青蓮華寺に花満ちて
なんて素敵にジャパネスク 2次創作
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きょっきょっきゅっきょっっ・・・・・・きょっきょっきょっ。
「あっ、
庭先からの鳴き声に腰を浮かすと、さやかな衣摺れの音がして人影が見えた。初夏の風に伴われこの客間に向かって来る先導の尼僧、その後ろにもう一人。藤衣を纏った女人に思わず声が漏れた。
「二の姫」
度々、文を交わしていたが、実際に顔を見るのは何年ぶりだろう。昼下がりの柔らかな日差しが、心地よい。
「来てくださって、ありがとう。瑠璃さま」
そう言って彼女は張りつめた顔で微笑んだ。当代の三美人と称される美貌は、面やつれしても損なわれない。一礼して尼僧は客間を去り、あたしと二の姫は向かいあっている。
ここは太秦、
でも今日あたしがここに来たのは、桂の尼君に会うためじゃない。桂の尼君からの文を受けての急な訪問であるけれど。あたしは目の前の彼女に、兵部卿宮の二の姫に会うために来た。
「不思議な巡り合わせね、二の姫。再び、この青蓮華寺でお会いすることになるなんて」
ゆっくりと遠くを見つめながら、二の姫は頷く。そしてそのまま言葉を探すように、自らの扇を見つめている。
さらり、とゆらゆら長い黒髪が揺れて二の姫がこちらを向いた。懐かしい、と口から声なき声が漏れた。視線を交わし、ゆっくりと頷きあう。
「あのときは、親にも女房たちの誰にも告げずとっさに駆け込んでしまいましたけれど。今度は・・・・・・親兄弟との別れを済ませて参りました。俗世を去る最後のときに、瑠璃さまにお会いしたくて」
泣き笑いの表情で二の姫が囁く。
あのとき・・・・・・鷹男の帝からの度々の使者に耐えかねてあたしがこの尼寺に来たとき、既に、二の姫がいた。妖しく美しい僧に心を奪われて、心惑い出家を願う二の姫が。あたしも二の姫も、十七の年だった。
今でも眼裏に浮かんでくる。あのあと、あたしを迎えに来た高彬と共にいるときに三条邸の火事があり、猛烈な火事で真っ赤に染まった空のことを。
あたしも二の姫も出家することは無く俗世に戻り。色々と波乱万丈だったけれど、あたしは
そして今、二の姫は幼いお子を失い、後を追うようにして先月、夫君にまで先立たれた。度重なる悲しみに、涙が乾く暇すら無かったのだろう。記憶にあるより痩せた、二の姫の肩。
「決意は固いのね、二の姫。でも、なぜこの尼寺なの。青蓮華寺なの。髪をおろして兵部卿宮邸で暮らすわけではなくて」
ああ、美人の証である黒々と長い髪を二の姫は切り落とすのか。なんと、勿体無い。知らず、ため息が漏れた。
それでも、出家の決意を固めた二の姫を留めることは出来ないだろうと分かる。
「時鳥が、鳴いていたのです。吾子を授かり、太秦に来ていたときも。そして、今も」
御簾の向こう、庭先にいるのだろうか。お転婆なあたしとは違い、深窓に育った姫君は邸の奥深くに住まい外に出ることもほとんど無い。その二の姫が端近に、御簾のすぐ前まで膝行する姿に、胸が轟いた。
ふと人の気配がして視線を向けると、二の姫付き女房の
再び響く、時鳥のか細くしかしよく通る澄んだ鳴き声。
「ね、聞こえますでしょ。瑠璃さま」
そのまま時鳥を追って庭先に降りかねない勢いの二の姫に寄り添って、御簾の向こうを透かし見る。
「しでの山こえてきつらむ時鳥こひしき人のうへかたらなむ・・・・・・」
ふっと、心に浮かんだ和歌を口ずさむと二の姫は足を留めて頷いた。
「そうなのです、そのお歌が、皇子を亡くされた伊勢の御のお歌が、わたくしに迫って来てっ・・・・・・」
澄み切った眼から、一粒の露が落ちる。
時鳥の歌は
愛し子を亡くした伊勢が、死出の山から来たであろう時鳥に、我が子の様子がどうだったか知らせてほしいと呼びかける哀切あふれる歌である。
二の姫の耳には聞こえるのだ。幼くして亡くなった我が子の声が、時鳥の鳴き声と重なっている。我が子の声を届けてくれる時鳥を置いて、都に帰ることなど出来ないのだ。
「二の姫っ」
喉の奥に熱いものがこみ上げて、か細い肩に腕を回す。
「瑠璃さま。お別れします。お目にかかるのは、これで最後になりますね」
「ええ、そうね。二の姫。もう俗世では会えないわね。心穏やかに、修行に励まれることを祈っているわ。でもね、二の姫。あたしはこの尼寺に、また青蓮華寺に来るわ。お籠もりもするんだから。そのときにはもう・・・・・・あなたは尼姫君なのね」
ふんわりと二の姫が微笑んだ。蓮華がいっぺんに開いたかのような、清らかで輝かしい笑み。ああ、俗世から隔たった青蓮華寺に花が満ちていく。
サークル名:庭鳥草紙(URL)
執筆者名:庭鳥一言アピール
なんて素敵にジャパネスク(氷室冴子作、集英社コバルト文庫)の二次創作で、既刊「夏風邪の煌姫―十年後短編集」に収録の短編「太秦の月」の関連作品。原作から4、5年後の話です。