幻影機関


この都市の蒸気は深く濃い。
――変貌する怪人と赤色をまとう探偵
――逃げこんだ諜報員といにしえの種族
――駅に降り立ったばかりの極東の女性
蒸気都市国家〈帝都〉にて織り成される三つの物語。

蒸奇都市倶楽部が発行するオリジナル世界のスチームパンク風作品集。第一号となる「幻影機関」には『白き貌、赤き異』、『鐡と金剛』(前編)、『暗翳の火床‐地下炉‐』(前編)の三編を収録。また巻末付録として帝都小辞典も収録。

(創作文芸見本誌会場 HappyReading 様に掲載のあらすじより転載)

 読書の楽しみって何だろうか。
 ただの時間潰しとしか思っていない人もいるだろうし、何か向学心に溢れて啓発書の類を読み漁るビジネスマンだっているかもしれない。受験勉強のため、参考書に首ったけになる学生もいれば、僕みたいにとにかく活字を追いかけていないと落ち着かないタイプの人間だっている。それぞれ楽しみ方も消費の仕方も違うけれど、こと同人活動をやっていて──まして文芸なんて報われ難いジャンルに手を出して──自分は本を書いたり読んだりするのが好きなんだ、という人間は、きっと他の人達とは違った『読書の楽しみ』を持っているはずだ。
 本作品、『幻影機関』を読み終えたとき、僕はふとそんなことを考えた。

 スチームパンク、レトロ、モダン……そんな単語にぴんと反応してしまう──否、反応せずにはいられない──人達にとって、本作品はとてつもない魅力の塊だ。
 大戦で敗戦国となり、都市国家と成り果てながらも独自の蒸気文明を発達させた《帝都》で巻き起こる怪事件の数々。例えばそれは怪盗と戦う麗人探偵であり、例えばそれは神の如き種族の双子を守るため東奔西走する老体の男であり、例えばそれは何かと厄介事に巻き込まれやすい巫女が経験する未知の出来事だったりする。
 《帝都》は煤煙に包まれ、巨大な演算機関である時計塔によって支配されている。西欧かぶれのモガもモボもいれば、明日食う米に困る貧民もいる。暗夜を跋扈する怪人もいれば、日夜犯罪と戦う名探偵もいる。電気よりも更に発達した蒸気機関によって形作られた異形の街は、圧倒的な筆力によって読者の脳裏に明瞭と描き出される。
 まさに、見てきたように。
 自分も《帝都》の臣民市民となって、煤煙を浴びてきたかのように。
 見たことのないはずの世界が、はっきりと浮かび上がってくる。
 読み進めれば読み進める程世界の輪郭は明確さを増していき、読み終えた頃にはすっかりこの世界の虜になっている。
 それだけの力を持つ作品だ。
 それだけでも語り尽せない作品だとも思う。

 とかく僕はこういう世界観、混沌とした街並みの中で繰り広げられる冒険活劇というやつが好きで好きでたまらないので、ページをめくるのが楽しみで仕方なかった。結構な厚さの本だし、文章力は重厚極まりないの一言だけど、だからといって読みにくいなんてことは一切ない。
 分厚く、手応えも歯応えも十分。豊富な語彙と練り込まれた世界観、設定、活躍するキャラクター達の人物像。何もかもが、この作品を読み進める力を読者に与えてくれる──もっと先を読みたくなる欲求を駆り立てる。
 一度この作品に触れてしまったら、後はもう時間が流れていくのを横目に文字を追い続けるだけだ。

 読書の楽しみ。
 頭の中に、作品世界が浸透し、さながら自分も一人のキャラになったような錯覚を受ける。ある種、陶酔めいた感覚を与えてくれる──自分がいるのは日本のどこかではなくて、《帝都》の片隅なんだと思わせてくれる。
 そんな感覚。
 自分と作品とが全く同じ位置にある快感。
 それこそが、読書の楽しみなんじゃないだろうか?
 だとしたら本作『幻影機関』は読書の楽しみに満ち溢れた、まさに活字を追いかけるのが好きで好きでたまらない連中を引き付ける蜜をたっぷり湛えた、美しい花のようなものだ。

 そしてその花は、少しだけ煤煙の匂いがする。


発行:蒸奇都市倶楽部
判型:A5 292P  
頒布価格:1000円
サイト:なし、Twitterのみ @steam_city_club

レビュワー:神楽坂司