チリサケヤシを探して

「チリサケヤシー!」
「関西弁?」
「へ?」
 確かに関西弁には「○○やし」という言い回しがあるが、違う。チリサケヤシは植物のヤシの一種だ。南米チリ原産で、樹液から酒が造れる(つまりチリ「酒」ヤシ)
 ここしばらく、ポリネシアのある島を舞台にした物語が書きたくて、あれこれと調べている。かつてその島は、チリサケヤシの森に覆われていたという。
 チリサケヤシどころか街路樹のヤシさえ真面目に観察したことがない。私にチリサケヤシの森の様子なんて描写出来るのだろうか……
 とりあえずチリサケヤシを見てみよう。近所の植物園に問い合わせてみると、
「残念ながら当館にはございません。神代植物公園温室には小さい木ですが、チリサケヤシがあると聞いたことがあります」
 と教えてくれた。うちから神代植物公園までは電車とバスで一時間半ほど。よし、行ってみよう!

 西国分寺駅で中央線に乗り換え、快速で三鷹駅へ。島に生えていた植物はチリサケヤシだけではない。電車内で資料本を読み直し、見たい草や木の名前をノートに書き出した。
 三鷹にはジブリ美術館や太宰治ゆかりの地など、惹かれる場所が数多くあるが、誘惑を振り切り植物園を目指す。
 バス乗り場は駅から少し離れていて分かりにくい。2番ということは事前に調べていたので、案内の地図を見て辿り着いた。バスは本数が多く、すぐに来た。
 よく知っているはずの東京も、バスに乗って駅から離れるにつれ、旅気分が高まる。いったいどこに連れて行かれちゃうんだろう、という感覚。間違えずに目的のバス停のところで降車ボタンを押せますように。
 バス移動は二十分ほど。無事にボタンを押し、植物園の前に着いた。隣が深大寺だからか、お線香の匂いがする。深大寺も乙な場所だが(蕎麦が有名)寄ってはいられない。チリサケヤシ! チリサケヤシ!
 園内に入ると、お年寄りが多い。介護施設のイベントなのか、車椅子に乗った人とヘルパーさんが大勢いた。車椅子の人がこれだけいるということは、バリアフリーになっているのかもしれない。実際に、正門から大温室まで、レンガを並べた平らな道が途切れず続き、歩きやすかった。
 神代植物公園には立派なバラ園がある。ちょうど見頃であるらしく「秋のバラフェスタ」を開催中だ。
「残念ながら用があるのは君たちじゃないんだ……」
 赤やピンクのバラが噴水を囲んで咲き乱れる、魅惑的な風景に背を向け、大温室へ。
「この大温室は宝くじの普及宣伝事業として整備されたものです」
 と書かれたプレートがあった。宝くじを半世紀以上買い続け、ハズレっぱなしのうちの母親が建てたようなものだ。
 ずんずん奥に入っていこうとしたら、年配のご夫婦が入口に置いてある植木鉢を見て、
「こんな花が咲くのね~」
 と語り合っていた。そうか、ここの植物も飾りではなく展示品か。通り過ぎてしまったらもったいない。じっくり見てみよう。……ん?
「コロカシアだーっ!」
 コロカシアは私が調べている島で、かつて主食だったとされる植物だ。日本でよく食べられているものとは品種が違うと思うが、要は里芋である。
 これがコロカシア…… しかし「コロカシア」と書かれた札のあたりは草むらになっていて、数種類の葉っぱが重なり合っている。どれがコロカシアなの……?
 細長いハート形の葉が芋っぽい、気がする。とりあえず近付いて写真を撮っておいた(後で調べたらそれが正解でした)
 順路に従って進んでゆく。最初に通るのは熱帯花木室だ。ほのかに甘い香りがして、南国の空気を感じる。
 つるが何本もまっすぐに垂れている、面白い木があった。「サガリバナ」というらしい。この名前、資料本で見たぞ。食用として太平洋諸島に移植されたと書かれている。
 蔓の所々に実がついている。いや、つぼみかもしれない。
 花は夜に開いて翌朝には落ちてしまうそうだ。誰もいない深夜の温室で咲き誇り、誰にも見られずに散ってゆく。なかなか物語めいた情景だ。
 小説にこの花を出せるだろうか。私が調べている島にもサガリバナが移植されたか分からない。
「この時代のこの島にサガリバナがある訳ないでしょう!」
 と怒鳴り込んでくる人がいたらどうしよう(たぶん来ない)
 天井を見上げると、バナナがたわわに実っていた。背が高く、サーフボードより大きな葉っぱが広がっている。入りバナナという種類で、ハワイの王様だけが食べることを許されていたそうだ。幹はカサカサしていて木というより草のよう。バナナというのはこんな風に実るものなのか……
 と思っていたら普通のバナナもあり、こちらは私と同じくらいの背丈だった。日本でバナナと言えば黄色く甘いものしかないが、甘味のない、芋のような「料理用バナナ」もあると聞く。私はバナナのほんの一部分しか知らないのだなぁ。
 パパイヤの木も初めて見た。実を中心にして葉っぱが放射状に伸びている。打ち上げ花火のようだ。
 想像していたより、展示されている植物の種類が多い。事前に見たいものを決めておいて良かった。資料本を持たずに来たら「何が何やら」になっていたと思う。
 まあ、単純に美しい花や珍しい植物を観賞するだけなら、準備など必要ないのだが。他の人たちは花や実を指差してのんびり微笑み合っているのに、何で私だけこんなに必死にメモを取っているのか(あとで原稿を書かなければいけないからだ!)
 植物そのものではなく、植物名が書かれた札ばかり見てしまう。名前など気にせず愛でたいのに。
 休憩室を抜けるとラン室だ。ランにはつらい思い出がある。子供の頃、市の施設で遊んでいたら、うっかりランの展示即売会に紛れ込んでしまった。ランに付けられた値札を見て、
「何これ! 高ーい!」
 と叫んだら、ラン愛好家のおじさん・おばさんに取り囲まれ、ランがいかに素晴らしく、育てるのが難しいか、こんこんと説教された。あれは怖かった。
 同人イベントで同人誌を見た子供が「何これ! 高ーい!」と叫ぶところを想像してもらえれば、雰囲気が伝わると思う。子供は他人の愛に配慮などしない、残酷な生き物である。
 続くベゴニア室、熱帯スイレン室も色とりどりの大きな花が咲き並び、ここらあたりが温室一番の見どころなのだろう。しかし私はまだチリサケヤシを見つけられてない。大輪一つ一つの写真を撮りたいところを我慢し、先を急いだ。
 小笠原植物室は一転、地味な草木ばかりになる。小笠原諸島のほとんどは海底の火山活動によって生まれ、大陸と地続きになったことがない。私が調べている島に環境が似ているので、じっくり見てみることにする。ん? タコのイラストで名前の札が隠れてるぞ。
「タコノキか」
 広辞苑に「幹の下部から多数の気根を斜めに生じ、その状態が蛸に似る」とある。タコに似ているからタコノキだったのか。細長い葉が、元気よく上に向かってわさわさ生えていた。ポリネシアでは、この葉を屋根や敷物を作る素材として利用する。
 なおタコノキはパンダナスとも呼ばれる。最初に知った時「パンダが食べる用のナス」なのかと思った。
 最後の部屋は乾燥地植物室だ。この奥にチリ原産植物のコーナーがある。はやる気持ちを抑えて通路を進む。日常では見ることのない、巨大なサボテンが並ぶ。長かったり太かったり丸かったり。とげとげ。可愛い。
 さあ、チリの植物だ~! 何か説明があるぞ。

