両手の中の、小さな花は

 いつものごとく彼は、最近親しくなった少女の元へと向かう。手には袋いっぱいの食料の差し入れ。スラムにある貧しい孤児院には、何よりもありがたいものだった。
 差し入れを彼女に手渡すと、彼女は礼を述べて、それを育ての親であり、孤児院の運営者である先生へと預ける。そしてうつむき加減に、だが少し嬉しそうに、孤児院の外へと出てくるのだ。
 孤児院の中は“彼女の領域”だ。“自分のような者”が入ってはいけないと、彼──レニーは思っており、まだ一度たりとも孤児院の中を見たことはない。「遠慮しなくていい」と、彼女──シーアは言うが、彼は決して自分の取り決めを破らなかった。
 まだ彼女とはそこまでの仲ではないから、そして自分には“そんな資格”はないから、と。

 孤児院の近くにあるこじんまりした空き地で、レニーはいつもの如く、シーアとの時間を楽しむ。だが、まだ双方ともどこか遠慮しており、会話は長くは続かなかった。
 互いに沈黙してしまった間を保たせようと、レニーは思考を巡らせる。
「あー……ええと……そうだ。こ、こないだの差し入れに、菓子入れてあったろ? チビたちの数が分からなかったから適当に放り込んどいたけど、あれ、美味かったか?」
 シーアは顔を上げ、小さく頷く。
「はい。子どもたち、すごく喜んでました。ありがとうございます」
「……ん? お前は? お前は食ってないのか?」
「あげました。風邪気味で寝込んでる子がいて、その子の分、他の子が食べちゃって。だからあたしの分、あげました。その子、お菓子食べたら風邪はすぐよくなったんです」
 わずかに嬉しそうに話す彼女の返答に、レニーは少々ムッとする。
「……またかよ。どうしてお前は、自分の取り分まで他人にやっちまうんだ?」
 シーアは少し困惑した表情になり、両手の指を絡めて俯く。
「みんなが喜ぶ方が……あたしはうれしいから」
「じゃあ、おれの“嬉しい”はどうでもいいんだな? お前が喜ぶと思って、わざわざ選んでやったのに」
「……ごめん、なさい……」
「謝ってほしいんじゃなくて、笑ってほしいんだよ。お前に」
「そ、そういうの……苦手だから。それに……お菓子って贅沢だし、そんな高価なもの、あたしはもらえません」
 彼女は自分に自信がない。皆から蔑まれるスラムで生まれ育ったからという理由もあるが、もともと少々卑屈で、自己を素直に肯定できない性分なのだ。
「はぁ……もういい」
「お、怒りましたか? あの……ごめんなさい」
「怒ってねえ。何でもかんでもすぐ謝るな。しょぼくれた顔ばっかしてないで、ちゃんとこっち向けよ」
「……ごめん……なさい……あたし、迷惑ですね……」
 依然として、彼女は申し訳なさそうに俯いたままだ。
 レニーはようやくこの時になって、彼女に対する言葉の選択肢を間違えたことに気付いた。責めるような、試すような口調は、彼女を追い詰めるだけ。それは互いのためにならない。
 皮肉っぽい自分の性格や粗雑な口調は、彼女をいつも困らせ、怯えさせてしまう。一朝一夕には治るものではないとは自覚しているが、改めたいとは思っている。
「……考え直しか。一体何をやれば喜ぶんだよ、こいつは……」
 彼女ともう一歩でも親しくなりたいが、付き合い方が難しい。レニーは頭を抱えたくなったが、そんな姿を見せたくもなく。
 彼は気のない素振りを続けながら、隣で俯いたままの少女の横顔をちらりとのぞき見た。

