探偵ちゃんと桜花御膳

unnamed-file

これは、ある女性の身辺調査を行っていた探偵が、その途中で出くわした料亭の、ちょっとした事件。しかし事件とは言えないような、そんな物語である。

「うちの料理を真似されるなんてね」
それは私がある女性の身辺調査の途中、雰囲気の良さそうな落ち着いた料亭『桜花屋』で夕食を楽しんでいる途中、料亭の女将がポロリとこぼした一言だった。
「真似されたって、どういうことですか?」
「あらら、聞こえてましたか? 申し訳ございません」
桃色の着物を身に纏った女将はそう頭を下げると簡単に、何があったかを「お恥ずかしながら」と語った。
鰆と漬物、煮っ転がし、鮪と鯖のお刺身にお吸い物、炊き込みご飯。
この料亭の名物の『桜花御膳』と呼ばれる御膳と類似したものを出す料亭が、ここ最近出てきたのだという。見てくれだけ同じものを出そうとするならいくらでもできる。しかし問題は料理そのものもそうだが、この御膳にも使われている門外不出の『出汁』までそっくり真似されていることだという。
「そこまで真似されていると分かるんですか?」
「ここの出汁は私だって何度も口にしました。お吸い物でも煮物でも、一口すれば同じものだと分かりますよ。だから一度頂いてすぐにそうだと気づきました」
「なるほど……」
女将の話を聞きながら煮っ転がしを口にする。醤油ベースなのにさっぱりしている煮物だ。頂くのは初めてである。
「かつて働いていた人が出汁を真似したんでしょうか?」
『探偵』と名乗っているのは今のところ建前だけだが、探偵の習性なのだろうか私はついつい踏み込んだことを尋ねていた。
「そんなことはありません。この『桜花屋』は25年前にお店を開いて以来私と主人の2人で切り盛りして参りました。それに私ですら『出汁』の作り方は知らないのです」
ありがたいことに、女将は私の詮索からの質問に迷惑がらずに答えてくれた。
しかし作り方は門外不出、女将すら知らない『出汁』をどうして真似出来たのかはやっぱり想像できない。
「女将さん、ビールもう1杯良いかい?」
「あ、はいはい。少しお待ちを」
女将は少し離れたテーブル席で晩酌を楽しんでいた仕事帰りの男性2人の方へと向かった。
少し、女将の話とこのお店の様子から情報を整理してみよう。
女将はおおよそ50代。料亭の壁を見ると1枚の写真を見つけた。この料亭の前で撮られた写真だ。そこには今と比べて少し若い頃の女将。その女将と同じくらいの年代と思われる板前衣装の男性が映っている。なるほどおそらくこの方が『出汁』の作り方を知っているご主人だろう。つまりご主人も女将と同じ年齢と推理できる。創業は25年前、となると2人とも随分とお若い時分にこの料亭を開いたのだろう。それ以来ずっと一人でこの店の味を守っておられる。
ご主人だけが知っているとなれば、文書で残っていてもデータ化しているとは考えられない。データ流出の可能性はないと思えるから……
「味で盗んだ?」
考えながらお吸い物を一口すする。
当然、私にはそれだけでは作り方なんか分からない。しかし人によってはそれだけで何となく想像できるものなのかもしれない。いやもしくはこの汁を何らかの方法で持ち帰って化学分析でもしたのか? 
「こちら御済のお皿お下げ致しましょうか?」
食べながら考えている最中、女将が再び声をかけてくる。気付けばお茶碗と煮っ転がしのお皿は空だった。
「あ、ありがとうございます」
女将はその細い腕で茶碗と煮っ転がしのお皿を下げる。
いくら考えても分からない。しかし、分かったところで何か得がある訳でもないし『出汁』真似した料亭をどうにかできる訳でもなさそうだ。おせっかいと言われればまさにそれ。しかし……
「『桜花御膳』を真似した料亭ってどこにありますか? 少し調べてみようと思うんですが」
謎が解ければ、少しは女将たちの気が楽になったりはしないだろうか? なんて考えてしまう。
『探偵』と名乗っているのは今のところ建前だけだが、これは探偵の習性なのだろうか?

