは常に、清からぬものを清くするため、向かうのだ。たとえ、その肉体が朽ちようとも」
 その言葉を聞いて、私は今度こそ、はっとした。
 「私が」気が付いたら、遠慮もなしに聞いていた。「私が、彼の体を預かるにふさわしい墓守だっていうんですか」
 「そうとも、私がそう決めた」声が言った。「お前に会いに、お前を見つめるために、彼ははるばる海を渡って来たのだ」
 
 私は、目を覚ました、隣には相変わらず、冷たい棺。
 思わず、私はその上に手を置いた。なぜだろう。目を閉じると彼の昔の思い出が、見えるような気がした。
 
 湖の湖畔で遊びまわっている少年たち。いつかこんな湖じゃなく、本物の海を見てみたい、と口々に語っている。
 「けど、ただ海を渡るんじゃつまらねえだろ」
 いかにも腕白な、そして身なりの比較的いい子供が言った。
 「ヨナがニネベに行ったみたいに、シバの女王がソロモンに会いに来たみたいに……俺も、でっかいことのために、海に出てみたい」
 「でっかいこと?」彼の親友らしい、これまたいかにもな腕白坊主がそう聞く。彼は「ああ」と答えた。
 「それ、どーいうことだ?」
 「えっと……あ、そうだ!たぶん、ニネベの民や、ソロモン王みたいに、会わなきゃならない人がいるんだよ。そいつの所に行くんだ!」
 
 棺桶の中に眠るわが友よ。
 私は、君の子供のころの夢を、叶えられただろうか。
 海を越えてやってくるほどの、人物だっただろうか。
 いや、それは違う。そのような人物に、これから私がならねばならんのだ。帰ってきたら、君の仲間に聞こう。墓守人も、洗礼を受けられるのかどうか、清い人物に成れるのかどうか、君には聞きそびれてしまったから。
 君に優しくされて、とても嬉しかった。君の事を、誰よりも清らかだと思った。今度は私自身が頑張って、その感情に報いる番だ。今になってようやく分かった。
 君に相応しい墓守人になって、君を守り続けよう。キリストの使徒、聖ヤコブ。このガリシアはコンポステーラに、君がいつまでも眠ることができるように。
 
 そして願わくば、この地が、君が祝福されたように、-キリストに祝福されますように。
 アーメン。
 ……これはユダヤ人の、確か祈りの文句だった気がする。


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サークル名:クリスマス市のグリューワイン(URL
執筆者名:檜

一言アピール
聖書やキリスト教伝説を題材に小説を書いています。今回は、スペインの有名な巡礼地サンディアゴ・デ・コンポステーラに流れ着いたと言われているキリストの弟子聖大ヤコブの遺体の話と、彼の殉教に纏わる聖人伝説を題材にしました。大ヤコブの死に様は、個人的に聖人の中でも指折りのかっこよさと思っており、大好きです。

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コメント

  1. PAULA0125 より:

    尊いものをありがとうございます(土下座)
    泣きました

  2. なのり より:

    引き込まれました。墓守人の何で自分の所に、という戸惑いがリアルというか、そうですよね、自分1人の思考だけでは受けとめられないものだし…そもそもこういう時に、ヤコブにそれほど好意関心が無ければ何が起きてるのかすらわからないものなのではないかと。自分が選ばれるに足る人だということを受け止める、という事が、自分がキリストを愛する(信じる)ことと繋がっているのかなと、何となく感じました。信仰についてはよくわかりませんが、単純に言って、人が誰かを愛するとはもしかしたらそういう面があるのかも…???
    優しくされて嬉しかった、と、特に高尚な言葉ではなくて素直な言葉で言うこの墓守人が信頼できる人なようで、好きでした。墓守、というだけでも、ここでは具体的に書かれていない、複雑な、様々捉えられている思いや人生の苦しみなどの有る人物なんでしょうね、もちろん。それを全部置いておいて、こうヤコブのことを思って語れる素直さを羨ましく感じるくらいです。この墓守人は日頃自分なんてと(他人にそう言われるまま)自分を貶めているのかもしれないけれど、周囲への恨み辛みを基にせずこう思うのは、単なる卑下と批判すべきものじゃなくて、素直さであるように感じられます。
    などと、勝手に言ってますが、日頃自分がモヤモヤしていることとからめてつい考え込んでしまいました。うまくまとめられず。
    墓守人は本当にヤコブが好きだったんだなと、最後の静かな祈りを読んで感じました。私はここの素直な感じに感動を覚えます。

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