BAR NAGOMI ~ビーチバー・カクテル~

教授会

 雲一つない、ブルーハワイのような真夏の青空。真っ白な砂浜を照らす太陽。海の日を海水浴で楽しむ男女の群。
「姫香、やっぱり私にはこんな格好……」
「なーに言ってんのさ、和水さん! ほらほら、そこの男もあそこの男もみんな和水さんに釘付けだよ!」
 ビジネス街の片隅で小さなオーセンティックバーを営む山川和水やまかわ なごみ。アイドルシティと呼ばれる区域にあるアイドルバーでアマチュアアイドル兼バーテンダーとして活躍する剣持姫香けんもち ひめかの強引な誘いによって、彼女は灼熱のビーチを訪れていた。
「そもそも、ビーチバーに行くのが目的じゃなかったの? 水着になるなんて全く聞いてなかったけど」
「いやいや、海に来る女が水着にならない方が不自然でしょ! それに、今ちゃんと目的地に向かってますから!」
「今年で三十三の私にはこの水着、ちょっと派手すぎない?」
「歳は関係ないって! ルックスがよければそれでいいの!」
 和水は普段受けることのない視線をたくさん感じて、七つ以上年下の姫香に付いていく。
 ビーチと直結しているショッピングモールの一階に目的の店はあった。店外から中までダークブラウンのウッドデッキが続いていて、テーブルやイスも木で造られている。店内にはレゲエの音楽が流れていて、壁面にはハワイのビーチの写真が多数飾られている。店内はそれほど広くないが、色黒のカップルの客が多く、満席に近い状態だ。このビーチバーの名前は――
「【FUNKY GUILD】。あれ? もしかして、このお店……」
「ん? 和水さん、ここ知ってるの?」
 清楚で落ち着いたルックスの和水と、カウンターに立っている体格のいい色黒の男の目が合う。彼は彼女より一回り年上といった風貌で、髪は椰子の葉のように跳ねている。裸の上半身にアロハシャツを羽織っていて、下は五分丈のジーンズだ。
「お、もしかして和水か?」
「ええ。久しぶり、洋平。お店、移転したんだ」
「そうなんだよー。どうも都会のど真ん中というのは、俺には合わなくてね。ま、とりあえず座りなよ」
 ビーチバーのマスター、夏池洋平なついけ ようへいに案内され、二人はカウンター席につく。
「え、ナニナニ? 二人ともお知り合いなの?」
 姫香は二人の間に入って、互いの顔を見つめる。
「うん、私がまだ駆け出しバーテンダーだった頃の知り合いなの。彼はラムを使ったカクテルが得意で、その腕前も凄いのよ」
「へー、そうなんだ」
「ただ……」
 洋平は木のカウンターに置かれた姫香の手を取る。
「やあ、お嬢ちゃん。初めまして。俺はここのマスター、夏池洋平っていうんだ。よろしく」
「あたしは姫香。アイドルシティで、アマチュアアイドルやりながらバーテンダーやってるんだ。よろしくね」
「おお、なんと! 堅物の和水にこんなキュートな知り合いがいたとは! 幼げなルックスに豊かなバスト! これはもう俺たち二人きりで暑ーい熱帯夜を過ごすしか――」
 和水と姫香、それぞれの拳が洋平の顔面にめり込む。
「彼は女癖が悪いの。後、堅物なのは余計なお世話よ」
「セクハラはアウトでーす♪」