「いらっしゃい」
そんなわけで翌日
『桜花屋』の秘蔵の出汁と『桜花御膳』を真似したと言われる料亭『藤華』へとやってきた。真っ先に声をかけてくれたのは20代の若い女性。若女将、とも言えるだろうか。店の雰囲気は『桜花屋』と似たものがあるが、『桜花屋』と比べて随分若い人が多い。
カウンター席に座り、メニューの冊子を広げる。全体的に値段は『桜花屋』と比べて安い。女将の若さもそうだが、このリーズナブルな値段も若い人が多い理由だろう。
メニューの写真をざっと見ると……あったあった。
『藤御膳』
出てくるお料理は鰆と漬物、煮っ転がし、お吸い物、ご飯。
リーズナブルな分お刺身が無い、そして炊き込みご飯では無く普通のご飯。しかし他はほとんど『桜花御膳』と同じだ。
「すいません『藤御膳』を1つ」
「はい、かしこまりました!」
注文をするとすぐに若い女将の明るい声が聞こえた。

そういえば『桜花屋』でもそうだったが板前のご主人は姿を見せず、ほとんど女将が接客を行っている。共通点、ではあるが……関係は無いか。
注文をしてから15分程度で黒く艶のある綺麗な器に盛られた『藤御膳』が運ばれてきた。
「こちら藤御膳になります」
女将が私の目の前に御膳料理を置く……この段階で煮物の香りを感じた。間違いない。『桜花御膳』と同じ香りだ。
「ごゆっくりどうぞ」
「い、いただきます」
箸を手にまずはお吸い物の蓋を開ける。すると予想通りあの出汁の香りがした。
本当だ。本当にあのままの香りだ。
全く同じ。『桜花御膳』のそれそのもの。
恐る恐るお吸い物を口にする……お味は、言うまでもない。
煮物も口にしてみる。やっぱりこちらも同じ。
醤油ベースなのにさっぱりしている。門外不出と言われたあの出汁を使っていると、料理においては素人である私でも分かる。
「どうか、されました?」
しまった。顔に出ていたらしい。
「い、いえ……お出汁がきいてて、おいしいなと……」
とりあえずの返事としては最適解だろう。間違っても「桜花屋と同じ出汁ですね」とは言えない。
「ありがとうございます! うちの自慢の出汁なんです」
「そうですか……」
「私も主人の作るこの出汁に惹かれて、いつの間にか一緒になっていました」
若女将はそう言って、頬をほんの少し赤くしながら笑った。
「あー、サユちゃんまたのろけだ!」
「口下手な桜庭くんとのラブラブ新婚生活の話くるよこれは!」
すると私と少し離れた位置で食事をしていた2人のOLが茶々を入れた。
若い女将の友人か? それなりに長い付き合いだと見た。
「もーやめてよサツキ、ヤヨイ……今は私『女将』なんだから」
「そんなこと言ったって、サユちゃんいつまで経っても『女将』って感じがしないんだもん」
「未熟ってやつだよ。あ、サユちゃんいつものおかわり頂戴」
「わ、私だって努力してますもん! 分かりましたー」
そう言って若女将は日本酒の便を手に取った。

……ん? 待てよ?
『桜庭くんとのラブラブ新婚生活の話くるよこれは!』
桜庭くん? “桜”庭くん? まさか……いやでもそうだ。
「この『桜花屋』は25年前の創業以来私と主人の2人で切り盛りして参りました。それに私ですら『出汁』の作り方は知らないのです」
ご主人と女将の他に『桜花屋』で働いていた人はいない。けれど、もし『桜花屋』のご主人と女将の間に子供がいたらどうだろう? その子ならば……
いや、名字だけで考えすぎか。いやしかしこれならば辻褄は合う。
「お、女将さん」
「はい? 何か……」
「このお出汁、ご主人が作ったと仰ってましたよね」
「はい。なんでも『昔いた実家の味が一番おいしかった』って」
あれ、あれあれ? なんだか私の仮説、当たってない?
当たってるよね? 当たってますよね!?
「昔いた、ご実家ですか?」
「えぇ、板前修行で全国駆けずり回った挙句に『実家が一番』だなんてしょうがない人ですよね。しかもそのご実家、黙って出て行ってしまったから今さら『帰れない』なんて言うんですよ」
なるほどなるほど、私はどうやら確かめなきゃいけないらしい。

