とある博士のブラックバラエティ
ああ、いかにも。私がこの研究所の所長である新月だ。まあ、そんなに固くならなくても良い。まずはそちらへおかけくだされ。
我が研究所が何を研究しているか、だったな。ここは、ありとあらゆるものを「黒く」するための研究を行っておる。黒い花から黒いキャベツ、黒いセロリ。また、これらを研究する過程で、嵐の発生源の黒さとそれに伴う肌色の変化、差別論者の腹の色、極悪未解決事件の犯人像、さらにはブラックマンデーやブラック企業のからくりも解明してきた。
……なに? 経済や企業と、草木や肌色素、腹黒いとか隠語とかの話は全部違うのではないか?
ふうむ。これだから素人は困る。はなからそう決めつけることこそ、「黒」という言葉の本質がわかっとらん。
そもそも研究というものは、「なぜ?」「どうして?」という素朴な疑問を、化学的かつ論理的に解明する精神から始まる。そこを否定することを善しとしたら、全ての研究を否定することにつながる。研究の名の下には貴賎は存在しない。あるのは解明できたかどうか、あるいは解明のための糸口が見つけられたかどうか。そこが重要なのだ。
……と力説したところで、疑いの目は晴れぬ。まあ、一般的にはわかりにくい研究も行っているのが当研究所の特徴だ。普通の人が興味を引きそうな研究を紹介しよう。
これが、世界初の正真正銘の黒い薔薇だ。他所の研究所では濃赤色の花弁を持って「黒い薔薇」と称していたが、ここは違う。K100%の「漆黒」を持つ薔薇だ。
どうやって作ったかと? それは、今論文を書いているところである。「ヌバタマ効果による色元素変換論」というものだが……。
ううむ、素人向けに説明するのは難しいものである……。
(コトン)
おや? 何かが来たようだ。ちょいと失礼する。詳しい研究の内容については、ここにおる我が助手が代わりに説明いたすことにしよう。私より歳の近い者の方が理解しやすいだろう。何なりと聞いてやってくだされ。
それでは。
― ■ ―
封書か。珍しいな。
……藤川……?
ああ、多門寺研のとこの
……本が4冊。なんじゃこりゃ。
『
ご無沙汰しております。今回はお願いがあってペンを取らせていただきました。
実は学会誌「言語構成革命群」に、同封した本の書評を掲載しなくてはならなくなりました。つきましては、造詣の深い博士に是非この本の書評記事をお願いしたく思います。
報酬につきましては…(以下略)』
……。
なんじゃこりゃ。
まず私は『黒猫』じゃない。新月博士だ。旧姓にしても黒松じゃ!
次に、学会誌とかいうが、私はこの学会に入っちゃいない! そして、同封の本は全部、
そんでもって!
この4冊! 全部キワモノじゃないか!!
まず「地方イベントが隆盛を極める108の法則」。今時のラノベかと思ったら、ガチで108も項目がある! しかも法則というかイベント運営の手順書! のくせに、業界裏話まで「法則」として掲載してやがる! なんたるブラック!
次の「D-Report No.02」。どう考えてもサブタイトルの「絶対に笑ってはいけない脅迫状(仮」の方が目立ちすぎる! しかも不穏不謹慎! これだけでブラック! 中身に至ってはおかしな脅迫状の実例を系統立てて書いてあるとか、ブラックの極みでしかない! これで実用的な面があるところが、この本のブラックさを加速させる!
3冊目の「7年で消えた王子様の話」……は小説だな。文庫書で携帯には便利だろう。しかし! 題材がマイナーかつ7年で潰れた鉄道会社の話を、わざわざ擬人化してまで語るのがブラック! 磐田市なんざ、ヤマ●発動機とジュ●ロ磐田ができるまでは知名度皆無の田舎だ。そんなところに、しかも戦前に、国鉄よりも早く電車を敷いて破産した会社なんか鉄オタでも知らん! 結末もブラックの極みでしかなく、おまけの短編に至っては救いようがないブラックだ!
最後の「金の花より
……こんなもん、どうやって書評を書けばいいんだ? 全部クロネコ行きとでも書けばいいのか? いや、そこまで見越した上で「黒猫博士さま」とわざわざよこしてきたのか? だとすると悪魔に魂を売った本とでも呼ばねばなるまい。
断る。書評なぞ私が書く必要はない。
ない……が。
罠か?
だが。だがしかし……。
……。
― ■ ―
「多門寺博士。僕宛に何故か新月氏から荷物が」
「ほう、珍しい。キミは確か会ったことはなかったはずだな」
「はい。捨てていいですか?」
「……いきなり何故?」
「爆弾とか脅迫状とかストーカーからのラブレターとか」
「気にしすぎだ」
「
「アイツが白い薔薇を送るとは珍しい。いつも自慢げに黒薔薇を同封するのだが」
「っていうか、何故僕の本が」
「え?」
「これ、僕が多門寺博士に『書評書いて』とお願いしたものですよね?」
「あ、ああ。それはだな……。私が間違って藤川くんに渡してしまったんだ、書類の山と一緒に」
「はぁ?」
「それで困って新月博士に郵送したんだろう、多分」
「意味わかんない。最低」
がちゃん。ガラスとガラスがぶつかり合う音。
「っていうか、その藤川さんは?」
「コーヒータイムだ」
「……名目で女のとこに行ってるわけですね」
ガラスの正体はメスシリンダー。片手で器用に2本つまみ上げたそれは、すぐに『藤川』のネームプレートが置かれた机の上で軽くダンスをしていた。
「まあ、いいじゃないか。彼の仕事は遠隔でもできる。研究に支障は出ていない」
「僕のメンタルはドドメ色ですが」
「まあ、そういうこと言わない。キミの依頼通り、立派な書評が上がってきたよ。新月さんから」
「……わかりました。そういうことにしておきます」
メスシリンダーにポリマーが注がれる。そして一つには水を、もう一つには何処から出てきたのか墨汁を入れて。
それぞれに、新月博士から届いた白い薔薇を挿す。そして、傍にあったメモ帳に、彼はこうメッセージしたのだった。
『Just the right…』
サークル名:R.B.SELECTION(URL)
執筆者名:濱澤更紗一言アピール
純文学とライトノベルと擬人化と旅行記と公共交通研究と同人イベント評論のすべてが交わる点に存在するサークル。今回委託作品の半分が評論・情報のため、悩んだ挙句の結果がこちら。メタメタな物語ですが、学会誌の名前が何を意味するか分かった方は楽しめるかと思います。ちなみに評論レジュメ4000字にまとめる方が難しかったです。