「あーあー、またやらかしてるよ」
「あれじゃ、一生女できないわね」
「マスター、心の声をそのまま出すもんじゃないぜ!」
 周りの常連客から野次の声が掛けられる。
 笑いの渦が巻く中に、突如乾いた靴音が混じる。その瞬間、客から笑顔が消え、洋平は鼻血を拭いてから鋭い眼光を一人の男に向ける。ビーチに似合わない、黒のスーツ姿。三十歳くらいだろうか。
「相変わら下品でうるさい店だ」
 スーツの男が、見下すように笑いながらバーに入ってくる。
 洋平は煙草を一本くわえ、オイルライターで火を点けてから口を開く。和水と姫香も彼らに視線を向ける。
「なんだ、また来やがったのか」
「ええ、何度でも来ますとも。あなたのお店は弊社のリゾート計画に相応しくありません。出て行ってもらわないと」
「前にも言わなかったっけか? 俺はここを出るつもりはねぇって」
 険悪な雰囲気の中、姫香が小声で洋平に話しかける。
「誰? このオッサン」
「このショッピングモールのオーナー企業ってやつだ。ここをもっと富裕層向けのリゾートに再開発するんだとさ」
「聞こえているぞ! オッサンは余計なお世話だ!」
 姫香が苦笑を浮かべると、堅い表情の和水がゆっくり立ち上がり、スーツの男に尋ねる。
「再開発はいいですが、どうして彼が出て行かなければならないのでしょうか。ここもショッピングモールと一緒にリニューアルすればいいのではないでしょうか?」
 和水は長身で、髪も瞳も黒真珠のような上品な輝きがある。大和撫子とも言える彼女の訴えに、男は一歩後ずさりするが、抵抗するように叫ぶ。
「うるさい! 俺の言うことは絶対なんだ! 何て言ったって、俺は社長の息子なんだからな! こんな野蛮な店、俺の考えるエレガント&ビューティーなリゾートには相応しくない! 出て行ってもらう!」
 鼻が高い若人の眼前に、和水は凛として立つ。
「このお店をよく見てください。多数のお客様に愛されていることが分かります。あなたの理想のターゲット層と、現実に来るお客様の層は違います」
「おいおい、和水。そんなバカ、お前が相手にしなくて――」
「言ってくれるねー。こんな汚らしくて、マズそうな酒しか出ない店、すぐに廃れると思うけどねー」
 三人のバーテンダーの眉間に皺が寄る。和水の視線に鋭さが宿る。
「不味そう。ということは、あなたは彼のカクテルを飲んだことがないということでしょうか?」
「ああ、そうさ。別に飲むまでもない。どうせ、そこら辺の居酒屋と一緒のものが出るんだろ? ぼったくりの値段でな」
 和水は洋平に視線を移す。
「洋平」
「仕方ねぇなー。特別にご馳走してやるよ、俺のカクテル」
 彼は咥えていた煙草を灰皿に置くと、タンブラーを一つカウンターに用意する。彼の目の色が変わる。プロのバーテンダーの目、いや守護者の目だ。店を守る、ずっと付いてきてくれた客を守る、そして新しい客を守る。断固たる意志が感じられる彼の瞳に、今日初対面の姫香は息を呑む。
 彼は包丁を片手に、ライムを細かくカットする。それぞれのタンブラーにそのライムと、ミントの葉を数枚入れ、砂糖を小さじ二杯分入れる。それらをペストルで豪快にすり潰す。
「なんて野蛮な……」
 若人の口からそう洩れるが、洋平は手を止めない。
 大量のクラッシュドアイスをタンブラーに放り込み、バカルディのホワイトラムを注ぎ、その上からソーダを少しだけ注ぐ。最後に、銀のバースプーンで二周分ステアする。底に沈んでいるミントとライムの香りが泡によって押し上げられ、タンブラーの外へと解放される。
 スーツの男はフレッシュな香りに刺激され、唾を呑む。
「はいよ、お待ちどーさん」
 スーツの男はカウンター席に着き、薄いグリーンに輝くカクテルに見惚れる。
「ふ……ふん、【モヒート】か。そんな野蛮な作り方をされた、野蛮なカクテルなど――」
 若人がそれを口にした瞬間、モヒートが彼の味覚を通して、脳に貫くような爽快感を与える。
「ウマっ……いや、野蛮なカクテルにしては、そこそこ美味いな」
 和水が穏やかな笑みを浮かべる。
「【モヒート】は、十六世紀にカリブ海を暴れ回っていた海賊によって作られたそうです。野蛮と言うならば野蛮かもしれません。ですが、ミントの爽やかな香りとライムの鋭い苦み、ホワイトラムのドライな口当たりが合わさったこのカクテルは現代においてもとても愛されています」
「た、確かにこれは美味い。しかし、こんな粗野なカクテルをこの俺が認めるなどと……」
 洋平が呆れたような溜息をつくと、和水が彼に微笑みかける。
「私にも作らせてもらえないかしら?」
「おう、それはいいけどよ、一体何を作ろうってんだ?」
「この人が望んでいるカクテル」