「あら、いらっしゃい」
再び『桜花屋』
「どうも女将さん、お久しぶりです」
「お久しぶりだなんて、つい2日ほど前じゃないですか。ささ、座ってください」
そうして私はカウンター席につく。本当は何か頂いてから尋ねるべきだと思いはしたが、如何せん私は抑えきれずすぐに尋ねてしまった。
「女将さん、ご主人との間にお子さんはいらっしゃいましたか?」
「え?」
女将の表情が変わった。アレは多分『図星』って感じか。
「い、いましたけど……」
なるほどなるほど。
「質問を変えます。女将さん、女将さんの名字って『桜庭』ではありませんか?」
「え!? は、はい……でもどうしてお分かりで?」
やっぱり、やっぱりそういうことだった。
「『桜花御膳』と出汁を真似た『藤之屋』は、御二方の息子さんのお店です」
『藤之屋』の板前、2人の息子さんは幼少期から、この店のお出汁で作られる料理を口にし、味わいながら、父親であるご主人が出汁を作るその姿を見ていたんだろう。だから門外不出のこの店の出汁を真似できた。
いつしか息子さんは板前修業に出て、最後に出した結論が『実家『桜花屋』のものが一番』というものだった。そんな息子さんが店を出して、お客様に料理を出すとなれば当然『桜花屋』の出汁を使うはずだ。
私はこの推理を女将に話した。
「け、けどあの店には私も一度足を運びましたが……息子の姿も見ませんでしたし、声も聞こえませんでしたが……」
そりゃそうだ。そこはやっぱり『親子』だから。
「ご主人を見ればお分かりになるでしょう? 息子さんも同じで『決して調理場から出てこない』んですよ」
そう、だから例えお客が実の母だろうが姿を見ることは無いのだ。父譲りの口下手故に。
「あの若い女将も、息子さんのお嫁さんです」
「そうでしたの!?」
「えぇ、仲睦まじそうなご夫婦でした」
「そ、そうだったの……」
女将さんはその口調とは裏腹に安堵したような、それでも少しばかり怒っているような表情を浮かべていた。
私は女将に渡された温かいお茶を一口。
「ここの『桜花屋』ってお店の名前、名字からつけてるんですよね?」
「はい」
こういうことを言うと、まるで私の雇い主みたいだがそれでも、口下手な親子のせめてもの救いになればと、私はこう言った。

「ご存知ですか? 息子さんのお店『藤之屋』って名前ですが、藤の花って桜の見頃を終えた頃がちょうど見頃なんですよ」


Webanthcircle
サークル名:蛇之屋(URL
執筆者名:白色黒蛇

一言アピール
AmazonKindleを中心に活動している電書作家です! 今回も新作の小説を携えてテキラボ参戦!

Webanthimp

この作品の感想で一番多いのはほっこりです!
この作品を読んでどう感じたか押してね♡ 「よいお手紙だった」と思ったら「受取完了!」でお願いします!
  • ほっこり 
  • ごちそうさまでした 
  • 楽しい☆ 
  • しんみり… 
  • この本が欲しい! 
  • エモい~~ 
  • ゾクゾク 
  • 受取完了! 
  • そう来たか 
  • しみじみ 
  • 怖い… 
  • 胸熱! 
  • 尊い… 
  • かわゆい! 
  • うきうき♡ 
  • ドキドキ 
  • ほのぼの 
  • 切ない 
  • 泣ける 
  • キュン♡ 
  • 笑った 
  • 感動! 
  • ロマンチック 

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です

このサイトはスパムを低減するために Akismet を使っています。コメントデータの処理方法の詳細はこちらをご覧ください