フラワーショップYOKI

 フラワーショップYOKIの店主、小高(おだか)まあねは、店の掃除を終えると大きく伸びをした。
 かつて、具体的には2018年7月16日。都立産業貿易センター台東館内でラリー企画に見せかけた魔法陣によるテキレボの掌握を企んだ彼女だったが、割とみんな魔法陣を描くようなルートで歩いてくれなかったという根本的な理由で計画が頓挫した帰り道、やけくそになって売り上げ全額突っ込んで買ったロト6を元手に、ちょっと風変わりな花屋を経営していた。
 からん。
「いらしゃいませー!」
 ドアにつけた鈴の音に、営業スマイルを浮かべて振り返る。
 黒髪でやや小柄な青年がそこに立っていた。
「あの、知り合いからはここでは普通と違った花が手に入るって聞いてきたんですけど」
「はい。当店では、お客様の心から取り出した本で育てた花を販売しています。例えばこちら」
 小高まあねが指差した先には、どこかひまわりに似たピンクの小さな花と、同じ色形なのに大きさがふたまわり大きい花がついた鉢植えがあった。
「こちらはですね、ランドセルにモモイロインコのキーホルダーをつけたお嬢さんの心から採取した本で作りました。新書サイズで、ジュエルPETがかかってぴっかぴかの本ですね。それを土に植えて咲いたものです。花の名前は、さしずめリーガルユカナといったところでしょうか」
「はあ」
「百聞は一見に如かずといいますし、そんなに文字数もありませんし、さくっとお客様の心から本とらせていただきますねー」
 小高まあねは青年の胸あたりに腕を伸ばす。そのままぐっと近づけると、腕は体にめり込んだ。
「うええ?」
「あ、動かないでー。ちょっとくすぐったいぞ。よいしょっと」
 言いながら手を抜くと、彼女の手に一冊の本が……、
「って、本じゃない?!」
 本来ならば心から採取した本がでてくるはずが、彼女の手元にあるのはハガキサイズの紙の束だった。製本はされていない。
「そんな、まさか?!」
「あの……」
 慌てる小高まあねを、やばい店に来ちゃったなーと思いながら客・榊原龍一は眺める。
 彼女はハガキに目を通すと、きっと顔を上げて、
「あなた、さては、本編終了後の時間軸に生きる榊原龍一ね?!」
「えっと、名前はそうですけど。本編終了後?」
「本編の時間軸でならば、文庫サイズで桜の透明カバーをかけられた、新装版の『調律師』が採取できるはずが……。本編終了後の300字ポスカが採取できちゃったのね」
「あの、なんだかわかんないんですけど」
「そっか、3月8日が恋人の大道寺沙耶の誕生日だから花を買いに来たのね! 執筆時は10月だけど、開催は3月だし!」
「そうですけど。あと、恋人じゃなくって、妻っていうか……」
 小高まあねの勢いに圧倒されながらも、龍一はどこか照れた調子でそこを訂正する。
「結婚後の時間軸かよっ! リア充爆発しろっ!!」
「なんで?!」
「今回は雪がテーマだし、なんかこうセンチメンタルで重っ苦しい300字を書かれろ!」
「客なのに、なんでここまで言われるわけ?!」
 その言葉に小高まあねはちょっと冷静さを取り戻すと、
「失礼。予想外の事態にちょっと慌てました」
「ちょっと?」
「大丈夫、私にかかれば製本されていなくても綺麗な花を咲かせられますよ」
 と営業スマイルを浮かべる。
「今更そんな取り繕われても」
「じゃあ、咲かせましょー」
「無視!」
 小高まあねは、取り出した植木鉢にハガキを埋める。そして、
「そーれそれほいほいほーい」
 呪文を唱えた。
「え、ださ」
 龍一のツッコミは無視する。
 しばらくすると、ぽぽぽぽぽーんと芽が出て、一気に花が咲いた。
 それは小さな桜の木のようなものだった。違うのは、桜のような花びらが、濃紺色に白い水玉をしていたことだ。
「これ、花びらが星空になっている……?」
 近づいた龍一が首をかしげる。
「あなたたちがいつか山口で見た、星空のようですね。桜と星、とても『調律師』っぽい花ですね」
「ああ、あの時の……」
 昔を思い出し、龍一は少し口元を緩ませる。それから、
「って、なんでそれをあなたが知っているんですか?!」
「ここは魔法のフラワーショップですから」
「魔法ってなに!」
「魔法の法は法律の法ですよ」
「それ、違う人のセリフだよね?!」
「こんなノリと勢いの話ですし、細かいことはお気になさらず」
「気になるよ?!」
「この花の名前はさしずめ……、After cherry blossomsと言ったところでしょうか。英語なのは、『調律師』の様式美ということで」
 龍一は、その花を眺める。この店主の不審さとか、さっきからちょこちょこ言われるメタかったり失礼だったりする言葉とか、気になることはたくさんあるが、この花は確かに綺麗だ。そしてとても、自分と沙耶にぴったりだ。悔しいことに。
「あの、これください」
「はい、もちろん」
 自分の心から咲いた花を、拒否する人間などいないのだ。
「メッセージカードとか、つけちゃいます?」
「そうですね、せっかくだから」
 とかなんとかやっている間に、からん、と再びドアが開く。
「いらっしゃいませー」
 男女二人組が入ってきた。
「あれー、龍一さん?」
「マオちゃん、神山さん」
 新規の客人・神山隆二とマオは、龍一と親しげに会話を始める。
「龍一さんも、直純さんにここ紹介されたの?」
「いや、俺は円さんに」
「そっかー。沙耶への誕プレ?」
「うん。そっちは?」
「隆二がね、円さんのお世話になってるからお礼にお花でもと思って」
「仕事だから別にいいと思うんだがな、俺は」
「そういう問題じゃないの!」
 というわけで、とマオは小高まあねに向き直ると、
「この人で、お願いしまーす」
 隆二の背中を押して、前に出す。
「うちのシステムは聞いていらっしゃる感じですねー。話が早くて助かります」
 龍一にメッセージカードとペンを手渡すと、隆二に向き直る。
「ちょっとくすぐったいぞ。えーい」
 腕を伸ばし、体にめり込み、
「……あれ?」
 引き抜いた手には、何もなかった。
「え、なんで?!」
「あれ、もしかして、人間じゃないとダメ系ですか?」
 不死者という怪異であるところの神山隆二を見て、マオが困った顔をする。
「いえ、あなたたちお二人ならA5サイズ、全5巻の『ひとでなしの二人組』でも取り出せるはずで……」
 言いかけて、メッセージカードを睨んでいる龍一を見る。
「そうか、しまった。あなたたちも本編終了後の時間軸の人間ですね」
「人ではないが」
「こういうときの人間は便宜的なものなのでほっといてください」
 隆二を上から下まで眺めると、
「一海円にプレゼントすることを考えると、あなたから取り出されるのは『特殊状況下連れ人(仮)』という一海円とのバディものでゴーストバスターもののはず。ただ、10月現在その本文の進捗も20パーセント程度だし、装丁なんてもちろん決まっていない。存在しないものは、取り出せない!」
 悔しそうに舌打ちする。
「なんかわかんないけど、いきあたりばったりで相棒名簿とかやろうとしてるよなーっていう話かな?」
「なんかわからんが、お前今すっごい言っちゃいけないことを言ってるな」
 マオと隆二は、そんなしょうもない会話をしている。
「オッケー、わかりました。そっちがその気なら、こっちにも考えがあります」
 そんな会話をバックに、小高まあねは決意を固めたような顔をする。
「いや、手に入らないなら別にこのまま帰ってもいいんだが、俺は」
「あなたたちにはこちらがおすすめです」
 無視して、奥から大きな鉢植えを取り出す。
「こちらはですね、以前一海円と直純が一緒に来た時にとりだした『15/30』の花です。500ページの上下巻セットで、合わせて1000ページという鈍器でして。『調律師』や『ひとでなしの二人組』の本編はもちろん、その二つのコラボ作品である『Stray Cat』や『電話帳の三番目』、その後日談である『永遠の友達』シリーズも収録された、これぞ人生は緑色というべき一冊なんです。上下巻なんで二冊なんですけど」
「そこは便宜的に一冊でいいんじゃないか?」
 そこにはいろいろな形の花が咲いていた。桜やハナミズキ、赤いアネモネのようなもの、緑色でどこか猫の形をしたような花びら、三種類の花びらが寄せ集まって一つになっているものなど。
「なんか、豪華だねー」
「これならハズレはないです。どれかは好きなはずです」
「あー、まあいいか。じゃあ、これで」
「毎度! メッセージカードは」
「いらん」
「ですよねー!」
 いいながら小高まあねは鉢植えをラッピングする。それぞれテキレボの1ブースほどのお代金をいただくと、笑顔で三人を送り出した。
「ありがとうございましたー!」

