北見ヘキラは変だと思う。変わってる。今までセツが出会った誰とも違う。たぶん、きっと、「普通」じゃない。
 北見ヘキラは流れ星マテリアル公社に所属する流れ星ハンター。セツの幼なじみであるヒョウの流れ星を回収するために、去年この街へ、月の森学園へやってきた。それは知ってる。でもそれ以上のこと、前に住んでた街のこと、転校する前の学校のこと、家族のこと、何一つセツは知らない。
 それでも。

 万里谷セツは月の森学園の高等部一年生で、園芸部に所属している。園芸部員は毎朝早めに登校して、花壇に水をやる。今の時期、セツの受け持ちはアサガオのプランターだった。校舎の二階からはアサガオが絡むためのネット張られていて、成長したら緑のカーテンになることが期待されている。とはいえ、アサガオたちはまだ芽を出したばかり。特徴的な形の双葉がジョウロの水を浴びて気持ちよさそう。
 ふと、声がした。
「はい――はい、ではその通りに。よろしくお願いします。失礼します」
 電話をしているような声。セツが振り向くと、そこに携帯端末を手に持ったヘキラがいた。
「ヘキラちゃんおはよう」
 ヘキラは携帯端末を操作して、鞄にしまうと、なんとなく決まりの悪い笑顔でセツに答えた。
「おはよう、セツちゃん」
「お仕事の電話?」
「うん、そう……。家でかけてるとうっかり遅刻するかもと思って先に学校に来といたの」
 高校生と流れ星ハンター、二足のわらじを履くヘキラは、きっとこういうこともよくあるのだろう。しかしセツに電話を聞かれたのはバツが悪かったのか、居心地のよくなさそうな表情をしている。
(別にいいのに)
 セツは思う。他の生徒はどうか知らないけれど、セツとヒョウは、ヘキラが流れ星マテリアル公社の流れ星ハンターであることを知っている。セツとヒョウは流れ星ハンターであるヘキラに、去年とてもお世話になったのだ。ヘキラが仕事の電話を、セツに隠す理由なんてないはずだ。だけどヘキラはこんな顔をする。
 ヘキラはなんとか話題を変えたかったらしい。プランターへ視線をやりながら、こう言った。
「セツちゃんは、園芸部の?」
「うん。水やり」
「不思議な形の芽ね」
「アサガオだよ」
 セツは言った。この次に出てくる葉はアサガオらしい形だけれど、最初の双葉だけは幼稚園児が描いたウサギの顔みたいな形をしている。
「へえ、アサガオっていうの」
 セツは言えば当然ヘキラも分かると思ったのに、ヘキラは初めて聞いた名のように言った。
 ヘキラはアサガオを知らない……、そんなことってあるだろうか? だってアサガオは、小学校の授業で育てるくらいメジャーな植物なのに。いくら草花に興味のない人間でも、授業で育てさせられたアサガオのことは覚えているのでは?
「この芽はいつか花が咲くの?」
「咲くよ。ちょっと待って」
 セツはジョウロを地面に置き、制服のポケットから携帯端末を取り出し、写真を表示させた。去年の緑のカーテンの様子だ。
「これがアサガオの花だよ。見たことない?」
「ああ、よく人んちの庭とか石垣で見る花ね。ツル植物なんだね」
 花を見ても、分からない。
「……ヘキラちゃんは、アサガオを育てたこと、ないんだね」
「え、ええ」
 ヘキラの表情は困惑気味だ。何故そんなことを聞かれたのか分からないのだろう。
 そうか……、ヘキラはアサガオを育てたことがないのだ。小学校の低学年で育てるはずのアサガオ。世の中には、学校に通えない子や、授業に参加できない子ももちろんいるだろう。月の森学園の生徒だって、ふくろう学級の子なら、アサガオの栽培を授業で扱わない子もいるだろう。そもそも授業でやらない学校だってあるかも知れない。
 ヘキラがどうしてアサガオを育てたことがないのか、セツには分からない。ただセツの心は凪いでいた。
(ヘキラちゃんは、私とは違うんだ)
 セツが当たり前だと思っているものを、ヘキラは知らない。知らないし、気づいてない。
「じゃあ、伸びてきたら、このネットに絡ませるの?」
 ヘキラはネットをちょいと摘んで、見上げている。
「うん――うん、そうだよ」
 セツは答えながら――心は違うことを考えていた。考えて、そして口にした。
「ねえ、ヘキラちゃん」
「何?」
「ヘキラちゃんもお家でアサガオ育ててみない?」

