二次創作乙女の妄想はいつの時代も逞しい

 今日は年に一度のバレンタイン。女の子が好きな男の子にチョコレートを贈って、胸に秘めた想いを伝える日であります。
 そんなバレンタイン、アナスタシア王城つきのメイドであるアティアは、そわそわ、そわそわ、朝から落ち着かずに、勇者シズナの部屋の掃除も上の空になっていました。
「もう、アティアったら」
 掃除の邪魔にならないよう、部屋の隅に椅子を引いて座っていたシズナは、わかりきっている、とばかりに苦笑いをしてみせます。
「掃除はもういいから、貴女のやりたい事をしていらっしゃい」
 ああ、わたしの主はなんて優しい勇者様でしょう! アティアは感激を覚えつつ、「ありがとうございます!」とシズナに深々と一礼をして、部屋を飛び出しました。
 今日の王城は、誰も彼もが浮かれ気味。廊下から見える庭で、そこかしこの柱の陰で、男の人と女の人が二人っきりで話しています。女の人はがちがちに緊張して、カラフルな小箱を差し出し、男の人は照れ臭そうに頭をかいた後、小箱を受け取って……あらあら、この先をじっと見ているのは野暮ですね。
 おや、あちらは男の人が済まなそうに頭を下げていますね。お仕着せを着たメイド服の女の子は、明らかにしょんぼりした様子で小箱を引っ込め、今にも零れそうなほど、まなじりに涙をたたえています。……こちらも、深入りするのは可哀想。
 そんな光景を見たアティアの胸には、不安がよぎります。自分はどちらになるだろう、嬉しさに笑うだろうか、それとも悲しくて泣き出すだろうか。困惑を抱えながら廊下を歩いていると、向こうからやってくる騎士の姿が目に入りました。黒服に白マント、年頃の少年にしては少し背の低い銀髪は、特務騎士隊長のミサクです。
「アティア、どうした」ミサクはアティアの姿をみとめると、怪訝そうに眉根を寄せました。「シズナの世話をしていたんじゃあなかったのか」
 どきん、と。アティアの胸が後ろめたさにひとつ高鳴ります。そのシズナに免除してもらったとはいえ、目の前の特務騎士隊長から賜った使命を、今はないがしろにしているのです。もしその目的を知られたら、この少年は良い顔をしないでしょう。
「あ、あの」疑われないよう、視線を逸らさないようにしながら、アティアは慎重に言葉を選びます。「シズナ様にお願いされて、探しておりまして」
 そうして挙げた人名に、ミサクは「どうしてシズナが彼に用事があるのか」という疑問符を顔一杯に満たしながらも、
「ああ、彼なら訓練場に」
 と、廊下の向こうを指し示します。
「ありがとうございます!」
 先程シズナにそうしたように、ミサクに深い礼をして、アティアは浮かれてスキップになりそうな足をおさえながら、でも早足で訓練場に向かいました。
 訓練場に近づくにつれ、ぶん、ぶん、と。長い武器が空気を裂く音が耳に入ります。それに併せて、どきん、どきん、と自分の鼓動が速まってゆくのが、鼓膜の奥に響きます。
 果たしてアティアが訓練場に踏み込んだ時、目指す人物はそこにいました。
 背の高い姿も、訓練で乱れた赤い短髪も、木剣を振り回す演舞で冬なのに舞い散る汗も、全てがきらきら輝いて見えて、アティアの心臓は早鐘を打ちっぱなしです。
 すると、アティアの視線に気づいたのか、凜と前だけを見すえていた色の薄い瞳が、ふっとこちらを向きました。
「何だよ、侍女じゃねえか」
 探し求めた人、騎士イリオスは、口の端をにやりと挑発的に持ち上げると、木剣を振るっていた手を止め、アティアのもとへ歩み寄ってきます。この騎士は目の前に立たれると、アティアより遙かに大きくて、首を傾けて見上げる形になるのです。冬なのに、訓練をしてかいた汗で身体がほかほかなのでしょう、冷たい空気の中に、白い湯気がうっすらと立ち上っています。平素はいいかげんな態度を取っているけれど、誰よりも地道な努力を惜しまない。アティアだけが知っている秘密です。
 そんな彼を前にして、アティアの心臓は口から転げ落ちそうなほどにばくばく脈打っていますが。
「俺に何か用かよ?」
 素っ気なく言い放ちながらタオルで汗を拭く彼の言葉に、目的を思い出し、
「あ、あの」
 先程ミサクに問い詰められた時以上にどぎまぎしながら、アティアは大事に持ってきた小箱を、イリオスの眼前に掲げました。
「貴方にはいつもお世話になっているので、これを」
 イリオスは、差し出された自分の瞳と同じ水色の小箱を、珍しい物でも見るかのようにぽかんと見下ろしていましたが、不意に笑みを深くします。
「お前が作ったのか?」
「はい」
「毒とか入ってるんじゃねえか?」
「入れませんよ。暗殺するならもっとスマートにまいります」
 普段から、顔を合わせれば毒舌試合になってしまう、素直ではない二人のやりとり。ですが、こんな時までいつも通りに接してくれるイリオスの態度に、アティアの緊張も氷解してゆきます。
 受け取ってくれなくても良い。想いが伝わらなくても構わない。そんな考えすら脳裏に浮かんできた頃、すっと武骨な手が伸びて、アティアの掌から小箱が消えました。
「まあ、ありがたくいただいておくぜ」
 そう言って笑うイリオスの表情に、治まったはずの心拍数が再び急上昇してゆきます。きっと顔も真っ赤でしょう。
 とん、と。
 小箱を持っていない方のイリオスの腕が伸びてきて、壁に手をつきます。自然、一歩下がって壁に背を預ける形になったアティアとの距離も縮まります。
 この距離が、二人の心の距離の証。嬉しさに大騒ぎの心は、彼の顔が近づいてきた事で更に躍り、そして――

