残暑お見舞い申し上げます

 暑い日差しが降り注ぐ夏の日。近所のスーパーに買い物に行った帰り、ポストの中を見てみると手紙が入っていた。ダイレクトメールとか、そういった類いの物ではない。封筒の柄を見て、差出人を見る前から大体誰からのものなのか察しが付いたけれど、一応差出人の名前を確認して、幼馴染みからのものだとわかったので、それを持ったまま部屋へと戻った。
 部屋に戻ると、外の暑さが嘘のように涼しい。留守番をしている飼い犬のために、冷房を効かせたまま外に出ていたからだ。
 買い物の荷物を整理して、それから、窓際にあるちゃぶ台の前に座って、はさみで手紙の封を切った。水の中を泳ぐ金魚が描かれた封筒の中には、同じ柄の便箋とはがきサイズの紙が入っていた。
 まずは便箋の方に目を通す。あいかわらず、筆ペンなのか、本当に墨を擦って筆で書いたのか、それはわからないけれど、柔らかい筆致で幼馴染みの近況のことが綴られていた。
 博物館で学芸員をやっている幼馴染みは、学校が夏休みに入って、自由研究をしに来る子供がたくさん博物館に来ると手紙に書いている。これももう、彼が学芸員になってから毎年のことだけれども、きっと博物館に子供が来てくれるのが嬉しいのだろう、そのことを書いている文字は、どこか嬉しそうに弾んでいる。
 それ以外にも、今年もまたいつもの和菓子屋さんで金魚の泳いでいる羊羹を買って食べたとか、高校時代の友人と会って本屋に行っただとか、そういうことが何枚もの便箋に綴られていた。
 幼馴染みとは、会う機会が少ない。僕があまり外に出ないからと言うのはもちろんあるのだけれども、彼は僕以外にも友達がたくさんいるから、その人たちの話を聞いてしまうと、なんとなく、こちらから声を掛けて邪魔をしてはいけないような気がするのだ。
 幼馴染みからの手紙を読み終え、同封されていたはがきサイズの紙を取りだして見る。その紙は厚手の水彩紙で、いつもこういう紙に絵を描いて同封してくれている。なのだけれども、今回はその絵を見て驚いた。今までは墨の濃淡だけで書かれている絵が同封されていたのだけれども、今回送られてきた絵には、墨の濃淡だけでなく、鮮やかな赤い色が乗っていたのだ。
 絵の裏面を見る。すると、そこには青い筆文字で、最近顔彩を買ったから使ってみた。と書かれていた。なるほど、顔彩か。普通の水彩絵の具でないところが彼らしいと思った。もう一度紙を返して、絵の方を見る。墨で書かれたガラスの器と、細かい氷の山。その上に赤の顔彩で色を乗せたいちごのシロップは、外の暑さを思い起こさせたけれども妙に爽やかだった。
 幼馴染みからの暑中見舞い、というよりも、もう残暑の季節だ。届いた残暑見舞いを見て、僕も返事を返そうと、側に有る引き出しから便箋を取り出す。僕が持っている便箋は、この一種類だけだ。レターセット自体は好きなのだけれども、手紙を書く機会が幼馴染みから届いた残暑見舞いのお返しだけなので、たくさんあっても使い切れないと思って、この夏の花が描かれたレターセットだけが、一年の大半を引き出しの中で眠って過ごしている。
 ふと気がついた。便箋がもう残り少ない。今回お返事を書いたら無くなってしまいそうだ。この便箋の、すっきりとした黄色い花の絵は気に入っていたのだけれど、これも今年で終わりかと思うと少しだけ残念だ。
 来年は新しい便箋を買わないと。いや、来年買いに行くのでは、きっと忘れてしまっているだろう、今年の暑いうちに、忘れないうちにまたいい便箋を見繕おう。次は、幼馴染みが使っているような涼しげな柄のものも良いかもしれない。
 とりあえず、今は返事を書こう。短時間とはいえ、外に出ていたので身体が火照っている。便箋を買いに行くにも、一度冷房でしっかり熱を払ってからの方がいいだろう。それならば、返事を書いてしまうのは心も落ち着かせられるのでいいひと休みになりそうだ。
 引き出しの中から万年筆を取り出す。万年筆は普段から使っているのでインクが詰まっているということは無いと思うけれども、念のため、ミスプリントした紙の裏側で試し書きをする。きちんとインクが出ると確認してから、ペン軸を外してインクの残量を見る。コンバーターにインクを飲ませてからだいぶ経っていると思ったけれども、インクは十分に残っているようだった。
 便箋の上で万年筆を構えて、一体なにを書こうか思いを巡らせる。まずは時候の挨拶で、それから先はどうしよう。