 三人は店からでて、数歩進んだところで、なんとなく振り返った。うっすら予想していた通り、そこには先ほどの店はなかった。
「なんか、変な人でしたね」
 龍一がつぶやく。
「ほんとにねー」
「俺らに言われたくないだろうけどな」
 話しながら龍一は手元の袋に視線を落とす。花と一緒に、見覚えのない紙が一枚入っていた。
「花言葉、忘れても忘れない愛」
 書かれていた文字を思わず読み上げる。直後、なんだか気恥ずかしくなった。
「あら、ぴったりー」
 横でマオが楽しそうに笑う。
「お前、失礼だろ」
 それをたしなめながら、隆二は自分の袋にも目をやる。同じような紙が入っていた。
「隆二のはなぁに?」
「花言葉、末裔まで腐れ縁」
 読み上げる。
「……意味深だな」
「一海の末裔まで、腐れ縁?」
「まあ、こっちは死なないからありえるっちゃありえるけど」
「友達とかじゃなくて、腐れ縁っていうのがそれっぽいですね」
「いや、本当にな」
 ただの花言葉のはずなのに、どうにも予言の書のような気持ちになる。その紙をたたんでズボンのポケットにしまうと、
「まあ、花言葉は花言葉。プレゼントはプレゼントだからな」
 よくわからない言い訳をすると、再び歩き始めた。
 また、新しい物語に向かって。


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サークル名:人生は緑色(サイト等なし)
執筆者名:小高まあな

一言アピール
鳥と怪異と特撮ヒーローが好きな一人ヴィレヴァンを目指している、鳥が出てくれれば何でもオッケーのリスト企画・鳥散歩の人。今回は相棒ものを集めた相棒名簿もやります。それにあわせて、ビジネスパートナーなゴーストバスターものの新刊を出したい!

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