Gardenia

 人を撃ち抜いて血液が飛び散る様は、蕾が花開く瞬間に似ている。すぐに枯れてしんでしまうけれど。散った命をどこかで誰かが悲しむと思うと、心に沁みる美しさだ。死んでも誰も悲しまない雑草くそ野郎かもしれないけど、それはそれ。真実よりも自分が観たいものを想像して、俺は花を咲かせる。身体1つで沢山の花を見る。写真にでも残せばたちまち芸術品だが、ほんの一瞬を目に焼き付ける。後には残らないその儚さも、まるで花のようで。
「綺麗だなぁ。」
 俺は運が良かった。何をしでかしても片付けて、何があっても何もなかった事にしてくれる家族がいる。ただ不幸なのは、俺のこの美学を理解する奴がいない事だ。
 ――ああ、でも。
 口元が緩む。親父に聞いた話だ。この国には昔、人々を震撼させた殺人鬼がいたらしい。殴り、潰し、刺し、穿つ。手段は一貫せず、誰であれ殺してみせる圧倒的な強さがあり、死体には必ず花を振りまいたという――…そいつもまた人の死に、花と同じ美しさを感じていたのだろうか。そうだとしたら嬉しい。俺の考えを、感じ方を、理解できる人間がいたのなら、その時は。

    ×××

 甘い香りがする。
「……。」
眠りから覚めた時、至近距離に男性の顔があったとして――女性は、どんな反応をするのが正しいのだろうか。シンシアはその答えを見つける事ができず、息がかかりそうな近さにただ驚き、硬直していた。こんなにも近くに、彼の青い瞳がある。自分は今、一体どんな顔をしているのだろうか。
彼――エイベルは微笑むと、手にした白い花を一つ、シンシアの顔の横に添えた。そのためにこんな体勢になっていたらしい。彼が緩い動きでシンシアの上からどくと、ようやく正常な呼吸ができるようになった。無意識に息を止めていたようだ。
「…何をしてるの。」
 シンシアはやっと、呟くように言った。視界の端々には同じ白い花が見える。甘い香りはどうやら、身体の周りに置かれた花から漂っているらしい。立ち上がったエイベルはにっこりと笑う。
「君がよく眠れるように、花の香りのプレゼント。」
「…困る。」
 ため息交じりに言った。確かにとても良い香りだが、潰してしまいそうで動くのがはばかられる。エイベルが来るとわかっていたのに、リビングのソファなんかで寝てしまった自分の過失だ。壁掛け時計を見上げれば、シンシアが横になってから一時間が経過している。
「あなた、いつ来たの。」
「30分前かな。」
 その30分で何十本もの花を買い込んで、せっせと並べていたのか。説教は諦めて体を起こすと、白い花がぽとりと落ちた。花のすぐ下には緑色の葉があり、茎はどちらかというと、細い枝のようだ。
「これ…もしかして、樹に咲く花?」
「そうだよ。」
 そんなもの、花屋ですぐ大量に手に入るのだろうか。まさかどこかからむしり取ってきたのでは…と思わなくもなかったが、シンシアは言葉を飲み込んだ。そもそも彼を事務所に呼び出したのは、与えられた任務について説明するためだ。さっさと本題に入らなくては。2人分のコーヒーを持ってきたエイベルが着席するのを待って、シンシアは話し始めた。

 今回のターゲットはとある裁判官の息子、デクスター・スウィーニー。屋敷で十数人の使用人と共に暮らしているが、ここ1年、ひと月に2、3人のペースで使用人が失踪している。解雇した、行方は知らぬ存ぜぬと言われた家族や友人が警察に相談し、けれど圧力がかかって捜査は打ち切られた。
 法律通りのやり方で調べられない案件ならば、「特務課」の出番だ。既に潜入捜査班が使用人として潜り込み、デクスターが使用人たちを殺害した証拠を掴んでいる。次はシンシア達、実行班がターゲットを捕え、あるいは――…

「殺していいんだ?」
「《捕縛あるいは行動不能状態にすること》。殺していいとは書いてない。」
「はいはい。言い方の問題だね。」
 任務の資料をパラパラと流し読みしながら、エイベルが返した。昔の、警官になったばかりのシンシアなら食ってかかるところだが、今となってはただ沈黙に同意を混ぜるのみだ。法で裁けない相手には、こちらもそういう手段をとる。そのために「特務課」ができた。
 殺人罪で死刑が決まっていたエイベルが極秘で生かされたのは、彼の戦闘能力を買ってのこと。裏切らないように、心臓に爆弾を埋め込むという非人道的な措置までとられている。そして監視役であるはずのシンシアは、肝心な事は何も知らない。彼の本名も、出自も――誰を、なぜ、殺したのかも。知る事を禁じられている。
「警備が厳重な反面、使用人の雇用条件はかなり緩い。私たちも使用人として入って、殺害現場の地下室には防音設備もあるから…そこで実行する。」
「使用人ね…。シンシアちゃんは可愛いから、予定より早くそこに連れ込まれそうで心配だよ。」
「そういう冗談はいい。真面目に聞いて。」
「はは」
「私は、あなたも使用人として潜入っていう方がよほど心配。」
 真面目に演じるとは思えないし、強い事を勘づかれたら雇用されない可能性もある。むしろそうなって、シンシア単独で事を済ませる方が手っ取り早い気もするが、何せ上の命令で2人セットで動かなくてはならない。エイベルはからから笑った。
「ごもっともだね。」