 幼馴染みも僕がどんな生活をしているかはおおむねとはいえ把握しているので、ずっと家に籠もっていて書くことがないというのは、正直に言っても笑って許してくれるだろう。けれども、それでは僕が満足出来ない。
 近況は……最近あったことは……頭を働かせて、ふと部屋の隅に目をやる。部屋の中で一番涼しいのであろうそこでは、僕の飼い犬がおへそを天井に向けて、舌を出して寝転がっている。時々手で顔を撫でて舌を動かしているので、もしかしたらなにかを食べている夢でも見ているのかもしれない。それを見て微笑ましくなって、飼い犬の近況をまず書くことにした。幼馴染みもあの子と仲が良いから、きっと気にしているだろう。
 最近は散歩に行くにもアスファルトが熱くて、あまり長い時間散歩させられないとか、この前試しに氷をあげてみたら少しずつ舐めていただとか、そんなことを書いていく。
 ふと、笑いが零れた。自分のことはあんなにも書くことが無いのに、飼い犬のことになった途端、万年筆が饒舌になっているのに気づいたからだ。
 飼い犬の近況をひとしきり書いて、便箋は残り一枚。さすがに最期の一枚くらいは僕の話を書かないといけないだろう。なにを書こうか。最近また、小説の新作を書いている話でもすればいいのだろうか。そう考えているうちに、だんだん喉が渇いてきた。そういえば、外に出てあれだけ汗をかいたのに、帰ってきてから何も飲んでいなかった。一旦万年筆のキャップを閉めて、冷蔵庫から冷えた麦茶をとりだして、台所に持って行ってガラスのコップに注いだ。
 コップに口を付ける。麦茶は確かに冷たいけれども、できれば氷を入れた方がいいかなと少し思う。麦茶を冷蔵庫に戻しがてら冷凍庫を見る。小さな氷が器の中に三個ほど入っていた。氷の入ったプラスチックの器を台所に持って行き、コップに注がれている麦茶の中に入れる。氷の軋む音が聞こえた。
 氷の容器を冷凍庫に戻し、冷えた麦茶を持ってちゃぶ台に戻る。陽のよく当たるちゃぶ台の上では、麦茶の入ったコップが早速汗をかきはじめた。
 麦茶を飲みながらゆっくりと手紙を書く。やっぱり自分のことについては書くことがほとんどないけれども、幼馴染みのことを考えながら便箋に向かうのはやはり楽しい。
 ふと、次はいつ幼馴染みに会えるだろうと考える。毎年年末年始は、僕も幼馴染みも同じ神社に初詣に行くので、その時に会えるだろうか。でも、どうだろう。特別なにか約束をしているわけでもないし、彼としても、もしかしたら家族や僕以外に一緒に年末年始を過ごしたい人が他にいるかもしれない。
 水溜まりを作るコップをじっと見ながら、凍えるほど寒い真夜中のことを思い描く。この手紙を出してしばらくしたら、半年もしないうちに年明けだ。その時に彼に会えることを楽しみにしよう。何も確証は無いけれども、きっと彼はまた今年も、人懐っこい笑顔を浮かべて、暖かい使い捨てカイロを僕にわけてくれるのだろう。

サークル情報

サークル名:インドの仕立て屋さん
執筆者名:藤和
URL(Twitter):なし

一言アピール
現代物から時代物まで、ほんのりファンタジーを扱っているサークルです。
こんな感じの少し堅めの物からゆるっとした物まで色々有ります。
基本読みきりですが、いっぱい集めるといっぱい楽しいよ。

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残暑お見舞い申し上げます” に対して2件のコメントがあります。

  1. ぶれこみ より:

     純文学風の筆致で、おそらくプロットを立てずに書いたのでしょうが、どうもこれという見せ場が見当たらないというか、幼なじみとの友情を描きたいのか、手紙の風情を描きたいのか、どうも面白く感じられるものが、僕には少なかったです。ただ無プロットらしいのが、僕の書き方と似ていて興味深いので、ただ雑念と書くのではなく、書きたい何かをもう少し鮮やかに、書いてほしいように思いました。

    1. 藤和 より:

      コメントありがとうございます。
      プロットを立てて書きはしたのですが、全体的に漫然としてしまった感は確かにあるなと思います。
      ご指摘ありがとうございます。

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