 若人が目を丸くする。
「君もバーテンダーなのか?」
「ええ。私からも一杯、サービスさせていただきます」
 和水は洋平と入れ替わり、カウンターに立つ。穏やかな雰囲気は変わらないが、ボトルを取り出したり、グラスを取り出す所作の一つ一つが、まるで別空間にいるような雰囲気を醸し出す。常夏のビーチバーにいるはずなのに、まるで料亭にいるように皆畏まる。
 カウンターの上に、オールドファッションドグラスが置かれる。その中にまるで岩石のようなゴツゴツした大きな氷を入れた後、三本のボトルと、紙パックに入ったジュースを二本用意する。酒は、スカイウォッカ、ブルー・キュラソー、ピーチ・リキュール。ジュースは、グレープフルーツとパイナップル。均等な大きさの氷を数個シェーカーに入れ、三種類の酒を同じ分量注ぎ、二種類のジュースを注ぐ。蓋を閉めると、和水は丁寧な手つきでシェークする。氷を殺さないように、リキュールとジュースを冷やして混ぜる。シェーカーを振り終えると蓋を開け、グラスに注いでいく。
「おお、これは……」
 スカイブルーの酒と大きな氷。まるで大海の中から氷山が生えているような印象のカクテル。
「お待たせいたしました。【ガルフストリーム】です」
「果物で飾り付けをしているわけではないのに、なんて美しいカクテルなんだ。まるで芸術品を見ているようだ」
 若人は【ガルフストリーム】のルックスと、漂うフルーティな香りに心を奪われる。それを一口啜った瞬間、彼は別世界を浮遊する。エメラルドグリーンの海と、洗練された造りのリゾートホテル。絶景を堪能しながら、贅沢な気分で味わう、スカイブルーのカクテル。
「おお、これだ……これだよ! 君の作ったこのカクテルこそ、僕が考えているリゾート計画のバーで出すに相応しい!」
「お褒めの言葉をいただきありがとうございます。ですが、周りを見渡してみてください。お気づきでしょうか」
「ん?」
「【ガルフストリーム】のようなリゾート向けのカクテルを頼んでいる人は誰もいません。ほとんどのお客様が彼の作る【モヒート】を注文しています。特にラムの扱いに関しては、彼の右に出る者は、そうそういません。マーケティングを見直してみてはいかがでしょうか」
「うん、君がそこまで言うのならそうさせてもらうとしよう! いいものを飲ませてもらった。サービスということだったが、これはほんの気持ちだ。釣りはいらん」
 カウンターの上に五千円札が一枚置かれる。
「あ、あの……」
「よーし、今日は何だか気分がいいぞー! 帰社したら、顧客ニーズのリサーチだ! ヒャッホーウ!」
 スーツの男は上機嫌で、人が変わったように店を出て行く。まるで勢いのある潮流『メキシコ湾流』――ガルフストリームに流されるように。
 バーテンダー三人は目を点にして、その背広姿を見送る。
「何だったの、あのオッサン」
「和水、お前何か変なもん入れたか?」
「まさか。でも、いいじゃない。これで立ち退きを迫られることはなくなるんじゃないかしら」
「ま、そうだな。お前に助けられたよ。お礼に一杯作らせてくれ」
「あら、それは嬉しいわ」
「今日はあえて和水が得意な、ウォッカを使ったカクテルをご馳走するぜ」
 洋平と和水がカウンターを入れ替わる。
 彼はトロピカルグラスを用意し、大きめの氷を数個入れる。その中にスミノフウォッカ、メロンリキュール、クレーム・ド・フランボワーズ、パイナップルジュースの順に注ぎ、ステアする。
「ちょっと! これって……」
「【セックス・オン・ザ・ビーチ】。和水、今日はわざわざ俺に会いに来てくれたんだろ? 都会に店を設けていても、バーテンダーってのは孤独なもんだ。人肌恋しくなることもあるだろう。さあ、これを飲んで今晩は俺と一緒に暑ーい夜を過ごそうじゃないか。なんなら、こいつの名前通り、砂浜の上で激しいセッ――」
 和水の神速の拳が、洋平の顔面に突き刺さるようにめり込む。
 その隙に、姫香が鮮やかな黄色に輝くそのカクテルを口にする。
「あ、おいし」


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サークル名:教授会(URL
執筆者名:紗那教授

一言アピール
創作文芸界のプロフェッサー、紗那教授でございます。今回のアンソロジーのメインキャラクターは、第四回テキレボアンソロでも登場した、バーテンダーの和水です。アンソロジーのテーマが「海」ということで、ビーチに相応しいカクテルを用意させていただきましたので、ぜひご賞味ください。

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