よく晴れた夏のある日。
 空は、濃く澄んだ青がどこまでも続き、ともすれば涙が出そうになるほど眩しい。
 ──母は、こんな色の目をした人だったと、かつてロズリーから聞いた。陽の光に輝く金色の髪をしていた、とも。
「私は、その点は母に全く似ませんでしたけど」
 深い藍色の目と、黒に近い焦げ茶色の髪をした娘──否、女は、隣を歩く背の高い伴侶にそう語る。
「けれど、顔はそっくりだったんだろう?」
「ロズリーはそう言っていました」
 母親代わりだった、乳母役の女性の名前を言う時は今も、かすかな寂しさがこみ上げる。
「なら、すごく綺麗な人だったんだな」
 静かな声で伴侶に言われ、女──フィリカは顔を赤らめた。誰に言われても大したこととは思わないのに、彼に言われる時だけはいまだに、嬉しさと照れ臭さを感じてしまう。
 ……この道を歩くのも、随分と久しぶりだ。墓に供えるための花束を抱え、フィリカは思いを昔に馳せる。
 ロズリーと、父親が流行病で亡くなってから何年になるだろう。十六の年だったから十年……いや十二年か。
 母親は自分を産んですぐに亡くなったから、そこからさらに十六年前。
 長い年月が経ったものだと、あらためて思う。
 伴侶の彼──アディと出会ってからでも、すでに十年近くが経っているのだ。その月日の間に自分は、生まれ育ったこの国を出て、薬師の仕事を学びながら子供を産み育てた。今では、アディが属する傭兵集団の集落で、薬師として働きつつ二人の子供と暮らしている。
 今の人生に不満はないが、悔いはある。理由がどうあれ、父母と、母親に等しい大事な人が眠るこの地を、離れてしまったこと。そうしなければ自分の身が危うかったにしても、思い返す時はいつも、少なからぬ罪悪感と寂寥の念に苛まれた。
 私以外に、家族の墓を守る人は誰もいなかったのに。どれだけ皆は悲しんでいるだろうか。
 そんなことはない、元気に生きていることこそ家族への供養だと言われても、完全に割り切ることは難しかった。それほど、フィリカにとっての「家族」の存在は大きいものとして、子供の頃から生きてきたのだ。
 だが、国を離れた理由が、冤罪とはいえ罪に問われた結果だったため、おいそれと戻るわけにもいかなかった。すでに容疑は晴れているとしても。十年近くが経ってようやく、一時なら戻っても大丈夫だろうと思える、心の踏ん切りがついたのである。
 街の中心から離れた静かな道を、二人でしばらく歩いた後。
「あそこか?」
 アディが指さした先には、小高く緑深い一角。問いにフィリカは頷きで応じた。
 街の旧家が多く使用している、古い墓地がそこにあるのだ。
 代々軍人として国に仕えてきたフィリカの生家・メイヴィル家も、一応は下級貴族の一端に連なっていたから、墓はここにある──両親、そしてロズリーも、同じ場所に眠っている。
 ロズリーは厳密に言えば使用人身分だが、母親付きの侍女だった彼女は、フィリカにとって家族同然の存在である。他に親戚もおらず、誰も口出しする者はいなかったので、同時期に亡くなった父親と一緒に埋葬してもらった。
 ……私を「女」扱いせず、厳しく育てた父。
 どれだけ厳しくされても、フィリカは父親を慕っていた。気まぐれとすら言えないほど、数少ない機会にしか、愛情を感じさせられる時がなくても。
 父親を密かに愛していたに違いないロズリーと、支え合いながら、今はもう人手に渡ってしまった家で、慎ましく一途に生きていた。
 今思い返すと、寂しさに満ちた、けれど懐かしく愛おしい日々。
 開け放した門扉をくぐり、中へ入ると、周囲の緑の静謐さも相まって、しんとした空間。どうやら他には誰もいないようで、少しほっとする。
 記憶をたどり、道順をアディに指示しながらしばし歩くと、目的の場所に着いた。メイヴィル家に残された唯一の敷地、先祖代々の墓。
「……あれ?」
 どちらからともなく、疑問符が口から出る。
 苔むしているとばかり思っていた墓石は、光るほどにとは言わないまでも綺麗に磨かれ、周辺の草も生え放題になることなく丁寧に抜かれている。
 そして、墓の前には、置いてまだ何日も経たないと思われる花が供えてあった。季節の薔薇が数輪。
