その男、名探偵につき~犯人の場合

 祖母の一周忌は、離島の別荘で一週間かけて行われる。そんな条件であっても、呼び出された全員が別荘に揃った。
「ここに来ることが遺産相続の条件なんて、ばぁさんの考えてることはわかんねぇなぁ」
 祖母は遺産相続の条件を、一周忌に参列し、一週間別荘に滞在することとしていたのだ。金にがめつい我が皇の一族の面々に、きちんと自分の死を悼んで欲しかったのだろう。形式だけでも。
 とはいえ、この条件は私にとっても好都合だ。携帯電話は繋がらず、固定電話もない。外部には連絡が取れない、周りは海に囲まれている。この辺は荒れやすいし、泳ぐことも、ゴムボートなどで渡ることも難しい。船は一週間後まで迎えに来ない。
「それにしても、見事なクローズドサークルですね」
 考えていたことを言われ、思わずそちらを見る。
 皇家の人間ではない、へらへらした若い男。きちんと喪服に身を包んでいるが、その印象は胡散臭い以外の何物でもない。何せ、職業が、
「何が言いたい、探偵」
 探偵だというのだから。
「皇紫乃さんが俺を呼んだということは、何かあるんじゃないかなーと思ってるんですよ」
 探偵・渋谷慎吾は祖母からの招待状を持っていたのだ。生前、祖母が世話になったらしく、一周忌にも来て欲しいと、遺言書の中に組み込んでいたらしい。
 探偵の出現に思うところがないわけでもないが、実際の探偵は孤島の別荘で謎解きをするわけではない。イレギュラーではあるが、恐れるほどではない。
 私はこれから、皇の人間を殺していく。だが、この探偵に私を捕まえて裁くことは出来ない。

 私は皇の家を憎んでいた。
 あいつらはおばあさまを殺した。おばあさまの葬儀の時に聞いてしまったのだ、父達がおばあさまを病気に見せかけて殺したことを。
 警察に言うことも考えたが、おばあさまの遺体はもうない。証拠はない。どちらにしろ、皇の力で握りつぶされるのが関の山。
 悩む私にヒントをくれたのは、姉の瑠璃が貸してくれたミステリ小説だった。この別荘のような、孤島で人が殺されていく。なるほど、それならばぴったりだ。
 瑠璃のことは大好きだ。皇家で信頼できるのはおばあさまと瑠璃だけだ。
 一周忌で全員が集まるこの日を、ずっと待っていたのだ。

 殺人はおばあさまが愛したオペラになぞらえて行われる。『紅の館の夢』、ドイツ人の祖父が戯れに書いた小説を元に、おばあさまが作らせたオペラ。
 とある別荘で住人が次々と悲劇的な死を遂げていく、そのお話。そこの裏にあるのは愛だけれども、今回あるのは憎しみだ。
 夕食に入っていた毒物、落ちてきたシャンデリア、転げ落ちる階段。どれもこれも、あらすじどおり。

 一週間が過ぎ、別荘の人間は半分になった。台風のせいで迎えの船はまだ島に来ていない。 最後の殺人は帰りの船で行われる予定だ。
 お茶を入れて食堂に戻ると、渋谷慎吾は、窓辺で海を見ていた。波が高い。
「お茶をどうぞ」
 ありがとうの言葉とともに受け取った。でも、口はつけない。
「毒など入っていませんよ?」
 おどけて言うと、
「でしょうね。『紅の館の夢』には毒殺は一回だけだから」
 さらっと言われた。
「あらすじを、ご存知なんですか?」
 私の隣に並んだ姉が声をかけると、
「真木村さんに頼んで原作本を借りたんですよ」
 真木村はこの別荘の管理人だ。
「読んだんですか? ドイツ語なのに?」
「あんなに長いのに?」
 姉と声が被った。この男がドイツ語を読めることにも驚きだし、あのむやみやたらと長い原作を読んだことにも驚きだ。
「読まなきゃ始まらないでしょ」
「一体、あなたは何者なんですか?」
「名探偵ですよ」
 うっすらと笑った。
「茶のみ話だと思って聞いてください。名探偵は職業ではない、そういう生き物の名前です。世の中の謎を解き、喰らい、生きながらえている。そんな妖怪みたいな存在が名探偵です。行く先々で事件が起きるから歩く死神とか言われて本当、やってられないというか。それを名探偵の効力って俺は呼んでるんですが」
 そこで大きくため息をつく。
「皇琥珀さんとも、ある殺人事件の現場でお会いしましてね。言われたんです。私が死んだらきっと我が家は血なまぐさいことになるわ。その時はお願いね、って。俺に事件を阻止する能力はないし、俺を呼んだ段階で事件発生が確定的になるからやめたほうがいいって一応言ったんですけど」
「おばあさまは、あなたがいなくても事件が起きると確信していて、それならば解決できる人がいたほうがいいと思ったんですね」
「思惑どおり、事件が起きちゃったんですけど」
 そしてまた、海に目をやった。
「俺の恋人、弁護士なんですけど」
 話が飛んだな。顔を見合せる私たち姉妹を無視し、探偵は話を続ける。
「司法試験の合格発表の時、海で見たんですよね。番号があったのを確認したあと、なぜかザブザブ海の中に入って。そのまま海に顔をつけるから何事かと思って」
 どこかを懐かしそうな目で見ながら、探偵が続ける。
「意地っ張りだから、俺の前で泣くのが嫌だったみたいで。泣いているのを海水がしみるからってことにして。しょうがないでしょ? 海を見るとそのことを思い出す」
「何のお話かしら?」
「彼女とは第三土曜日は空けておく約束してるんです」
 それは次の土曜日だ。
 急に表情を引き締めると、低い声で言った。
「だから俺は、それに間に合うように帰る。そのためにも、一刻も早く犯人を捕まえる。絶対に」
「どういう意味かしら?」
 姉が首をかしげる。
「いいえ、ただの決意表明です」
 へらっと笑ってそう答えた。
 この男は気づいている。私がやったことに邪魔だ。だから私は、渋谷慎吾を呪うことにした。