 彼の裏稼業の潜伏先として使っている住処は、ラクアの町の中心部に堂々とあった。まさか“あの裏稼業”の同胞たちが、人の多い町の中心部に集まっているなどと誰も思うまい。
 レニーは自室でゴロゴロと怠惰に過ごしながら、ぼんやりとシーアのことを考えていた。
「珍しい食い物も菓子も、その日食うパンですら、あいつは孤児院のチビたちにやっちまう。一体、何を贈ればあいつは喜ぶんだ? 分かんねぇ……」
 少々蒸す部屋だが、暑さには慣れているので、さほど不快ではない。暑い砂漠に住まうのだ。暑さに不満を抱くことはない。気が滅入っている時などは、つい悪態を吐くが。
「きっと今まで差し入れてやった食い物は、ほとんどあいつの口に入ってないはず。そういう奴だよ、シーアって」
 自分のことより、自分より幼い子どもたちのために──そういった思考を持った少女は、頑なに彼から高価な贈り物は受け取らなかった。最初、気まぐれに食料の差し入れを贈った時ですら「もらう理由がないです」と、突っぱねてきたのだ。それをなんとか、「単なる気まぐれで、くだらない偽善だから、チビたちに食わせてやれ」と言い包め、素直に受け取るように仕向けた。その言葉のせいで、贈り物の意図は変わってしまったが。
「服や靴は、前に拒否されたっけ。金や宝石なんて高価なもの、あいつは絶対受け取るはずがない。はぁ……食い物は全部チビたちの方へいっちまうし、どうしたもんかね……」
 贈り物で彼女の機嫌を取りたい訳ではないが、何か、自分の気持ちのような物をずっと贈りたいとは思っていた。形に残るものは、高価だからと断られ、食料などは全て彼女をすり抜けて、孤児院の子どもたちの口へと入ってしまう。
 自分を飾ったり、見た目に執着しない女への贈り物が、こんなに難しいだなんて。
 思考は堂々巡り、八方塞がりかと思った時だ。
 ふと、壁に貼られた絵を思い出した。以前、養父の情婦だったか他の誰かだったかが「この部屋はあまりに飾りっ気がないから」と、笑いながら勝手に貼っていったものだ。
 そこには誰か描いたのか、稚拙なタッチの花が描かれている。無銘の絵描きでもいたかとぼんやり思ったが、視線はその花に吸い寄せられた。
「花? ……そうか、花なら!」
 起き上がって絵をまじまじと見るも、すぐ首を振る。
「……バカ言え……。こんな地獄みたいな国で、花なんて気軽に買える訳がない。下手すりゃ、チャチな宝石より高値で取引されるんだぞ」
 自虐的に呟き、彼はその瞳に落胆の色を滲ませる。
 そう。この砂に埋もれた国ウラウローでは、可憐な花など容易く手に入る代物ではない。 昼は熱射にさらされ、夜は極寒となる、ろくに養分のない砂地に、野花や雑草など芽吹きはしない。
 日々食べる物にも困るこの地で、腹の足しにもならない花など好き好んで育てる物好きもいない。極稀に富豪の商人が、自己顕示のために屋敷を飾る花を作らせてはいるが、先ほど彼もごちたように、瑞々しい生花は小さな宝石よりも高値で取引されるものだった。
「やっぱダメか……」
 再びベッドで怠惰に過ごそうとしたレニーは、ふと先程まで寝転がっていたベッドに花が咲いていることに気付いた。いや、花が咲いているのではなく、薄手の毛布がぐるぐると絡まり、以前図録か何かで見知ったバラの花のように見えたのだ。
 ハッと息を飲み、レニーは名案を思いついたとばかりに表情を明るくさせる。そして部屋に作り付けてあるクローゼットの扉を開いた。

 シーアの住む、スラムの孤児院に、レニーは早朝から押し掛けた。
「……どうしたんですか? こんな早くにあなたが来るなんて……」
 シーアは少し驚きつつも、いつも通り少しおどおどした雰囲気で彼を迎えてくれた。
「時間なんかどうだっていい。今日は差し入れはなしだ」
「はい。あ……いつもいつも、いただいてばかりでごめんなさい。迷惑でしたよね?」
「そんなことねぇよ。おれがそうしたいから、やってただけだし」
 やはり差し入れのことを気にしていたのかと思いつつ、レニーは気持ちを切り替えて、後ろ手に隠していたものをシーアに差し出す。
「……お、はな? あ、でもこれ……」
「ああ。本物じゃなくて、捨てるだけのハギレを折ったりくっつけただけの花だよ」
「あなたが作ったんですか?」
「そう。こんな物作るなんて、初めてだったから要領悪くて思ったより時間かかっちまったけど。元々捨てるために置いてあったハギレで作ったものだ。高価でもなきゃ、価値なんかもない。これなら、お前でも受け取れるだろ?」
「……あたしのために……作ってくれたんですか?」
 頷くと、シーアは沈黙したまま微動だせず、じっと彼を見つめている。
「本物じゃないし、初めて作ったから出来も悪いけど……これが今の気持ちだから」
 そう告げてから、急に羞恥心がこみ上げてきた。やはり不格好だったか、もう少し練習してから贈った方がよかったか。だが、あの時の気持ちのまま突っ走ってしまわねば、誰かのために、こんな物を作るなんて気になれなかったのは事実だ。
 差し出したよれた造花を持ったまま、レニーも言葉を飲み込んでしまう。
 手作りの造花を、シーアはゆるゆるとした動作で受け取った。そういった動作に慣れていないという様子が丸わかりの、ぎこちない動きで、彼の差し出す小さな花を受け取る。
 細い両手で包み込むように造花を持ち、いつも無感情な彼女の表情が柔らかくほぐれた。不慣れな笑みを、そっと浮かべた。
「……うれしい、です。とても、うれしいです。お花、大事にします」
 レニーもつられるように微笑み、ホッと胸を撫で下ろす。
「やっと……笑ってくれたな」
「だって、うれしいです。すごく」
「次はもっと上手く作るよ。だから今はこれで我慢してくれ」
「……あたしはこれがいいです。あなたの気持ちがいっぱい詰まった、このお花が好きです」
 愛しい少女を抱き締めたい衝動に駆られるが、まだそこまでの勇気はレニーにはない。触れれば壊れてしまいそうな、小柄で華奢な、清らかな少女は、まだ自分のような“汚れた”者が触れていい存在ではない。

 彼と彼女がもう少し親密になるには、あともう少し、ゆるゆるとした幸福な時間と、ぎこちなくも柔らかな対話が必要だった。
 だがそれも、もう間もなく、ほぐれて結ばれ、互いの願いは叶うこととなる。


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サークル名:アメシスト(URL
執筆者名:天海六花

一言アピール
「砂の棺」のスピンオフです。
今作で登場する人物と「同名の人物」が本編に登場します。どうして同名なのか、別人のようだがそれはなぜか、という謎を交えて本編が進みます。
全てが明らかになるその時まで、そして叶わなかったその後の未来の物語が「誰か」に語られるまで、ゆるゆると楽しんでいただければ幸いです。

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