「誰か来たんだな。他に親戚がいるのか」
「いいえ、いないはずです。ここに来るのは私以外には」
 誰にも理由がないはず。アディへの答えをそう続けようとしたフィリカは、はっとした。
「……レシー?」
 懐かしい、幼馴染の名が、口をついて出る。
 思い浮かぶのは、心配性の、お節介の、過ぎるほどに誠実な、一人の少年──青年の顔。
「レシー? ……ああ、あの彼か」
 アディが確認形で尋ねてくる。そうだ、この人は一度だけレシーに会っているのだった……私を連れて逃げる時に。
 頑なに誰とも交わろうとしなかった自分の、唯一の友人とも言えた存在。当時は、そのお節介さを有難くも煩わしく感じ、邪険にしてしまうことが多かった。彼が自分を好いてくれていると知りながら、その想いを受け止めることもしなかった。自分は一人で生きていく、誰の助けも要らないと思い込んでいたから。
 けれどたった一人で生きていくことはできない。
 物理的に生きてはいけても、それはとても寂しいことだ。アディや、恩人で師匠のカジェリンとの出会い、そして自らの出産と子育てを経て、そう思うようになった。
 レシーにはたくさんの助力をしてもらいながら、結局、何の恩返しもできていない。……会ってせめてお礼を言いたい、と強く思ったが、今さら自分が会いに行くのは、かえって迷惑だろう。もう軍は辞めて、家の仕事を継いで静かに暮らしていると、風の便りに聞いた。きっと結婚もしているだろう。
 だから、お互い元気に暮らしているなら、そのままにしておく方が良いのだ。余計な波風を立てることなく。
 そっと、肩を包む掌の温もりを感じる。そうされて初めて、自分が涙を流していると気づいた。
「あ──すみません」
「気にするな」
 さ、と促され、墓石の前に二人で膝を折る。
 薔薇の横に花束を供え、祈りの印を切る。手を組んで瞑目の後、石にそっと触れた。ひやりとした感触。
「父さま、母さま、ロズリー、──長い間、放っていてごめんなさい」
 口にすると同時に、また涙がこぼれた。
 アディに背中をさすられながら、脳裏には次々と思い出が浮かんでくる。
 軍人になるため、父親に厳しく指導された日々。ロズリーの内職を手伝いながら、昔のことをいろいろ話してもらった静かな時間。時折レシーの家で過ごした、幼い頃の短い、穏やかな期間。
 十四歳で軍幹部養成の訓練課程に入り、誰も寄せ付けず、訓練だけに邁進した。軍に入ってからもそれは変わらない日々で──その末にたどり着いた、アディとの出会い。
 背中に添えられた大きな掌の持ち主を、顔を上げて見つめる。淡い金色の髪と薄い緑の目を持った、無骨ながらも優しい、最愛の伴侶。彼を、両親たちに今日「会わせる」ことができたのが嬉しい。
 悩み、迷ったこともあったけど、どんな時でも精一杯生きてきたからこそ、今の自分と、今の家族が在る。
 そういうふうに生きてこられたのは、父と母、ロズリーの教えはもちろんのこと、レシーの陰ながらの支えがあったから。今ではそれを、素直に認められる。
 自分は確かに、愛されていた。それぞれの形で。
 そして今も、愛して大切にしてくれる、大切にしたい人たちがいる。そのことをいつも心に刻んで、これからも生きていく。
 ──だからどうか、見守っていてください。
 もう一度目を閉じて、家族を想い、フィリカは祈りを捧げた。
 次は子供たちを連れて来よう、とささやくアディの優しい声を聞きながら。


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サークル名:さふらわー部屋(URL
執筆者名:まつやちかこ

一言アピール
個人サークルです。
現代日本が舞台&学生が主人公の、男女の恋愛小説が中心。たまにファンタジー風というか、架空世界舞台の話も書きます。
2幼児育児中の現状、オンライン活動が主。委託にて初参加させていただきます。
この話は拙作の、架空世界が舞台の長編『宵闇の光」(委託予定)の、後日談にあたります。

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