 これまでの殺人は全て私の呪いによるものだ。みんな私が呪い殺した。
 この探偵も呪うのだ。幸い、キャストの枠はまだ残っているのだから。使う予定はなかったけれど。
 そして、
「大変です! 渋谷さんが、崖から落ちてしまって!」
 真木村が部屋に駆け込んでくる。どうにかして早くこの島から抜け出せないかと、従兄弟たちと見回りに行った先で、崖が崩れてしまったらしい。
「そんな……あの崖から落ちたら……」
 下は海だが、崖は高い。助かるとは思えない。
「これも……オペラのとおりですね」
 誰かが呟く。
 ああ、私の呪いが成功したのだ。

 でも、そんな私の安堵は、その夜打ち砕かれた。渋谷慎吾が帰ってきたのだ。
「どうも、死に損ないです」
 びしょ濡れで、額から血を滲ませ、脇腹を押さえながら、壁に寄りかかった状態で、それでも彼はニヒルに笑った。
 そんな、私の呪いが失敗するなんて。
 温かいお茶を飲んで、彼は一息つく。
「おやすみになられたほうが」
「いや、大丈夫。今休むとしばらく立てなくなるんで。その前に片をつけないと」
 血の滲んだ唇で笑むと、頭からタオルを被ったまま、人差し指を突きつけた。
「犯人はあんただ、皇瑠璃」
 私の隣の、姉に。
 何が名探偵だ。聞いて呆れる。間違えているじゃないか。
 渋谷慎吾は、冷たい目で私を見ると、
「呪いで人は死なないぞ。皇琥珀。あんたのせいで時間がかかった。露骨に怪しい動きしやがって」
「何を言っているの? 私を捕まえられない腹いせ?」
 日本の法律では、呪い殺しても刑法犯にはならない。だって、呪いの存在を法律は認めていないから。
「呪いがないとは言わねぇよ。俺の名探偵も一種の呪いだしな。でも、あんたは利用されてただけだ、皇瑠璃に」
 思わず隣のお姉さまを見るが、いつものように微笑んでいるだけだった。
「あんたがここで呪いをかけるのを思いついたのも、どうせ姉の差し金だろ。さしずめあんたは、『紅の館の夢』の女主人だ。執事にいいように動かされているだけのな」
「何を言って! これは、私の計画で!」
 そこまで言って、ふっと思い出す。違う。最初にこれを利用としたのは、姉から借りた小説だった。でも、そんな……。
 探偵は話始める。お姉さまがやったという、犯罪の全容を。
 私が、お姉さまに利用されていた? 信じられなかったけれども、探偵の話は筋が通っていた。私が呪いのために用意した、小道具の一つ一つが、姉が人を殺すトリックとなっていた。
「以上が、今回の皇家別荘殺人事件の全容だ」
「証拠は?」
 そうだ。いくら筋が通ってても、こんなこと所詮こいつの妄想だ。そう、思ったのに、
「あるんだなー、これが」
 無慈悲な探偵は、決定的な証拠をつきつけてきた。
「そう。さすが、おばあさまが見込んだ人ね」
 お姉さまは騒がず、それだけ呟いた。
「そうよ、私がこの事件の犯人。『紅の館の夢』の執事長よ」
 そうして、今までで見てきた中で、一番綺麗な笑顔を浮かべた。
 お姉さまは、私すらも憎んでいたらしい。私を利用し、私を最終的に犯人にしたてあげるつもりだったそうだ。次女の私は自由恋愛を許されたのに、お姉さまは二十も上の男と、政略結婚をさせられるからと。
 そんなお姉さまの犯行動機を、私は呆然と立ち尽くして聞いていた。理解ができなかった。信じられなかった。お姉さまに憎まれていたなんて……。
「この計画、どちらに転んでも私のいいようになったの。皇の娘が殺人犯だなんて、ばれただけでこの家に大打撃でしょう? いい気味だわ」
 お姉さまの高笑いを聞きながら、事態を受け入れることを拒否した私の脳は、ブラックアウトした。

 迎えに来た船で、本土に向かう。港にはパトカーが止まっていた。
 お姉さまは素直にパトカーに乗る。一度私を見ると、ふっと微笑んだ。でも、それだけだった。
「事情聴取にご協力お願いします」
 警官に言われ、私たちもパトカーに乗る。
「渋谷慎吾さんですね? 話は聞いています。事情聴取は手短にするようにと」
 名探偵というのは、警察にも顔が効くのだろうか。
 私を乗せたパトカーは動き出した。
 これから先のこと。思うこと、考えることはたくさんある。でも、今はただ。
「うっ……」
 溢れてくる涙をそのままにした。
 私の呪いが本物だったならば……姉に手を汚させずに済んだのに。私はそれが、悔しいのだ。


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サークル名:人生は緑色(URL
執筆者名:小高まあな

一言アピール
鳥と怪異と特撮ヒーローが好きです。鳥が出て来ればなんでもOKな鳥散歩と、個人事業主系青年の話ならなんでもOKな青色申告マップという2つの企画をやるのでよろしくどうぞ。新刊は、歩けば事件にあたる名探偵・渋谷慎吾が主人公の「その男、名探偵につき」。謎ではなく、××を解く為に奮闘する恋愛もの。九官鳥もでるよ!

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