永遠(とわ)に続く愛をあなたに

 ボクには好きな女の子がいる。
 彼女は昼休みや放課後になるといつも校庭の隅にある小さな庭で花の手入れをしている。彼女は園芸部に所属しているのだ。部といっても、部員は彼女一人だけ。彼女の丁寧な手入れのおかげで、庭にはいつもキレイな花が咲いている。でも、誰もそれに目を止めようとしない。誰も彼女を褒めたりもしない。それでも、彼女は毎日庭の手入れを欠かさない。そんな、花を愛でる彼女を毎日見ているうちに、ボクも彼女のことが好きになっていた。
 いつか彼女に告白したかった。でも、今のボクにそんな勇気はなかったし、なによりいきなり告白して変な人だと思われるのがとても嫌だった。だからボクは作戦を立てた。彼女の園芸部を手伝うと称して彼女に近づく。そして少しずつ彼女と打ち解けていく。そうしてここだという頃合いを見計らい、彼女に思いを告げる。もちろん、そのための切り札も用意してある。彼女が好きな花の種類はすでにリサーチ済みだ。今のボクのお小遣いでは高くて一輪しか買えなかったけれど、彼女に告白する時に一緒にプレゼントするために、枯らさないように大切に花瓶に入れている。
 さて、まずは第一段階。園芸部の活動をしている彼女にさり気なく近づき、声をかける。この時のボクにはこれだけでも相当に勇気のいることだった。変に遠ざけられたりしたらどうしよう。しかし、ここをクリアしないと作戦は次の段階に進まない。
「ねえ。キミ、園芸部の人だよね。毎日手入れを欠かさないなんて、偉いなぁ」
 彼女はありがとうと応えてくれた。どうやら変な人とは思われずに済んだようである。そこでボクは再度声をかける。よかったら手伝おうか。彼女は園芸部でもない人の手を煩わせるわけにはいかないと応えた。ボクは至極当然の対応だと思った。これはあくまで部活動なのだ。だから部員でもない人間の手を借りることはできない。それならばと、ボクはこう言った。
「じゃあ、ボクも園芸部に入るよ。それなら問題ないよね」
 一瞬、彼女はキョトンとした表情を浮かべた。まさか、部員が増えることなど思いもしなかったのだろうか。あるいは、初めて会話をした人間からそんなことを言われるのがあまりに意外だったのかも知れない。だが、少なくとも嫌がっている様子は見られない。彼女は言った。園芸部も、これで結構大変だよと。ボクはそんなの平気だよと応えた。彼女と一緒にいられるなら、そんな苦労はむしろ買ってでもしたいぐらいだ。彼女もそれならぜひお願いしますと言ってくれた。
 こうして、ボクは園芸部の一員となった。ひとまずハードルを一つ乗り越えたことで、ボクは少しだけ気が楽になった。しかし、本当の問題はこれからだ。どうやって彼女と打ち解けていくか。告白しても問題ない雰囲気をどうやって作っていくか。今度はそこに苦心しなければならない。とはいえ、急いては事を仕損じるとも言う。焦らず、じっくり彼女と仲良くなっていけばいい。あわよくば彼女の方から告白してくれるぐらいになってくれればなおさら好都合だ。この時はそんな風に思っていた。

 それから、ボクと彼女の園芸部活動が始まった。彼女は花を始めとした植物のことにとても詳しいだけでなく、園芸の作法についてもしっかり勉強している様子だった。それまで園芸のことなんかほとんど知らなかったボクに対して、一つ一つ噛み砕くように丁寧に教えてくれた。育てたい花の種類に適した土の種類から与える水の量、さらには雑草の処理の仕方に至るまで。ボクは、今まで園芸のことを単に花が生長するのを見守っていればいいだけだとばかり思っていた。しかし、彼女からいろいろ教わるに従い、園芸の奥の深さを知るに及び、次第にボク自身も園芸に興味を持ち始めるようになっていた。
 同時に、彼女との距離も少しずつではあるが縮まっていることを実感していた。園芸のことだけでなく、普段の何気ない日常のことも話してくれるようになり、ボクもつられて自分の身の回りのことを話したりする。ボクは確実に実感していた。彼女と打ち解けていっている。もちろん、これは告白のための手段の一つでしかない。その意味ではボクは彼女を騙していることになるのかも知れない。しかし、例え告白がうまくいかなくても、これだけ気さくになんでも話せる仲になれば、その後も園芸部員同士としてつながりを持つことはできるだろう。ボクはそう信じていた。
 そして、ついに作戦の最終段階を実行に移す日がきた。この日のために大事に育ててきた切り札の花の用意も抜かりない。ボクは彼女を例の庭に呼び出し、そして切り札の花を差し出しながら思いのたけを込めて彼女に告白した。