「平成27年10月にチリ国立ビーニャ・デル・マル植物園からチリヤシやプヤチレンシス、フクシアマゼラニカをはじめとする30種の下記のチリ産植物が寄贈されました。
 これらチリ産植物は、大温室内の乾燥地植物室の一角、チリ産植物の展示コーナー等での展示に向け、現在栽培温室(非公開)での肥培管理を行っております」

 非公開…… 見られないのかよーっ!
 今年は平成30年。三年経っても公開出来ないものなのか。チリサケヤシ(チリヤシ)は成長が遅く、種を植えてから花が咲くまで、百年以上かかったという記録もある。私が生きているうちに、いやそれより前、小説を書き始めるまでに、表に出してくれるのでしょうか……
 がっかりしょぼしょぼ歩く私を、出口のところにある食虫植物たちが慰めてくれた。ウツボカズラは前衛的な花瓶のような形で虫さんたちを待っている。ハエトリグサは牙のある口をパカっと開けた妖怪みたいで愛おしい。
 少し離れた場所にある売店で、これらの食虫植物を売っていたのでびっくりした。虫まみれになっているムシトリスミレとか。欲しいか……?
 事務所でチリ産植物の公開日を尋ねたところ、未定とのこと。
「Coming soon!って感じですか」
 と言ったら、事務員さんが申し訳なさそうに苦笑していた。

 帰りは調布駅行きのバスに乗った。十五分ほどで着いたので、三鷹駅よりこちらの方が近いようだ。
 チリサケヤシを見られなかったのは残念だったけれど、植物を感じながら散策するのは楽しかった。私は植木の生産が盛んな土地で育ったので、懐かしく、心が落ち着いた。Dちゃん(ダンナ)と一緒に来たかったなぁ……

 チリサケヤシと島の植物を探す旅は、これからも続きます。

参考文献
印東道子「島に住む人類 オセアニアの楽園創世記」
川上和人「そもそも島に進化あり」


Webanthcircle
サークル名:柳屋文芸堂(URL
執筆者名:柳屋文芸堂

一言アピール
第4回のアンソロでハニワを作っていた人です。覚えてますか? BL、SF、旅行記など色々書いています。チリサケヤシとは全く関係ないですが、ボケ×ボケのボケ倒しグルメBL「翼交わして濡るる夜は」、人形小説アンソロジー「ヒトガタリ」をよろしくお願いします。

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