海へ行く

山波が見える。手前にはダム。広大な湖水が広がっている。湖水の如く、という古い言葉で呼ばれた急峻な流れの川はそのダムの下流からも流れている。
「この先は行くの」
「いかないよ、ここでバーベキューして…夜はそうだな、尾瀬あたりのペンションに泊まる」
「そう」
「海はいつ行こうか」
「そのうちね…でも何故、ここにしたの」
「この湖の底に僕のおじいちゃんの生まれた家があるんだ」
「え」
「マタギだったんだってさ」
用意したものはバーベキューというよりはただの山のご飯に過ぎなかった。
「相変わらずね」
「こんなもんだよ」
ビニール袋に入れたじゃがいも・人参・玉ねぎは一口大に切り分けられていた。保冷袋から肉を取り出し、山用のコンロを使ってそれを炒め、それに野菜を加えた。
「何になるの」
「予定ではクリームシチュー」
「楽しみにしてるわ」
「おう」
山は静かだ。遠くに残雪。
「海、か…」
「日本海の方がいいだろ、きみちゃん」
「どっちでもいいわ、私も海は久しぶりよ」
「そうだろね」

ペンションを出て、また車を走らせる。
「ねえ、マタギって何」
「昨日、聞けよ、猟師のこと」
「ああ、そーなんだ…」
「イノシシとかクマとかね」
「それが獲物」
「山の神様の恵みものさ」
「ねえ、穂高ってさあ」
「海の神様の名前だってね」
ハンドルを握りながら、彼はそう言う。
「いつか登りにいこうよ」
「そうだね」
軽ワゴン車にはいろんなものがつめこんである。ちらっと見るとザックに登山靴まである。
「きみちゃん、ほんとに僕でよかったの」
「うん」
「簡単に言うね」
「簡単なことだもの。私はあなたが好き。それだけよ」
「そう、ありがとう」

新婚旅行という意識…二人にはあるのか、ないのか。
「あの二人、ちゃんとやってるかしらねえ…」
初老の婦人が渋茶をすすりながらそういった。
「新婚旅行は何だって…」
「なんでも海に行くそうですよ」
「どこの海」
「さあ…」
「らしいな」
婦人の夫らしい男が苦笑した。
「海か…」
「あら、懐かしいの」
「ここに来てから何年なるかなー」
「ここには海、見えないわね」
「俺の海はサンゴ礁のある海…赤い土の畑に」
「いってらしてもいいのよ」
「いや、ここでやっていくと決めたんだ、いかないよ」
海から来た男と結婚した山の女。その間に生まれた息子は自然を好む写真家になり、プロとして食べていけるようになってから、なぜか若い大学卒業したての女性と結婚した。
「あのバカ、なんであんな若い子と知り合えたんだ」
「さあ…よくわからないわねえ…」
彼女は壁にかけられた老人の写真を見上げた。村田銃のような猟銃片手に笑う老人。
「お父さん、あの子たちをよろしくね」
そうつぶやく。
「守ってくれるかねえ」
「さあ…どうかしら」

海は広いなー大きいなー…とのんびりと歌う男を見て彼女は笑う。
「写真は撮らないのー」
「あ、いけね、忘れてた」
海。写真の題材にするには難しかったけれど。
「水って不思議だね…」
そうつぶやきながら、レリーズを握る。
「昼は私が用意するわ」
「頼む」
海は穏やかだった。水は穏やか。今日は。それを写し取る。荒れ狂う海もいつかは写し取ろう、彼はそう思った。メモリーを入れた袋を彼女が渡す。
「フィルムでも撮ろうか」
そういうと彼女はフィルムカメラをすばやくセッティングした。
「三脚は…」
「もう用意しちゃったわよ」
「きみちゃん、力持ちだね」
「任せてよ」
笑った彼女は美しかった。だから、シャッターを切ってみた。


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サークル名:みずひきはえいとのっと(URL
執筆者名:つんた

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