古の港にて

 ドラグニア小大陸というところは、じつに魅力的だと思う。
 ヨーロッパ、アジア、中央──それらすべての影響を受けるような場所にありながら独自の道を歩み続けてきたこの小大陸には、他にはない空気が流れている。
 たとえば、信仰。現在はそこに住むほとんどの人がキリスト教を信じているが、十五世紀初頭の大変革以前まで信じられていた土着の宗教の影は色濃く、「神子みこ」と呼ばれていた男女の区別がつきにくい体を持つ人々のミイラが「神の子」イエスと結びつけられて十字架とともに教会の祭壇に鎮座していたり、天井を飾るフレスコ画には天使とともに竜の姿が描かれていたりもする。そう、竜だ。なによりこの小大陸には、竜がいる。
 白銀の毛並みが美しい、気高き獣。黄金の二本の角に、三対の翼が神々しい。
 だれでも一度はテレビや写真で見たことがあるはずのこの巨大な獣が、ドラグニア小大陸にしか生息しないということは常識だ。かつてこの地では神の遣いとして畏れられていた彼らもある時期を境に急激に数を減らし、現在では保護区の中で細々と生きている。一般人は保護区の外から観察することしかできないのでなかなかその姿を拝めないのだが、それでも訪れる人が後を絶たないのは、それだけ竜や、この小大陸自体に魅力を感じるからなのだろう。
 私は幸いにも、彼らの飛び交う姿を比較的近くで見ることができた。だからわりと早々に満足して、他の観光地をゆっくりと巡ることにした。まずはやはり、ここだろう。「ドラグニアの真珠」、港湾都市カルタレスだ。
 この都市の歴史は古い。カルタレスと呼ばれるようになったのは紀元前九○年ごろ、北ヴェクス王国がドラグニア小大陸最古の王国アッキア・ナシアを滅ぼしてからだが、そのずっと前から何度か支配者を変えて存在していたし、ここで発掘された遺構や遺物には小大陸で一番古い時代のものが含まれているといわれる。
 もっとも多く出土するのは、北ヴェクス王国の短い支配のあと、この地を勝ち取ったウルズ王国時代のものだ。紀元前七九年に誕生してから一度の滅亡を経て大変革期まで生き続けたこの王国は、数々の貴重な史料をのこしてくれた。
 それらが展示されているのが、カルタレス歴史博物館だ。海の上にせり出すように設計された博物館に入ると、そこは水面みなもの光を受けてゆらゆらと時を漂う至高の空間になっている。海底から発見された遺物が多いが、この建物自体が海の中にあるような感覚を生ずる。私はこの場所が一等好きだ。
 ドラグニア小大陸に人が移り住んできたのは、紀元前一五○○年ごろのことだという。それがインド=ヨーロッパ語族の大移動の時期と重なることから、なんらかの関係があると考えられている。そのころの戦いの様子を伝える青銅器が、最初の展示室に並べられている。
 先住民イーナィとの衝突は、おそらくこの海で最初に起こった。船やかいの残骸も数多く見つかっている。翼や尾や毛の生えた耳などを持つ先住の人々は、きっと困惑したことだろう。自然とともに平和に暮らしていた彼らの日常に、突然青銅の武器が襲いかかってきたのだから。
 海、そして港湾都市というのは、しばしば文明の中心となり、そして同時に戦いの場となる。このカルタレスから小大陸の隅々まで広がっていった移民たちは、何度もこのはじまりの地を我がものにするべく争ってきた。
 その歴史が一番よくわかるものは、じつは博物館にはない。外に出て、この都市の町並みそのものを眺めるのがいい。
 パッと見てすぐにわかる。ずいぶんと入り組んでいて、まるで迷路だ。これが、次々と襲いくる敵を弾き返すための、最大の防御だったわけである。
 そういう場所だったから、出土品にも武器が多い。もう一度博物館に戻って展示をくまなく見てみると、わくわくする気持ちとやるせない気持ちがせめぎ合う。なかでも、七世紀ごろのものと見られる紋章入りの刺突剣には複雑な事情が見える。
 この剣に刻まれた紋章は独特で、どこのものか特定はできていない。ただその刻印の技法から、先に述べたウルズ王国のものだろうと考えられている。この形状のものはこの時代には珍しい。彼らの最大の敵であった隣国ヴェクセン帝国では鉄鎧が使われていて、刺突剣は役に立たなかったからだ。だがその切っ先が自国の兵に向けられた場合には話が違う。彼らの愛用していた皮鎧は、刺突に弱いのだ。つまりこの武器は、同郷の友を葬るために作られたものだったのだろう。
 しかしカルタレスに眠るのは、そんな陰鬱な歴史ばかりではない。夢とロマンがあふれる財宝伝説なんかも豊富にある。実際に海底から引き揚げられた財宝の一部だって、博物館で見られるのだ。
 おとぎ話から飛び出してきたような宝箱とそれに詰められた金貨を見たときには、思わず笑ってしまった。他にも真珠の首飾りや宝石の散りばめられた腕輪、さらには黄金の枕まで、なんというか「財宝だな」と感じられるものがたくさんあって興奮する。これらはなぜ海底にあったのだろうか。なにかから守るために、あるいはなにかに追われて、海に投げ捨てられたのだろうか。想像は膨らむ。
 海底の発掘はまだ続いているし、これからもっとこういったものが出てくる可能性があるという。私もダイビングのついでにでも、見つけてみたいものである。
 こうして書いていくとキリがないから、とりあえず一旦筆を置いて、夕飯でも探しに行くことにしよう。新鮮な魚介類が味わえる有名レストランがあるらしいので、そこに行ってみようと思う。我々日本人の舌に合う料理ばかりだというから、楽しみだ。
 明日は海を満喫する予定である。だが日焼け止めクリームをどこかで落としてしまったので、まずそれを調達しなければならない。まったくこの肉体といったら脆弱で、すぐ日光に負けてとんでもないことになる。時に煩わしいが、これも海から生まれた奇跡であるには違いない。
 そういえば、迷路のような町を散策している途中で、古い家の壁にこんな詩が刻まれているのを見つけた。大変革以前の宗教観を背景に書かれているようだが、たぶんそれっぽく見せた最近の落書きだろう。ただ面白いと思ったので、ここに残しておく。
『神よ! なぜあの人を連れていってしまわれたのですか。あなたは言った、肉体はけがれたものだと。ではあの人と私の過ごした日々は、この肉体で愛し合った日々は、なんだったとおっしゃるのですか。あの人は行ってしまった。あなたの慈悲の炎に焼かれて。私のこの、肉体の感触もぬくもりも忘れて。ひとつに戻るため出会ったというのに。私たちは、ひとつに戻るため出会ったというのに。』
 この人は慈悲の炎を憎んで、いずれあの海に還ったのだろうか。


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サークル名:カワズ書房(URL
執筆者名:井中まち

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