「ずっとあなたが好きでした。付き合ってください」

 彼女が一瞬だけだが驚いたような表情を浮かべたのをボクは見逃さなかった。まさか、こんな形で告白されるとは思ってもみなかったのだろう。しかし、彼女はボクが差し出した花を受け取ると「ありがとう」と言って応えてくれた。ボクは心の中でやった、と叫んだ。作戦は成功したのだ。このために用意した切り札が功を奏したのか、それとも今日までじっくり彼女との仲を深めていったおかげかどうかは分からないが、とにかくボクの告白を彼女が受け入れてくれた。ボクはそれがなにより嬉しかった。
 ところが、翌日、ボクにとって思いもかけない事態が起こった。

 彼女が園芸部を辞めた。

 いつものように庭の手入れをしていたボクに対し、彼女はなにも言わず退部届を出してきた。これは一体なんなのか。どうして園芸部を辞めるなんて言い出すのか。ボクは理由を問い質した。しかし、彼女はそれには答えず、ボクが退部届を受け取ると同時にその場を立ち去っていった。それだけなら、まだいくらかマシだっただろう。告白はうまくいったのだから、例え園芸部というつながりがなくなっても、彼女と付き合うことはできる。ボクはそう思っていた。
 しかし、その日を境に彼女は明らかにボクを避けるような態度を取り始めた。ボクが近づいてくるのが分かると、ボクが声をかけるよりも先に顔をそらし、視線を合わせないようにする。もちろん、園芸部にも全く来なくなった。あれほど好きだったはずの園芸を、彼女はどうしてやめてしまったのか。それとも、本当はボクのことが嫌いで、あの告白も実は迷惑だったのだろうか。それならそれではっきりそう言ってくれれば、ボクとしても諦めがつくというのに。この態度の変わりようはどうしても納得がいかなかった。
 一体、彼女の身になにが起こったというのか。ボクは原因が全く分からなかった。もしかして、切り札として用意したあの花がいけなかったのか。しかし、彼女があの花を好きだということはちゃんと調べたはず。そう思い、改めてその花のことを調べてみた。すると、予想外の事実が明らかになった。それは、その花の花言葉にこう記されていたからだ。

『永遠(とわ)に続く愛をあなたに』

 それを知った瞬間、ボクは愕然とした。どうして、これに気付かなったのか。彼女はボクが自分と同じ園芸部員だから、あの花の花言葉のことも知っていると思ったのだろう。しかし、当時のボクはそんなことなど全く知らなかった。ただ彼女が好きだから、そういう理由でその花を選んだだけに過ぎなかった。でも、彼女はそうではなかった。その花の花言葉に自分の思いを託して告白した。きっと彼女はそう思ったに違いない。それが、彼女にはあまりに重すぎたのだ。そこまで自分のことを好きでいてくれたことへの嬉しさと、同時にその思いの強さに対する戸惑い。だからあの時「ありがとう」としか言えなかったのだ。
 なんということだ。用意した切り札が、まさかこんな結果を招くことになるなんて。こんなことなら変に作戦を立てたりしなければよかった。ただ彼女に「好きです」と言えばそれで済んだ話だというのに。ボクの心を強い後悔の念が覆っていく。しかし、もう彼女はボクのところには戻らない。二度と話をすることもないだろうし、一緒に園芸活動をすることもないだろう。彼女が見せてくれた、精いっぱいの優しさが、ボクの胸に大きな痛みとなって突き刺さる。
 こうして、ボクの初恋は終わった。

 あの日からしばらく過ぎ、ボクは一人だけの園芸部を今でも続けている。ただ、彼女と一緒にいろいろな花を育てていたあの頃とは一つ違っていた。ボクはあれ以来、その庭にあの花しか育てていない。
 別に彼女のことを嫌いになったわけではない。今でも彼女のことは好きだ。でも、だからといって彼女のことを未練がましく思っているということでもない。これは言ってみればボクなりの責任の取り方なのだ。彼女の心に重荷を背負わせようとしたこと、切り札がなければ思いを素直に伝えることができない自分の心の弱さに対する、いわば戒めとしてボクはあの花を育てている。
 もう、この花を育てる必要は、ボクにはないのかも知れない。それでも、ボクは思う。新しい恋が自分に訪れ、彼女への思いに区切りを付けることができるまで、自分はこの花を育て続けなければならない。あの花言葉が、まるで呪いのようにボクの心にのしかかる。『永遠(とわ)に続く愛をあなたに』。枯れない花がこの世に存在しないのと同様に、永遠の愛なんてものもこの世にはありはしないのだ。
 そして、今日もあの花はキレイな姿をボクに見せてくれている。あたかも自分から離れないでいてほしいと訴えかけているかのように。ボクがこの花から離れることができるのは、一体いつのことになるのだろう。


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サークル名:徒然なる世界(URL
執筆者名:リュード

一言アピール
こんな花言葉、実際にあるのでしょうか。花に疎い自分には分かりませんが、素敵な花言葉も、人によっては苦痛にも枷にもなるのかも知れません。知らなかったが故の悲劇、と言われればその通りでしょうけど。

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