清涼の里の花売り

 「子供は入ってはいけません」
 そうひらがなで書かれたプレートで囲まれたエリアがこの村、ジョンノンにはあった。万が一この先に入ってしまうと、とても怖い思いをするのだという。そしてジョンノンの大人たちはプレートで囲われたエリアの人間を、まるで汚いものや、かわいそうなものを見るかのような目で見ていた。
 エリアは「清涼の里」という、一見とても美しい名をつけられていた。

「お母さん、清涼の里には何があるの?」
 少女、スニは興味しんしんといった様子で母親を見つめる。すると母親はため息交じりに言った。
「お花屋さんがいっぱいあるの。でもそのお花は決して見てはいけないの」
 もはや何度目かわからないスニの質問に、母はすっかりあきれ返ってしまっていた。
 それでもスニは好奇心を満たせないのか、清涼の里の方を見る。
――いつか行ってみたい 
 スニの心の中には、そんな気持ちでいっぱいだった。
 
 ある日、スニのそのチャンスが思いがけず回ってきた。清涼の里の手前にあるトンデムンの市場に布地を買ってくるようにお使いを頼まれたのだ。
「くれぐれも清涼の里には言ってはダメですよ。わかりましたか」
 母親はスニの好奇心を見越してか、そう念を押す。しかしもうこのころには、大人をだますすべをスニは覚えていた。
「わかったよ! おかあさん!」
 スニは元気よく、大人を欺くすべを使い、トンデムンへと向かった。
 
 トンデムンの市場で頼まれた布を買ってきたスニは、「子供は入ってはいけません」と書かれたプレートの前で立ち止まった。今日はこの先に向かうのだ。母親に見つかったらどうしたものか。そんな思いに駆られるも、勇気をもってそのプレートの向こうへと入っていった。
 プレートの向こうではたくさんの女性が花を売っていた。ある人は赤いリップクリームを塗り、バラを売る。またある人は紫のリップを塗って桔梗を売っていた。
 共通することはそのすべてがまるで目を張るように美しく見えたことだ。化粧をした女性、そして鮮やかに咲き誇る花たち。スニはそれらをまるで取りつかれたように見つめていた。
「そのお花、一つください」
 勇気をもってヒマワリを売っている女性に話しかける。しかし女性はスニを見て、優しいほほえみを浮かべて言った。
「あなたはもう少し大きくなったらすごくお花が似合うようになるわ。だから今はダメ」
 スニはそののち、しょんぼりしながら家へと戻った。

 それからしばらく、あの幻想的な花たちの姿を忘れることができなかった。
 極彩色とはあのような色を指すのか。そしてうつくしさとはああいった姿を指すのか。
 スニの心はさらに強く、そして激しく清涼の里へと向かっていた。
 もうこのころになると成長し、スニは親の許可を受けずともある程度自由に動けるようになっていたから、スニは誰にも内緒で清涼の里へと向かうことができた。
 
 清涼の里は相変わらずきれいであった。確かに極彩色の街並みではなくなったけれど、やはり独特の派手な色合いが街を覆っているように感じられた。
 スニはこの町の一番奥の、ヒマワリの女性のもとへと向かう。
「私、今なら大丈夫ですか?」
 少しばかり年を重ね、円熟した女性はにこりと笑った。
「まだあなたには早いわ。でもまぁ、いいでしょう」
 いうと女性はひまわりの花を渡した。スニの顔以上にあるヒマワリの花弁に、切り花なのにもかかわらずしゃんとした茎。どうやったらここまでしっかりとした花を咲かせることができるのかと、スニは驚いた。スニは花に顔を近づけ、香りをかぐ。まるでくらくらするような花の蜜のにおいに、スニはとりこになりそうだった。
 
それからスニは何度もこの清涼の里を訪れ、ひまわりの女性との会話を楽しんだ。ひまわりの女性はほかの町を追放され、泣く泣くこの町に流れてきたのだという。その一方でこの町のお花売りはみな誇りをもって花を売り、そして人に喜んでもらうことが何よりも幸せだとスニに聞かせた。
「ありがとうございます」
 スニはまず、話を聞かせてくれたひまわりの女性に感謝を伝えた。話すことはとてもつらかっただろう。なんとなくそんな気がしたからだ。
「いいのよ。気にしないで。私たちは日陰の花だからね」
 ひまわりの女性はそれ以降、スニに花売りの花をしてくれることはなかった。
 
さらに数年後、スニは研究者になっていた。
 清涼の里の女性たちのような人はほかにいるのだろうか。そして清涼の里の女性たちをどうやったらもっと幸せにすることができるか。そればかりを考え、スニは自ら花を売りながら考えるようになった。
 清涼の里の花は子供には見せてあげられないから立ち入り禁止にされており、さらに花売りはさげすむべき相手だからと大人たちも近づかないようにしていたという話をまとめることができた。
「なんて話だろう」
 スニは研究室でため息をつきながら資料をまとめた。
 そんな時一通の手紙がスニに届いた。そしてスニはその内容を読み、いてもたってもいられなくなり、清涼の里へと向かった。

 清涼の里から火が上がっていた。花売りはみな縄をかけられて捕まえられており、そして鮮やかな花はすべて燃やされていた。花売りたちが雨露をしのいできた建物は工員によって破壊されていた。
「そんな……」
 スニは息を忘れ、ひまわりの女性を探す。しかし彼女はすでに連れ去られていったのか、清涼の里にはいなかった。

 スニはすぐに村長のもとへと走っていった。
「清涼の里のお花売りをどうするつもりなんですか!」
 スニの怒りに気おされたのか、村長は少し当惑した表情で見つめて言った。
「あそこには……大きなお店を立てるんだ。子供たちに恥ずかしい場所を残すわけにはいかないからね」
 恥ずかしい場所。その言葉にスニは押し黙る。
 日陰の花。
 ひまわりの女性がそう言っていたことを思い出す。しかし日陰に咲いていた花だって、花なのではないか。
「日陰にも花は咲きます」
 スニは宣言する。しかし村長はため息をついていった。
「あそこに群がるのは花だけじゃない。虫も寄ってきて街に悪さをするんだ」
 いうと村長は三十センチほどはあるであろう資料を持ってきた。
「これ、全部が害虫被害だ。こんな虫に村をやられるよりも、何倍も大きなお店の方がいいだろう!」
 村長の叫びに、スニは押し黙ってしまう。
 
 その夜、スニは考えていた。
 花売りはどうすれば幸せなのだろうか。ない方が幸せなのだろうか。あるいは花売りと共存した方が幸せなのか。
 考えをまとめるためにすぐに研究室を飛び出したスニは、それからしばらく研究室に戻ることはなかった。

 それから数年後、清涼の里には大きなお店ができた。
 最近この村にも入ってきた映画を楽しめるキネマや、巨大な食堂がある店は、たちまち評判になり、かつての清涼の里の独特のあでやかさを覆い隠してしまっていた。

 スニも店を訪ねてみた。
 まだどうしたら彼女たちが幸せなのか、わからない。しかしいま、その幸せを探すために考えることはできると考えていた。
 店の中にはきれいな生花を売るコーナーがあった。スニは店で売られていた生花から、一本花をとってみる。見事に咲いたヒマワリの花だった。
「これ、いただけますか」
 スニは声をかける。すると奥から出てきた人物に思わずスニは息をのんだ。
「おねえさん……」
 
 ひまわりの女性はスニを見ると、にこりと笑って見せた


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サークル名:孝子洞のシャチ(URL
執筆者名:LangE

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