 セツはヘキラに放課後に家に来るよう言った。セツは家に帰ると初等部の授業で使ったアサガオ用の鉢植えと支柱を引っ張り出した。去年収穫した種と、買い置きの土と肥料を準備しておく。ヘキラが来たら庭に通して一緒に作業した。
「えっ、じゃあみんな小学校でアサガオ育てるの?」
「うん」
「それって月の森学園だけじゃなくて?」
「他の学校もそうだと思うよ。テレビドラマとか、マンガとかにも出てくるくらいだから、ほとんどの学校でやってると思う」
「うっそ……、じゃあ私も育てたことあるのかな……」
 変なことを言うな、と思った。でも忘れてるだけというのなら、そっちの方が有り得そう、とも思った。例えばヒョウは、初等部の頃のことはほとんど覚えていないのだし。ヒョウの例は極端だとしても、誰もがみんな授業の内容を覚えているわけじゃない。
「次から気をつけないと……」
 ヘキラはそんなことをつぶやいた。ヘキラはどうしてか「普通」を取り繕おうとする。そしてそうすることは、ヘキラが「普通」ではないことを示してしまう。
(いいのに)
 そう思う。ヘキラが変でも、普通じゃなくても、ヘキラはヘキラなんだから。セツはヘキラのことを、本当は何も知らないのかも知れない。でも、それでも、ヘキラはセツの恩人だし、友達だし、今一緒の時間を過ごしてるんだから。
 土の準備ができたので、セツはヘキラに種の袋を見せながら聞いた。
「何色がいい?」
「花の色? 選べるの?」
「うん。ピンクでしょ、赤紫、青紫、紫、水色」
「じゃあ、紫」
 セツはどうしてか、嬉しくなって笑みをもらした。「紫」と書かれた袋から、種を取り出す。
「紫って大人っぽい色。大人っぽいヘキラちゃんにぴったり」
「えっ、大人っぽい?」
「うん。はい。こっちが下向きね、穴に入れて、土をかぶせて」
 種を手渡すとヘキラは指示通りに作業した。水をやり、支柱を立てれば出来上がりだ。
 鉢は一旦置いて、セツはヘキラをお茶に誘った。家に上がり、手を洗って、紅茶をいれて、頂き物のクッキーを出した。
「私、大人っぽいなんて言われたの初めてだよ」
 お茶を飲みながら、ヘキラは言う。さっき途切れた話題を、蒸し返すくらい、ヘキラにとって大人っぽいと言われたのは意外だったのだろうか。
「そうなの?」
「うん。よく童顔だって言われるし」
 えへへと照れ笑いするヘキラは、確かに大人っぽくはない。顔つきもどちらかと言えば童顔かも知れない。でも。
「ヘキラちゃん大人っぽいよ」
 さっぱりした態度とか。ふと見せる仕草とか。今朝の仕事の電話の話し方とか。ヘキラは大人っぽいと思う。ただの高校生じゃない、流れ星ハンターとして働いている社会人だ。一人暮らししているというのも、実家以外の生活を知らないセツには想像がつかない。もしかして、ヘキラはセツが思うよりもずっとお姉さんなのかも知れない。とてもヒョウと同じ年齢とは思えない。
「そうかな、そうかな?」
 ヘキラは嬉しそうだ。大人っぽいと言われてこんなに喜ぶなら、まあ本当の大人ではないのだろう。
「私から見たらセツちゃんの方が大人っぽいけど」
「どうしてそう思うの?」
「背、高いし。髪が長いのもお姉さんって感じがする」
 外見のことを言われると、確かにセツも大人っぽいと言われることはある。だけど自分では甘えたところがあるのを感じる。両親に、幼なじみのヒョウに、いつだって「よしよし」してもらいたいのだ。家事だって色々できるようになったけど、やっぱりお母さんにしてほしいと思ってしまう。まだまだお子様なのだ。
「セツちゃんはお花のことよく知ってるし、紅茶いれるの上手だし」
 ヘキラはティーカップをなでて言う。
「セツちゃんみたいな女の子らしい女の子憧れる。お姉さんって感じで。私、セツちゃんと出会えてよかった」
 ヘキラがセツを見る表情は柔らかかった。セツはなんだかくすぐったくて、うつむいてしまう。
「あまり言わないようにしてるんだけど」
 ヘキラはそう前置いて、こう言った。
「私、月の森学園に来るまで、今みたいな学校生活ってしたことなかったの」
 ああ、そう、そうなんだ。やっぱりそうなんだ。ヘキラは「普通」じゃない。「普通」の学校生活をしたことがないのなら、授業でアサガオを育てることもなかっただろう。
「だから仮初めでも、今の生活を味わえてよかったわ。アサガオも、これから育てるの楽しみ」
 ヘキラは笑顔だ。ヘキラが笑顔なのが、セツは嬉しい。ヘキラが喜ぶことを自分ができたなら、セツは嬉しいのだ。ああ、でも。
(仮初め――)
 その言葉が、引っかかる。
(ヘキラちゃんは、いつか――どこか遠くへ行っちゃうの?)
 セツはその問いを口にすることはできなかった。ヘキラの笑顔を見ていたら、言い出すことができなかった。

「重くない? 台車貸そうか?」
「大丈夫そうだよ」
「送っていこうか?」
「いいよ、セツちゃん、片付けもあるでしょ、ごめんね」
「ううん」
「大事に育てるね。何から何までお世話になってしまって、ありがとう」
「こちらこそ、ヘキラちゃんと一緒にアサガオ植えられてよかったよ」
 ヘキラは鉢を抱えて帰っていった。夏休み前の小学生が抱えるよりは安定感があるけれど、それでもなんだか心配で、その背中が通りの先へ消えるまで、セツはじっと見つめてしまった。

 夏休みの始まる頃、ヘキラはセツに写真を送ってくれた。写真の中で紫のアサガオが笑っている。
 北見ヘキラは変わってる。「普通」じゃない。もしかしたらずっとお姉さんかも知れない。一緒にいられるのは少しの間だけかも知れない。
 それでも。
 セツが用意した鉢植えで、種で、ヘキラはアサガオを咲かせた。花はいつか枯れるけど、万里谷セツはこの思い出を忘れない。


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サークル名:アリスチルス月面研究所(URL
執筆者名:青川有子

一言アピール
人の願いを叶える流れ星と、それを追う「流れ星ハンター」が登場する、ちょっと不思議な学園ものとかを書いています。このお話は、流れ星シリーズ「月の森と夜の魚」「フリージアと流れ星の夜」の続編に当たるお話です。他にも流れ星シリーズの本を頒布しています。

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