「………………………………」
 無言で頁を繰っていたユージンは、唇を変な形に歪めて、噴き出しそうになるのを必死にこらえていた。
「いかがでしょうか?」
 ピンクづくしなフリルのワンピースを着て、ツインテールに髪をまとめた年若い少女は、ユージンのそんな反応に気づいていないのか、きらっきらに顔を輝かせて、テーブル越しに身を乗り出してくる。
「何せ二百年も前の歴史上の人物ですから。ご本人達を知るユージン先生のご意見をいただければ、より史実に則した描写ができると思うのです!」
 史実も何も、「普段は言い争いばかりで仲は良くなかった」という史書の記述を、よくもまあここまで拡大解釈できるものだ。ユージンは実際にアティアとイリオスに会った経験は無く、ミサクからぽつぽつと昔話に聞いただけだが、少なくとも、「こういう関係ではなかった」という事だけは確信できる。乙女の妄想力とは、実に逞しい。
 だから彼女は、『フォルティス・オディウム ~愛と恋の花咲く物語~』と銘打たれた原稿をテーブルの上に綺麗に置き直し、少し引きつった笑いを返すばかりである。
「あー、うん、いいんじゃないの? 創作小説なら、多少の誇張があっても構わないと思うよ」
 否定されなかった事で、目の前の少女の表情は一層輝き、「ありがとうございます!」と、最早テーブルの上に乗っからん勢いだ。
 対照的にユージンは、彼女に気づかれない程度に小さな溜息をついた後、冷めかけた珈琲を口に含み、もうこの世にいない男に心の中で語りかけた。
(あんた、どこまでもこじらせた邪魔者扱いなの、創作でも変わらないよ)


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サークル名:七月の樹懶(URL
執筆者名:たつみ暁

一言アピール
『フォルティス・オディウム』上巻を知る方は、「何が起きたのだ」とあっけにとられたと思います。この二人については、「ケンカップルになるかと思った」というご感想をいただいた結果、こんな妄想が巻き起こりました。二百年も経てばこう、F〇Oとか、文〇トとかみたいに、史実の人間も色々扱いが変わるという事で!


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