 ――それが、ほんの2日前。

 なんとエイベルの冗談通り、シンシアは予定より4時間も早く地下室に連れ込まれていた。もっとも理由は外見ではなく、他の使用人に暴力を振るったデクスターを止めたせいだ。ちょっと来い、と言われて黙ってついてきたが、まさか地下室直行とは。
 ガチャン。
 入口の扉に鍵をかけ、デクスターが一歩、二歩と近づいてくる。シンシアは辺りを見回した。壁近くには棚がいくつか並び、隅にはクロスを床まで垂らしたテーブルと椅子が置かれている。自分と相手の距離は2メートルもない。デクスターはにやにや笑いながら、ゆっくり見せつけるように拳銃を取り出した。
「これでお前の身体に血の花咲かせてやるよ。どうだ?嬉しいだろ。芸術になれるんだ…」
 すぐ棄てちまうけどなと口角を上げて、拳銃をこちらへ向けている。殴っても蹴っても捻り上げても、簡単に奪えそうだ。もうやってしまおうかと考えていると、デクスターが大きく舌打ちした。
「おい…余裕ぶってんじゃねぇぞ!」
 銃を怖がらないのがムカついたらしい。デクスターは拳銃の撃鉄を起こし、シンシアは距離を詰めるため足に力を込めた、その瞬間。横から飛んできたテーブルがデクスターに直撃した。
「がはっ!」
 予想外だったのか、デクスターはテーブルもろとも床に倒れ込む。取り落とした拳銃がカラカラとシンシアの足元に転がってきた。拾い上げると、再び短い悲鳴が聞こえる。
「君もひどいなぁ、僕の前で男と密会なんて。」
 わざとらしく言うエイベルが、デクスターの腕を捻り上げていた。棚から盗ったのか薄汚れたロープまで持っていて、デクスターを後ろ手に縛り始める。シンシアは拳銃の撃鉄を戻し、ポケットに押し込んだ。
「あなた、いつからいたの。」
「最初から。いやぁ、まさか本当にこうなるとは思わなかったけど。」
 先日の会話を覚えているらしい。エイベルはくすくす笑いながら入口とは反対側の扉へ歩き出す。シンシアがロープをぐいと引っ張ると、デクスターはよろめきながらも立ち上がった。
「な、何だよてめぇら、誰だ?」
「いいから歩いて。あなたの身柄は預かる。」
 軽く背を押し、先へ促す。デクスターは挙動不審になりながら歩き始めた。
「まさか…親父を恨んでる奴か?だったらそっちをやれよ。俺は関係ねぇ!」
「あなたが人を殺してきた事はわかってるから、無駄に騒がないで。」
「俺は間違ってねぇ!!」
 デクスターが吠えた。
「静かにして。」
「昔、死体に花を撒いたシリアルキラーがいただろ!?俺はそいつと同じなんだよ!血が花みてーになる瞬間は最ッ高の――」
 言い終わる前に彼は吹き飛んだ。エイベルが振り向きざまに放った強烈な回し蹴りが、その顔面を撃ち抜いたためだった。シンシアが止める暇はなかった。デクスターの身体は地面に打ち付けられ、跳ね返って壁まで転がった。みるみる血が広がっていく。
「ごめん、うるさいから蹴っちゃった。」
 普段より幾分低い声で言うエイベルは、笑っていない。突然の事で声を出せずにいるシンシアと目が合うと、細い目を閉じてくすりと口角を上げた。
「ギリギリ死んでは…いや、もう無理だね。……行こうか。」
「…わかった。」
 暗に《そいつに近付くな》と言われた気がして、シンシアは奥の扉へと進むエイベルの後を追った。常日頃シンシアに色々な花を贈る彼の事だ、血が花だとかいう発言はよくなかったのだろう。
 ――にしても、花を撒く殺人犯なんて。
 随分と変わり種がいたものだ。シンシアは刑事になってまだ数年、昔の事件など知る由もない。新聞やテレビで報道されていただろうか。それとももっと昔だろうか。ロープに触れた指が汚れた事に気付いて、シンシアはハンカチを取り出した。
「ん…?」
 一緒に出てきたのか、白い何かがひらひら落ちる。シンシアの声に、エイベルも振り返った。しなびた白い花びら。なんだろうと考えるより早く、エイベルが回答をくれた。
「あぁ、ガーデニアの花びらだね。」
「ガーデニア?」
「この前、君の周りに飾った花だよ。」
 そう言って、エイベルは奥の扉を開けた。シンシアも後に続いて扉をくぐり、聞き返す。
「あの花、そういう名前なの?」
「そうだよ。香りが良いから、幸福や喜びを表すけど…」
 扉から手を放す直前、エイベルは部屋の奥を見た。デクスターはぴくりとも動かない。
「死人にも合うかもしれないな。」
「なぜ?」
「他の国ではあの花を――《クチナシ》って呼ぶからね。」

扉が閉じるその時まで、血だまりからは物音ひとつしなかった。


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サークル名:藤墨倶楽部(URL
執筆者名:鉤咲蓮

一言アピール
ファンタジー、バトル、和風、怪奇、推理、ギャグなど様々なジャンルの書き手が集まったサークルです。本はHPから試し読みが可能。
※本作は鉤咲蓮の個人本『Joke』関連作品です。

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